第4話 気が向いたら
村の付近にある森の中に、私たちは錬金素材を集めるためにやって来ていた。
ここ最近は依頼が多くて採取の余裕がなかったから、暇が出来た今のような時期に素材を集めるのが私のスタイルだ。
私は採取に来るときは必ずカゴを持ってくる。
大きさは男の人の頭と大体同じくらいだけど、物を小分けできるように部屋がいくつかに分かれているため、大変便利だ。
これから採取を始めようと思っているのだが、一緒に来たイヴはご機嫌斜めの様子だった。
「ねえイヴ、そろそろ機嫌直してよ…」
「まあ、アルトの言いたいことはわかるんだけどさぁ…」
イヴはそう言うと、私と一緒に来たもう一人の方を指差す。
「どうしてこいつがここにいるのよ!」
「だって、素材を集めるのを手伝ってくれるって、クロウの方から言ってきたから…」
「断りなさいよ!どうしてこんな怪しいやつのこと信じるの!?」
イヴってば、本人が目の前にいることを忘れてないかな?
「昨日二人っきりで話したときは悪い人じゃないって確信できたけどなぁ」
「二人っきり!?二人っきりで話したの!?」
イヴは私の両肩を掴み、体を揺さぶりながら尋ねた。
な、なんでそんなに慌ててるんだろう?イヴの考えって時々わからないんだよなぁ…
「そのくらいにしておけ」
イヴはクロウの制止の声を聞き、腕の動きを止める。
「俺は錬金術について調べたいだけだ。その用が済んだら、ここから去るさ」
「錬金術を知ってどうしようって言うの?どうせよからぬことに使うつもりなんでしょ?」
「別に、俺には俺のやることがあるだけだ」
「そのやることって何よ。やっぱり悪いことしようとしてるから言えないなんじゃないの?」
「お前が俺をどう思おうが関係ない。俺は俺のやることをするだけだ」
「そう…どうしても言う気がないのなら、今ここであなたを…」
イヴはそう言って、レイピアを抜いて剣先をクロウに向ける。
「ふん。いいだろう、かかってこい」
クロウも剣を抜いて、いつでも前に出られるように構える。
私は、そんな二人の間に割って入る。
「ちょっと待ってよ二人とも!今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「邪魔しないでアルト!こいつとは決着をつけないと…!」
「今のはイヴが悪いよ!彼は信頼できる人だよ。なのにどうしてそんなにクロウのことを疑うの?」
「そ、それは…」
イヴは言いたくなさそうな表情をして俯いた。
それを見たクロウは、イヴに仕返しとばかりに言った。
「ふん、理由も言えないのか。これじゃあ俺のことをどうこう言う資格はないんじゃないのか?」
「あ、あんた…!」
「クロウ!」
「俺だって好き放題言われたんだ。これくらい言っても罰は当たらないだろう」
「そういう問題じゃないの!二人ともいがみ合ってばかりいるんなら、私はひとりで森に入るからね!絶対に二人とは一緒に行かない!」
「えっ!?」
「…………………」
私の発言に、イヴは驚きの、クロウはにらむような目でこちらを見る。
「だ、駄目よアルト!森は魔物もいるし、ひとりじゃ危険よ!」
「俺はお前を通して錬金術を知りたい。そのためには、お前とともに行動することが必要だ。お前をみすみす死なせに行くことは出来ない」
「だったら二人はすぐに喧嘩するのをやめて。仲良くしてとは言わないから、せめて剣を向けるのだけは絶対に禁止、わかった?」
「わ、わかった…」
「俺は別にこいつが喧嘩を吹っ掛けてこなければ大丈夫だ」
よかった…とりあえず、第一関門は突破かな?
