第十三章:妖鳥族の里
黒のロールスロイスに乗ると車は何処へともなく走り出した。
「まだ聞いてなかったな。嬢ちゃんの名前は?」
足を組みながら夜叉王丸は向き合うように座った少女に尋ねた。
「私は緋夜。妖鳥族の姫です」
「姫さんが人間界で遊び回って良いのかい?」
「夜叉王丸様だって皇子なのに人間界に観光旅行に来てるじゃないですか」
「俺は傷を癒すために来たのさ。それに二人の義親父はピンピンしてるから問題ない」
笑いながら答える夜叉王丸に緋夜も釣られて笑った。
「夜叉王丸様のお父上って、どんな方なんですか?」
「一人は真面目で父親的存在でもう一人は馬鹿でエロの塊だ」
「真逆の評価ですね」
「本当の事だからね」
クスリと笑う夜叉王丸。
「緋夜殿の父上は?」
「そんな殿なんて付けないで緋夜って呼んで下さい」
「それじゃ緋夜。父上はどんな方だい?」
「んー、頑固で口煩い爺かな」
運転している男は小声で姫様と戒めた。
車に乗る事、一時間くらいして里に着いた。
周りは山々に囲まれた場所で京都ではない所を見ると、恐らく瞬間魔法か異次元の扉を開いて里に着いたのだろう。
車から降りると乾拭き屋根の民家が建ち並んでいて中央に巨大な屋敷が立っていた。
「我が里へようこそ。地獄帝国飛天夜叉王丸男爵様」
緋夜は車から降りると丁寧に一礼した。
「ここが妖鳥族の里か。自然に溢れて良い場所だ」
夜叉王丸は里の出す雰囲気に心が和む気がした。
「どうぞ。屋敷はこちらです」
緋夜が先導して歩きだした。
途中で里人が緋夜を見ると舞姫と呼んで笑い掛けて夜叉王丸を見ると恋人などとからかった。
「ここの者は俺が緋夜の恋人だと思っているようだな」
「ふふふふ。嬉しいですか?」
「さぁ?何とも」
辺り触りのない返事をした。
屋敷の門まで行くと刀を差した門番が二人いた。
「お帰りなさいませ。姫様」
門番が一礼した。
「ただいま。こちらが私を助けた夜叉王丸様」
「臣下として姫様を助けて頂きありがとうございます」
夜叉王丸に一礼した。
何だか照れ臭い様子で夜叉王丸は鼻先を掻いた。
屋敷に入ると何人かの綺麗な着物を着た女中が来て二人を案内した。
「こちらです」
中に入ると上座に初老ながら鷲色の瞳が鋭い男が座っていて左右に屈強な男たちが座っていた。
「父上。ただいま帰りました」
緋夜は態度を一変して慎ましい態度を取った。
「御苦労だったな。緋夜。そちらが・・・・・・・?」
鋭い瞳が夜叉王丸を見た。
「えぇ。飛天夜叉王丸様です」
夜叉王丸は帽子を取り一礼した。
「初めまして。飛天夜叉王丸です」
「こちらこそ。私は風疾と言います。先日は娘がお世話になりました」
風疾は夜叉王丸と緋夜を中に入れると腰を折るように勧めた。
「貴方様の噂は妖怪王、魎月様から聞いております」
「あいつが?」
夜叉王丸は友人であり日本妖怪王の魎月を思い出した。
最後に会ったのは、人間の娘と祝言をする時であった。
「人間出身でありながら、悪魔になり大天使ミカエルを打ち倒した猛将と聞き及んでおります」
風疾は皺がある顔で笑った。
「いえ。私など猛将と言われる器ではありません。全ては部下が働いてくれたからです」
「お話の通りですね。部下思いの方だ」
「まぁ、話などは酒など飲みながらお話でも・・・・・・・・・」
「お待ち下さい」
風疾の声を遮り一人の男が前に出てきた。
肩まで伸びた黒髪と鷲色の瞳が何とも男前である。
「将皇。客人の前で無礼だぞ」
一人の男が将皇と呼ばれた青年を叱った。
「無礼は承知です。この将皇、是非とも夜叉王丸殿と手合わせしたいのです」
「噂では夜叉王丸殿は天竺一の剣士である摩利支天殿を師に持ち腕前は互角と聞いております。是非とも剣の相手をして欲しいのです」
将皇の瞳は夜叉王丸を侮っている気があった。
「将皇。私の恩人である夜叉王丸様に刃を向けるのですか?」
緋夜が真紅の瞳に怒りを宿らせて将皇を睨んだ。
「強制ではありません」
『断れば弱虫とか腰ぬけと蔑み気だな』
