第十二章:温泉宿とデート
「・・・・はぁー、良い湯だ」
心地よい湯に浸かりながら夜叉王丸は息を吐いた。
何処に行くか悩んだ末に夜叉王丸は京都の嵐山の温泉に向かう事にした。
宿は築三百年の老舗旅館で予約が一年以上ある所だが夜叉王丸はフリーパスで泊っている。
この宿には現女将の曽祖母の頃から泊っていて、経営に困った時に助けた事で予約無しで泊れるようになった。
歴代女将は夜叉王丸が人外だと代々教えられて他言無用と堅く言われているので洩れる事はない。
仮に言った所で誰も信じないのが関の山だが、念には念を入れろという事らしい。
「さぁて、食事まで時間はあるし観光でもするか」
湯から出ると夜叉王丸は私服に着替えて宿を出て行った。
「嵐山はいつ来ても風流がある」
黒のソフト帽を深く被りながら夜叉王丸は道を歩いた。
京都の嵐山は静かで何処か奥ゆかしい雰囲気を出して夜叉王丸の心を癒していた。
周りからは奇異の眼で見られていたが気にしないで歩き続けた。
他人にどう見られようと自身の信念は曲げないのが夜叉王丸だ。
暫く歩いていると前方から髪を乱しながら走って来る少女がいた。
「おじ様。助けて!!」
少女は夜叉王丸の背後に回るとしがみ付いた。
「おいおい。行き成りどうしたんだい?」
背後の少女に尋ねようとしたが前方から見るからに人相の悪い男が二人近づいてきた。
「おい。その後ろにいる餓鬼を渡せ」
一人の男が後ろにいる少女に指を指した。
「お願い、助けて。私は何もしてないの」
少女はしがみ付いたまま懇願した。
「どういう訳か知らんが女を口説くなら、もう少し態度を改めたらどうだ?」
夜叉王丸の言葉に男が怒ったのか胸倉を掴んで来た。
「てめぇ、俺に指図するのか?」
「指図じゃなくて忠告だ。それから俺の服に汚い手で触るな」
胸倉を掴んでいた男の手を掴むと軽く捻った。
「ぐわっ、いてぇ!!」
「たくっ。せっかくの気分を壊しやがって」
夜叉王丸はたじろいでいる男を睨んだ。
「俺は機嫌が悪い。目の前から消えろ。さもないと二人揃って病院送りにするぞ」
ギロリと睨むと男は早々と去って行った。
「お前も消えろ」
掴んでいた腕を離すと男は一目散に逃げて行った。
「まったく。せっかくの気分が台無しだ」
夜叉王丸はコートの中からセブンスターを取り出して口に銜えた。
「すごぉい。おじ様って強いんだ」
後ろに隠れていた少女が笑いながら夜叉王丸を見た。
歳はリリムよりも一歳、二歳ほど下で腰まで伸びた黒髪に赤色の瞳が何とも妖しい光を放っていた。
「嬢ちゃんも今度からは気を付けな」
要件を言うと夜叉王丸は歩きだした。
「あっ、ちょっと待ってよ。おじ様!!」
少女は慌てて夜叉王丸を呼び止めた。
「まだ何かあるのか?」
「助けてくれた礼にデートして上げる」
「生憎だが子供に興味はない」
夜叉王丸は見向きもせずに歩き始めた。
「えー!そんな待ってよ!?」
少女は夜叉王丸に追い付くと腕を絡めてきた。
「お、おいっ」
少女の豊かな胸が夜叉王丸の肘に当たった。
「おじ様は興味なくても私は、おじ様みたいに少し不良みたいな男の人が良いの」
少女が笑いながら夜叉王丸を引っ張った。
「さぁ、早くデートデート!」
「・・・・分かった」
夜叉王丸は溜め息を漏らしながら少女に着いて行った。
それから二人は京都の街を歩き回った。
最初に清水寺を観光してから金閣寺、平等院などを見て回った。
「ねぇ、おじ様。私たちって恋人に見えるかな?」
「恋人じゃなくて歳の離れた兄弟か柄の悪い男とつるむ不良娘じゃねぇか」
「もうっ。こういう時は恋人同士だって言うのが常識でしょ?」
「生憎と“非”常識人なんでね」
途中で談笑なども混ぜながら二人は、新京極などを回って時間は何時しか夜になっていた。
「さて、もう子供の遊ぶ時間は終わりだ」
夜叉王丸は少女の腕を放した。
「えー!まだ良いでしょ?」
少女は不満そうな顔だった。
「今日は終わり。また今度な」
夜叉王丸は背を向けて歩きだした。
「じゃあ、明日迎えに行くからねー!!」
後ろから少女が大声で喋るのを夜叉王丸は苦笑して片手を上げた。
宿まで帰る道を歩いていた夜叉王丸の足が不意に止まった。
辺りは民家などがあったが、人は殆ど歩いていなかった。