でもこの先が大変だよね…二人には普通に会話できる程度には仲良くなってほしいんだけど、これはまだ先になりそうだなぁ…
「それじゃあ森に入っていくよ。後、クロウは初めてだから説明するけど、素材が今後採れなくなるほどの量は持ってきちゃダメだよ」
「わかった」
「よし!それじゃあ出発!」
「「…………………」」
二人は私のノリには乗ってくれず、私は若干落ち込みながら三人で森の中に入っていく。
それからしばらくして夕日が姿を現し、私たちは輪を作って話していた。
「ふぅ…これくらいでなんとかなるかな」
私はカゴの中の薬草や魔物の部位を見てそう言った。
「そう?じゃあ今日は引き上げましょうか」
「そうだね。クロウ、今日はありがとう。おかげでいつもより魔物退治が楽だったよ」
「お前に死なれると俺が困るだけだ。別にお前のためじゃない」
「それでも感謝してるよ。ありがとう」
「……そうか」
クロウは呟くと、一人で村の方向に歩き出す。
私もクロウの後に続こうとすると、イヴが耳打ちする。
「ねえアルト、本当にあいつを信じるの?」
「まだそんなこと言ってるの?今までおかしな様子を見せたことはないんだから、少しは信じてみてもいいんじゃない?」
「だけど…」
イヴは不安な表情を浮かべる。
イヴがクロウを疑うことには何か理由があるみたいだけど、それを話したくなさそうにしてる…
「……ねえ、イヴ。何か悩んでることがあれば、相談してね。私たち、幼馴染みなんだから」
「うん、わかったよ…」
いつ話してくれるかはわからない。
だけど今の私には、待つことしか出来ない…
なんだか、悔しいな…
イヴの何かを背負って生きてるのに、私には支えることも出来ないなんて…
私が劣等感に押し潰されそうになっていると、遠くから声が聞こえてくる。
「アルト、早く帰りましょう!もうすぐ日が沈むわよ!」
声のする方を見てみると、いつの間にか遠くまで進んでいたイヴが手を振っていた。
……考えてても仕方ないか。今は私の出来ることをひとつずつ片付けていこう。
それがきっと、イヴのために出来ることだから。
「ちょっと待って!今行く!」
私はイヴのいる方に向かって走り出す。
「こんにちは、依頼されてた薬草を届けに来たよ」
私は宿屋の入り口から中に入り、カウンターにいるおじさんに声をかける。
「おおアルトか、いつもすまんな」
「いつも通りにやってるから大丈夫だと思うけど、問題があったら言ってね。新しいの持ってくるから」
私は風呂敷で包んだ薬草をそのままおじさんに渡す。
「ああわかったよ。それにしてもアルト、錬金術って儲かるのか?」
「そんなこと聞かないでくださいよ…プライバシーの侵害だよ…」
私は俯き、視線を横にそらしてそう言った。
「お、おう…悪かったな…」
私の反応を見たおじさんも、罪悪感を感じたのか目をそらす。
正直な話、錬金術師はあまり稼げる職業ではない。
まず素材を集めるには時間と手間がかかる。
効果のいいものを要求されると、そのための素材があまり落ちていなかったり、店で買おうとすると高価なものだったりするので、さらに苦労することになる。
それに薬草などの、その辺に落ちてるようなものを売ろうとすると、実は素材の合計の方が金額が高かったりすることがあり、その場合は赤字になる。
市販で売ってる店より高く売ろうとすると、それより効果が優れているものを作らなければならないが、見た目だけでは違いがわからないので、大体の人が市販の方を求める。
私の方を求められるときは、市販の方が売り切れたりするときくらいだ。
ただ最近は私の作る薬草が評価されてきていて、市販のものより高くしても買ってくれる人が少しずつ増えてきた。
といっても、村の外に出ない人たちにとっては市販のもので十分なので、やはり私の方を頼る人は少ない。
まあ簡単に言うと、市販のもので十分だから、私の方に依頼が来ない。来る依頼といえば、素材集めに苦労するものばかりといった感じだ。
「ん?アルトか。こんなところで何してるんだ?」
声のした方を見ると、そこにいたのはクロウだった。
「私は薬草を届けにね。クロウはまだここで泊まってたの?」
「今日までな。用意が出来たから、明日からはお前の家の向かい側の家に住むことになる」
「そっか。近くの家なら会いに行くときも楽だしね」
「そういうことだ。お前の幼馴染みはごちゃごちゃ言ってきそうだがな」
クロウは少し棘の含んだことを言う。
「あのねクロウ、イヴにも何か事情があるみたいだし、あの態度は目を瞑っててくれないかな?」
私は手を合わせてお願いする。
「別に気にしちゃいないさ。しかし昨日も思ったが、その様子だとお前にも何も話していないみたいだな」
「うん…あんなイヴを見たのは初めてだったよ…一体何があったんだろう…」
「話さないってことは、お前にも知られたくない一面があるんじゃないのか?だとしたら、あまり深く追求はしない方がいいだろうな」
「そうだね。今はイヴの気持ちが固まるのを待つよ」
「それがいいだろう」
「それにしてもクロウって、意外と面倒見がいいんだね。驚いたよ」
私がそう言うと、クロウは背を向けて話す。
「俺には以前、妹がいたからな」
「以前?」
「ああ…あいつは俺の目の前で、自殺したんだ…」
目の前で自殺した…
私もお母さんを亡くしてるけど、死の直前を目の前で見た訳じゃないから、それがどんな気持ちかはわからない。
しかも自分で死を選んだというなら、クロウは私以上に辛い想いをしたのだろう。
「ごめん…辛いこと思い出させて…」
「気にするな、もう過去の話だ。それに、お前になら話してもいいと思ったしな」
「どういうこと?」
「お前は、俺のことを英雄としてじゃなく、クロウという一人の人間として見てくれた。それに…」
クロウはそこまで言うと、少し間を開けて言った。
「いや、やっぱりいい」
「ちょっ!そこまで言ってそれはないでしょ!最後まで言ってよ!」
「また今度、気が向いたらな」
「気が向いたらって…」
私はきっと話してくれる日は来ないだろうと思いながら、おじさんから代金を貰って宿屋を出た。