夜叉王丸は面倒な事になったと頭を抱えたが、低血圧だった事もあり少し挑戦的な態度を取った。
「良いでしょう。私でよければ相手になりましょう。ただし、私に剣を抜かせる事が出来ればの話ですが?」
コートの中から黒漆を塗った鉄扇を取り出す夜叉王丸。
「この私を馬鹿にしているのですか?」
「正直に言えば、貴殿では私に剣を抜かせる事は出来ないでしょう」
「ならば抜かせてみせましょう」
将皇は怒りを押し殺した顔で部屋の中庭に出た。
「少し庭を汚す事を許して下さい」
風疾に謝罪して夜叉王丸も庭に出た。
将皇は腰の刀を抜いて正眼に構えた。
「何処からでもどうぞ」
夜叉王丸が鉄扇で首を叩くと将皇が一気に間合いを詰めて振り下ろしてきた。
振り下ろされた刀を横に避けるとあまりに無防備な脇腹に鉄扇を打ち込んだ。
「ぐっ・・・・・」
「真剣での勝負なら致命傷ですよ」
片膝を着く将皇に夜叉王丸は冷やかに言った。
「隙あり!!」
将皇が刀を横に払い夜叉王丸の足を斬ろうとしたが軽くジャンプして刀の上に乗った。
「まだやるか?」
左手をバキバキと鳴らす夜叉王丸。
「・・・・いえ。私の負けです」
将皇は首を垂れた。
「貴方を甘く見た事を許して下さい」
「慣れてますから」
夜叉王丸は苦笑して将皇に手を差し出した。
「さっきの振りは見事でした」
将皇は夜叉王丸の手を取ると一礼した。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
二人が肩を並べて部屋に戻ると風疾が一礼した。
「里一番の剣士である将皇を糸も容易く倒すとは、流石ですね」
「いえ。失礼な真似をして申し訳ありません」
「とんでもない。将皇にも良い経験になったと思います」
風疾は笑いながら夜叉王丸を自分の隣に進めた。
「いえ。私は下座で・・・・・・・」
やんわりと断ろうとしたが、強引に座らせられ夜叉王丸の隣には緋夜が自然な動作で座った。
風疾がパンパンと手を叩くと何人もの女中が料理などを運んで来て楽師たちが和楽器で演奏を始めた。
「さぁ、先ずは一献」
風疾が夜叉王丸に盃を持たせると朱色に塗られた片口の銚子で日本酒を注いだ。
注がれた酒の匂いは鼻を強く刺激する米の匂いに近かった。
「この匂いから察するに宮城の酒ですね」
風疾は驚いた顔になった。
「飲まずに分かるのですか?」
「ある程度なら分かります」
質問に答えてから酒を一気に飲んだ。
口の中に辛さが広まったが大した辛さではない。
「中々の味ですね」
夜叉王丸は風疾が持っていた銚子を取って風疾の盃に注いだ。
「これはこれは、ありがとうございます」
風疾は頭を下げた。
「これ、緋夜。ぼうっとしてないで夜叉王丸様の盃に酒を注がぬか」
隣に座っていた緋夜は慌てたようにして夜叉王丸の盃に銚子で注いだ。
その手はぎこちなく酒を零してしまった。
「申し訳ありません。年頃の娘でありながら碌に盃の注ぎ方も知りませんで」
「幼い頃に母親を亡くしてしまって、男一つで育ててしまったので・・・・・・・」
風疾はすまなそうに謝った。
「母親に似て外見は良いのですが、如何せん気遣いが足りなくて未だに嫁の貰い手がありません」
「それなら私も同じ事です。この歳で一人身ですので養父などからは結婚しろと言われています」
苦笑交じりで答える夜叉王丸。
「緋夜殿なら心配ないですよ。直ぐに良い夫に恵まれます」
「気遣いある言葉ありがとうございます」
「ちょっと父上。誰も嫁に貰い手がいないんじゃなくて、私に見合う男がいないだけでしょ?」
緋夜が夜叉王丸の右側から口を尖らせて怒った。
「何を言う。わしが紹介した婿候補達を次々と怪我をさせているのではないか」
風疾が緋夜を鋭い瞳で睨んだ。
「だって父上の紹介する男って親の権力に頼る餓鬼ばっかじゃない」
「私の好みは夜叉王丸様のように強くて男らしい方なの」
するりと夜叉王丸に擦り寄る緋夜。
「ねぇ夜叉王丸様。私を嫁に貰ってくれませんか?」