「・・・・おい。そろそろ出て来いよ」
昼間に夜叉王丸にやられた二人組の男が現われた。
「昼間は油断したが、今度は負けねぇ」
二人はバタフライナイフを取り出した。
「古都の夜に、そんなナイフは似合わんぞ」
夜叉王丸はセブンスターを取り出してジッポで火を点けた。
「うるせぇ!!」
二人組は左右から襲い掛かって来たが夜叉王丸は慌てずに両脇からS&W M29を取り出して鼻先に当てた。
「これ以上、無粋な真似をすると殺すぞ」
ガチリと撃鉄を指で起こす夜叉王丸。
「そ、そんな銃を持っている訳がないっ。偽物だ!!」
右の男が強がった口調で言った。
「偽物かどうか試してみるか?」
引き金に力を入れる夜叉王丸。
「ひぃ!わ、悪かった!俺らが悪かった!!」
二人はナイフを捨てると一目散に逃げた。
「・・・・ふん。雑魚が」
夜叉王丸は人差し指でクルリとマグナムを一回転させるとホルスターに入れて何事も無かったように歩き始めた。
宿に帰った後は女将が用意した夕食を食べて部屋の露天風呂に入り就寝しようとしたが人間界で暮らしていた時に買った携帯が鳴った。
「もしもし?」
「飛天か?俺だ」
携帯の相手は茨木童子だった。
「どうした?」
「お前が出発してから直ぐにフォカロルが来てな」
「それで?」
「見合い話ではなく住み家について話があったらしい」
「住み家?」
「あぁ。バラテを出てヘルブライの屋敷に住めだと」
「冗談じゃない。あんな悪趣味な屋敷に誰が住むか」
夜叉王丸はハンガーに掛けてあったコートの中からセブンスターを取り出して口に銜えた。
「俺もそう思って断ったんだが、気に入らないなら屋敷を壊して新しく立て直しても構わないと言っている」
「資金は?」
「ゼオンの愛人が都合を付けてくれるらしいぜ。手切れ金代わりだと」
「手切れ金?」
「娘夫婦が面倒を見るらしいから会えないんだと」
「ほぉう。随分と優しい御婦人だな」
「あぁ。後でお前からも礼を言っとけ」
「そうする。それじゃ、明日にでも帰る」
「いや。そんな急じゃなくて良い。俺たちも準備があるから三日くらい泊っとけ」
「分かった」
携帯を切り夜叉王丸は机に置いてあったマッチで火を点けた。
「立て直して良いなら根元から立て直すか」
紫煙を吐きながら夜叉王丸は楽しそうに笑った。
翌日の朝、夜叉王丸は部屋の外から仲居が呼ぶ声で目を覚ました。
「・・・・どうしました?」
出来るだけ低い声で話さないように努力した。
「お客様がお見えになっています」
「客?」
「はい。高校生くらいの少女です」
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は昨日の少女が頭に浮かんだ。
「・・・分かりました。直ぐに準備するので待たせて貰えませんか?」
「畏まりました」
仲居の気配が消えてから夜叉王丸は直ぐに起きてジーパンとジャケットの上からコートを羽織るとソフト帽を被って革トランクを持つと部屋を出た。
『まさか本当に来るとは・・・・・・・・』
下に降りると浅葱色の振袖を着た昨日の少女が立っていた。
昨日のようにデニムのミニスカートに青色のカーディガンと娘らしい格好ではない事から見た目より大人に見えた。
「あっ、おじ様」
少女は夜叉王丸を見ると微笑んだ。
「まさか、本当に来るとは恐れ入った」
「うふふふ。昨日はありがとう。“飛天夜叉王丸様”」
「・・・・ほぉう。俺の本名を知っているとは、やはり嬢ちゃんも“人ならざる者”だったのかい」
夜叉王丸は目を細めた。
「え?分かってたの?」
「あぁ。気で分かった」
「これでも上手く隠した積もりなのに・・・・・・・」
少女は悔しそうに頬を膨らませた。
「まだまだ修行が足りないぞ」
ポンポンと少女の頭を撫でる夜叉王丸。
「ぶぅ。それより、私の屋敷に来て下さい」
唐突に要件を言う少女。
「嬢ちゃんの屋敷?」
「はい。父が会いたいと言っているんです」
「俺みたいな“元”人間が行って良いのかな?」
「父は小さい事を気にするほど器が小さくありません」
「そうか。分かった。行っても良いぜ」
「ありがとうございます。それじゃ、車を待たせているから来て下さい」
少女に促されて夜叉王丸は女将に礼を言うと荷物を持って宿を後にした。