第十章:爵位と騒動
謁見の間に着いた夜叉王丸達を玉座に座ったベルゼブル達が真っ直ぐに夜叉王丸を見つめていた。
ダハーカ達は扉の前で止まると直立不動で立った。
夜叉王丸は一人で眼と鼻の先まで進むと片膝を着いた。
「・・・・飛天夜叉王丸。此度の戦での戦果、誠に見事だった」
ベルゼブルが威厳ある口調で夜叉王丸を労った。
「・・・いいえ。勿体ない言葉です」
夜叉王丸は軽く一礼した。
「この度の戦果の報酬として階級をレリウーリアに上げヘルブライ男爵の爵位を貴様に譲り渡す」
「なっ・・・・・・・」
「断る事は出来ないぞ」
威厳ある口調から悪戯を企んだ口調になるベルゼブルに夜叉王丸は青筋を立てた。
「さぁて、儀式も終わったし宴を始めるか」
パチンッと指を鳴らすと謁見の間から舞踏会場に来ていた。
恐らくベルゼブルの瞬間魔法で全員を連れて来たのだろう。
周りは色取り取りのドレスに身を包んだ貴族達が立っていた。
「今宵は我が息子、飛天夜叉王丸が大天使ミカエルを倒した祝いの宴!皆の者よ!存分に楽しんでくれ!?」
ベルゼブルの言葉を合図に音楽隊が演奏を始めて宴が始まった。
『あの野郎。最初から企んでたな』
恨めしい眼差しで養父を睨むがベルゼブルはどこ吹く風であった。
「この度は男爵になった事、誠におめでとうございます」
一発殴ろうかと足を進めようとした時に一人の淑女が話し掛けてきた。
それを皮きりに大勢の貴族達が夜叉王丸を取り囲んだ。
「どのようにしてバルトを制圧したのですか?」
「傷の具合はどうですか?」
「男爵になって困った事があれば何時でも頼って来て下さい」
などなど大勢の貴族達が夜叉王丸を褒め称え親睦を深めようと話し掛けてきた。
『だから、夜会には出たくないんだ』
夜叉王丸は心の中で溜息を吐きながら一緒に連れて来られたダハーカ達を見ると同じように囲まれていた。
しかし、夜叉王丸とは違い満更でもない様子だった。
『・・・・あいつらが羨ましい』
小さく溜め息を吐き夜叉王丸は早めに抜け出そうと考えた。
その時、演奏がダンスの曲へと変わった。
「夜叉王丸様。踊って頂けませんか?」
淑女たちが潤んだ瞳で見てきた。
よほどの事でない限り女性からダンスを誘われたのを断るのは男として軽蔑される。
『どうしたものか?』
暫し悩む夜叉王丸。
その仕草は誰と踊ろうかと悩んでいる姿に見えて淑女たちは溜め息を漏らした。
「・・・・私と踊って頂けないかしら?飛天」
聞き覚えのある声が背後から掛けられ振り返る。
裾が長く胸元と肩が露出した黒のフォーマルドレスに身を包んだ黒髪の似合う美女が立っていた。
尻まで伸びたストレートヘアーにアメジストを思わせる紫の瞳は妖しく光りラテン系の血が混ざっているのか小麦色の肌が健康な印象を与えていた。
「ペイモン」
ペイモン、地獄帝国の創立に貢献して最高裁判官を務める元天使長ルシュファーの秘書である王族で夜叉王丸の愛人でもある。
夜叉王丸を囲んでいた淑女たちは王族の登場で蜘蛛の子のように散って行った。
「・・・・すまないな」
「お礼はダンスで返して」
慣れた手つきで夜叉王丸の肩と腰に手を回すペイモン。
夜叉王丸は溜め息を吐いてペイモンの腰と肩に手を回しダンスをする貴族たちの輪の中に入った。
「今夜は一段と決まってるわね」
「そりゃどうも」
音楽に合わせてペイモンを回す夜叉王丸。
「ヘルブライは逃走中らしいわ」
捕まるのは時間の問題だけどね、と付け加えた。
黒髪が揺れる度にペイモンの身体から放たれる妖艶な香水の匂いが夜叉王丸の鼻を刺激した。
「サタナエルは?」
「あの坊やなら監獄で看守たちに“可愛がられてるわ”よ」
ドレスから見える豊かな胸元がはち切れんばかりに揺れた。
「・・・・そうか」
演奏が終わると同時に夜叉王丸はペイモンを放した。
「じゃあな。俺は帰る」
くるりと背を向ける夜叉王丸。
「相変わらず素っ気ないわね」
ペイモンは苦笑しながら無事に戻って来た恋人に安堵した。
ダンスを終えた夜叉王丸はシルヴィアとシャルロットも居ない事を確認して貴族たちの目を盗むようにして舞踏会場から出ようとした。
『帰ったら旅にでも出ようかな』
恐らく戦果を祝うと称して夜会を毎日のように開くか引っ張り凧に遭い最終的には誰か嫁にしろと言われるだろう。
前々から何人か見合い相手を紹介されていたが全て逃げ回って破綻してきたのだ。
そんな面倒臭い事に巻き込まれる気はない夜叉王丸は逃亡を計画した。
『・・・・箱根か鬼怒川か京都なんかも良いな』
旅計画を起てていると再び背後から声を掛けられた。