「私などより将皇殿のような方を夫にした方が良いですよ」
顎で大勢の女中に囲まれる将皇を見た。
「将皇は堅苦しくて嫌いです。その点で夜叉王丸様は堅苦しくありません」
「私自身、堅苦しいのが嫌いですからね」
「だから、夜叉王丸様と結婚すれば楽しいと思うんです」
「そうですかね?」
夜叉王丸は緋夜の言葉を巧みに避けながら酒を飲んだ。
楽師達の演奏が止み色取り取りの衣装に身を包んだ踊り子たちが出て来て踊り始めた。
それを合図にして楽師達の演奏が再開された。
「夜叉王丸様。少し失礼しますね」
緋夜は夜叉王丸から離れると別の部屋へと消えた。
「夜叉王丸殿。これから緋夜が踊るので見ていて下さい」
風疾が顔を蒸気させながら喋った。
暫くすると赤袴を履いて胸や肩、項などが露出して額に白い鉢巻をして腰には装飾品を付けた中華剣を差した緋夜が踊り子たちの間に入って踊り始めた。
「ほぉう・・・」
夜叉王丸は細い瞳を更に細めた。
緋夜の舞は型に嵌まった伝統的な舞や能などでは表現できない自然な動作が出ていて音楽が更に緋夜の舞を美しく見せていた。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は疼く身体を落ち着かせるように懐から竜笛を取り出した。
「夜叉王丸様?」
風疾が竜笛を見た。
「少し演奏してよろしいですか?」
風疾は一瞬おどろいたが、直ぐに人懐こい笑みを浮かべて頷いた。
夜叉王丸は竜笛を口に運ぶと深呼吸をして吹き始めた。
竜笛を演奏していた楽師は目をみはったが、直ぐに気を効かせたのか演奏を止めた。
家老達も酒や料理に伸ばす手を止めて夜叉王丸の演奏と緋夜の舞に魅入った。
舞が終わると夜叉王丸も竜笛の演奏を止めた。
すると待っていたかのように大拍手が鳴った。
素晴らしい!!と称賛する声が嵐の雷のように聞こえた。
将皇は取り囲んでいた女中たちを押し退けると夜叉王丸に跪いて弟子にしてくれと懇願してきた。
「お願いです。私を弟子にして下さい!!」
「将皇殿。顔を上げて下さい」
夜叉王丸は苦笑して将皇を立たせようとしたが頑として動かなかった。
周りは将皇の様子を見て大笑いをして宴は更に盛り上がった。
宴が終わったのは夜の深夜で夜叉王丸は人間界に帰ろうとしたが風疾が泊まるように言ってきたので断るのも失礼と考えて泊まる事にした。
屋敷の大浴場で疲れを癒し部屋に戻ると一人の黒髪の似合う女性が白い寝巻き姿で布団の上に正座していた。
「・・・・お待ちしておりました」
女性は夜叉王丸に三つ指を立てて深々と頭を下げた。
「風疾殿の命令かな?」
夜叉王丸が尋ねると女性は首を横に振った。
「いいえ。私の意思で参りました。どうか、お情けを・・・・・・・・・」
潤んだ瞳で上目使いに見上げる女性。
白い寝巻きの隙間から見えるボリュームのある胸元が妖しく見えた。
『・・・・据え膳は頂いて良いよな?』
少し考えたが、自身の欲望に忠実になる事にした。
片膝を着いて女性の肩に触れると微かに肩が震えるのを感じた。
「怖がる事はない。直ぐに気持ち良くしてやる」
女性を優しく布団に押し倒す夜叉王丸。
「あっ・・・・・・・・」
夜叉王丸の唇が首にキスをすると女性は甘い声を上げた。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸はクスリと笑いながら舌で女性の首を舐めた。
女性は小さく身を捩ったが抵抗する気はないようだ。
首を愛撫しながら左手で髪を撫でながら右手で豊満な胸を弄んだ。
「あっ、夜叉王、丸様・・・・・・あああ」
女性は甘ったるい声で啼きながら夜叉王丸の首にしがみ付いた。
その後しばらく女性の喘ぎ声が部屋の中から聞こえてきた。
行為が終わると女性は泥のように意識を失い夜叉王丸の胸に抱かれて寝入っていた。
夜叉王丸は女性の髪を撫でながら煙草を蒸かして天井を眺めていた。
不意にバルトにいる筈のジャンヌの笑顔が天井に浮かんで消えた。