序章:飛天夜叉王丸
作者、ドラキュラです。
この物語は処女作である月愛づる姫に続く二番目に書いた作品です。
かなり長い物語ですので、ご容赦ください。
それから拳銃やライフル、車などの事も載るので、悪魔なのにという意識は持ちつつ読んで下さい。
ここは魔界の首都であり悪魔たちの総本山である万魔殿にそびえ立つ巨大な城、魔天楼にある謁見の間。
帝王が座る事を許された王座に座るのは七つの大罪、“暴食”の化身であり地獄帝国皇帝のベルゼブル。
その左右には七つの大罪と数人の王族が座り周りを黒と灰銀で飾られた軍服に身を包んだ近衛兵が直立不動で立っていた。
王座から見下ろされる形で片膝を着く一人の男がいた。
黒一色の服に身を包み顔を下げる男にベルゼブルは静かに威厳の籠った口調で喋り始めた。
「・・・・地獄帝国第二皇子、飛天夜叉王丸。貴様にバルト制圧を命ずる」
「・・・御意」
ベルゼブルの命令に飛天夜叉王丸と呼ばれた男は片膝を着いたまま頭を垂れた。
「・・・少々お待ち下さい。陛下」
横槍を入れる人物が現われた。
「・・・何の用だ。ヘルブライ男爵」
ベルゼブルは明らかに不快な表情をした。
この男、ヘルブライ男爵は五等爵の中でも最下位の男爵の位を持つ男であり人間出身の夜叉王丸を“人間風情”と蔑んでいる純血悪魔の筆頭でもある。
五等爵とは公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵を意味し上から順に位が高く与えられる領土も権力も高い。
この他にも公爵の上に大公、伯爵の上に辺境伯爵などがあり男爵の下には準男爵や騎士などがあるがこの二つは貴族として認められていない。
ヘルブライの爵位である男爵は貴族でも最下位であり与えられる権力も領土も少なく本来なら謁見の間に現われるのも許されない。
異例の才能や強力な後ろ盾を持った者でない限り王族や皇帝の決めた事に口を出すなど出来ない。
だが、ヘルブライ男爵の場合は他の男爵と違い絶大な権力を誇っている。
彼は北方防衛と呼ばれる軍に所属いている。
この軍は天界との戦争の時には真っ先に前線基地である北を死守するため軍事力も他の地方軍よりも極めて高く権力も絶大だ。
北方防衛軍では爵位や後ろ盾などより実力が物を言うのだが、ヘルブライ男爵の場合は決して優れた軍人ではない。
だが、彼は初代皇帝であるサタンの息子である第一皇子のサタナエルの側近を務めている事から軍でも大きな顔で歩いている。
いかに実力社会の軍でも皇子であるサタナエルの側近を務めるヘルブライを蔑ろには出来なかった。
その地位を利用して重税を強いたり上級貴族の令嬢を妾にしたりと貴族、軍の中で彼を嫌う者は大多数おり人間出身の夜叉王丸に好意を抱く貴族が増えている。
「はっ。私は陛下が夜叉王丸に命じたバルト制圧は北方防衛幹部として反対です」
ヘルブライ男爵は膝を着かずに図々しくも第二皇子である夜叉王丸を蔑んだ眼差しで見下しながら口を開いた。
「このような“下賎な人間風情”の悪魔が天界の領土であるバルトを占領できる訳がありません。それに、こ奴の軍で果たして強硬な要塞として名高いバルトを制圧するとは思えません」
「・・・・・・・」
夜叉王丸は無表情で頭を垂れたまま片膝を着いたままだった。
バルトとは天界と魔界の境界線に立つ天界側の要塞で周りを山や崖で囲まれた天然の要塞として名高く、ここを占領すれば戦争でも有利になれる。
「ヘルブライ。仮にも現皇帝であらされるベルゼブル様の息子である夜叉王丸殿を蔑む言葉、許される事ではないぞ」
北を守護する王族のビレトは鷹のように鋭い蒼い眼差しでヘルブライ男爵を睨んだ。
「私はサタナエル様の意見を口で言っただけです」
上官とも言えるビレトの叱咤にも関わらずヘルブライ男爵は平然としていた。
「“人間”。早くこの場から消えろ。ここは貴様のような屑が居る場所ではない」
ヘルブライ男爵の蔑みの言葉を言われても夜叉王丸は無表情だった。
音もなく立ち上がると夜叉王丸はベルゼブル達に一礼するとヘルブライ男爵には一瞥もせずに謁見の間を去って行った。
その背中は威風堂々として黒の服は王者の風格さえも漂わせて引き立たせていたが、どこか悲哀した背中にも見えた。
「ふんっ。人間風情が死んでしまえ」
「ヘルブライ!!」
ビレトが玉座から立ち上り腰の剣に手を掛けるのを見てヘルブライは見切りをつけたように一礼して謁見の間から立ち去った。
「夜叉王丸様!!」
謁見の間を出て廊下を歩いていると青いロングドレスを身に付けた蒼色の髪をした少女が走り寄って来た。
歳はまだ二十歳に満ちていない年頃の娘で尻まで伸びた蒼色の髪と対照的に瞳の色は赤いルビーだった。
「リリム。どうした?走って来て」
夜叉王丸は息を切らす義妹を見下ろした。
初代皇帝であり夜叉王丸の養父であるサタンには妻のリリスとの間に二人ほど子供がいる。
長男で夜叉王丸を殺そうとしているヘルブライ男爵の主人であるサタナエル。
もう一人は長女であるリリムだ。
リリムの方は夜叉王丸を慕っていてサタナエルとは仲が悪い。
「バルトに行くって本当ですかっ?」
切羽詰まった口調で尋ねるリリム。
「ん?あぁ。落として来いって言われたからな」
近所の店に買い物に行くような軽い口調で答えた。
「そんな無茶です!!」
悲鳴に近い声でリリムは叫んだ。
「無茶かどうかはやらないと分からないさ」
ポンポンとリリムの頭を叩く夜叉王丸。
「・・・・・・・」
リリムは何も言えなかった。
この義兄は言ったら必ずやる有言実行者だ。
「・・・・死なないで下さい」
ポツリと言った言葉は夜叉王丸の耳に入ったか分からない内にリリムは背を向けて走り去った。
「・・・・・・・・」
夜叉王丸は何も言わずに黙ってリリムの後ろ姿を見ていた。
夜叉王丸のいる魔界では地獄帝国という一つの国になっています。
皇帝が頂点で王族、大臣、総長、議長など地獄会議と呼ばれるものもあり秘密警察まであるという人間とさほど変わらない国という設定です。