「よぉ。飛天」
「何だ。アモンか」
夜叉王丸と話しているのは地獄でも指折りの実力者であり“炎の公爵”と呼ばれているアモン公爵。
腹黒い貴族たちの中でも彼は裏表なく付き合える数少ない心を許した友人である。
「傷の具合はどうだ?」
「まぁ、多少は痛いが何とかなる」
「暫くは見合い話から逃げるために旅にでも出るか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアモン。
「相変わらず人の考えを読むのが上手い奴だ」
「褒め言葉として受け取って置く」
「話がそれだけなら俺は帰るぞ。ここに居ると碌な目に合わない」
背を向けて去ろうとした時だった。
「きゃあ!!」
舞踏会場に女の悲鳴が響き渡った。
「なんだ?」
二人は顔を見合わせた。
「夜叉王丸を出せ!!夜叉王丸は何処だ!?」
「この声は、ヘルブライ男爵・・・・・・・」
聞き覚えのある声に夜叉王丸は眉を顰めた。
悲鳴の方向に行くと片腕に掻き爪を捕らえた少女の首筋に当てて吠えるように叫ぶみすぼらしい男。
姿は貧相だが、あの声と顔だけは忘れない。
「・・・・・あれは、エレナじゃないか」
ちっと舌打ちするアモン。
「知り合いか?」
「侯爵家に嫁いで死んだ妹の娘だ」
苦々しく答えるアモン。
「俺の揉め事に巻き込んですまなかった」
夜叉王丸は貴族たちの中を抜けてヘルブライ男爵の前に現われた。
ちらりとベルゼブル達を見るとシルヴィアやシャルロット達が護っていた。
「夜叉王丸!貴様のせいで私は爵位を失ったのだ!!」
ヘルブライ男爵は夜叉王丸の姿を見ると怒鳴った。
「俺のせいだと?あれは、お前の浅はかな策略による自業自得だ」
何を馬鹿な事を言っていると淡々とした口調で喋る夜叉王丸。
「それより早く、その娘を放せ。目的は俺だろ?早く放さないと・・・・・・・・殺すぞ」
ドスの籠った低い声でヘルブライ男爵に言う夜叉王丸。
「ふ、ふんっ。自分の立場が分かっていないようだな」
威圧されながらヘルブライ男爵は懐に手を入れて数本の短剣を取り出した。
「これを避けるなよ。避けたら、この娘を殺す」
「・・・・・・・」
「食らえ!!」
ヘルブライ男爵が投げた短剣が夜叉王丸に刺さった。
折襟式の軍服が見る見る血で染まっていき何人かの淑女が悲鳴を上げた。
「ふはははは!!良いぞ。その調子だ!?」
高笑いしながらヘルブライ男爵は更に短剣を投げた。
全ての短剣が夜叉王丸の身体に刺さり血が出た。
「どうだ?痛いか?人間」
「・・・痛いと言えば娘を解放するか?」
「貴様を殺してから解放してやる」
「無理だ。お前に俺を殺せない」
「なにを!?」
ヘルブライ男爵が短剣を投げた。
しかし、突然に突風が吹いて短剣を全て落とした。
同時に夜叉王丸が走り出して間合いを詰めてヘルブライ男爵が左手に捕らえていた少女を自分の所へ引き寄せるとヘルブライ男爵の顔面を蹴った。
「ぶべらっ!!」
蛙が潰されたような声を上げてヘルブライ男爵は倒れた。
「怪我はないか?」
夜叉王丸は胸にしがみ付く少女に尋ねた。
「こ、怖かった・・・・・・」
少女は紫の瞳を涙で濡らしながら血で濡れた夜叉王丸の胸に抱き付いて泣き出した。
「よしよし。怖かっただろ?大丈夫だ」
ポンポンと夜叉王丸は少女の金色のウェーブヘアーを撫でた。
「ぐっ、や、夜叉王丸!!」
ヘルブライ男爵が掻き爪を振り上げて襲い掛かって来た。
「・・・・・・・・・」
夜叉王丸は無言で指を鳴らすと無数の風がヘルブライ男爵に襲い掛かった。
「ぐわ!!」
風の刃でヘルブライ男爵は左腕を肩から先に掛けて失い右足も失った。
「・・・女を盾にするなど言語道断だ。恥を知れ」
冷え切った眼差しでヘルブライ男爵を見下ろす夜叉王丸の瞳には優しさの欠片も無かった。
「だ、黙れ!人間の分際で何を・・・・・・ぎゃっ」
「・・・・煩い野郎だ。少しは口を閉じろ」
ヘルブライ男爵の顔を踏み付ける夜叉王丸。
「本当なら貴様を殺すのは俺だが、こいつに譲るとしよう」
後ろをチラリと見るとアモン公爵が立っていた。
「・・・・すまないな。飛天。譲ってもらって」
「別に。ただの気紛れだ」
アモンはヘルブライ男爵の髪を掴むと引き摺りながら舞踏会場を後にした。
騒ぎが収まると医療班が駆け付けて来た。
「さぁ、お嬢様。こちらへ」
侍女たちが少女に言ったが少女は夜叉王丸にしがみ付いたまま首を振った。
「・・・・俺が医務室まで運ぼう」
少し困惑した侍女たちだが、直ぐに頷くと夜叉王丸を連れて医務室へと向かった