第3話 いがみ合う二人
私とイヴ、そしてクロウは無事に家に到着し、中に入っていく。
「あ、椅子はそこにあるから、遠慮なく座ってね」
「ああ」
クロウはテーブルのそばにある椅子に座り、私も彼と向かい合わせになるように座る。
イヴはなぜか座らずに、私の後ろに立っている。
「ねえ、イヴも座ったら?」
「私はここでいいの。私のことはいいから、話すなら早く話したら?」
まだクロウのこと疑ってるのか…どうしてそんなに信じられないんだろう?
「おい、こいつの言う通り、早く話を済ませるぞ」
「あ、うん、ごめん」
私は意識をクロウに向けると、ようやく話を始めた。
「えっと…クロウは私に、錬金術について聞きたいんだよね?」
「ああ、知ってることはなんでもいい。全て話せ」
そう言われ、私はクロウに知っていることを全て話した。
といっても、錬金術で物を組み合わせて別の物を作り出すことくらいしか知らないので、大したことは話していない。
そのせいか、クロウは隠している情報があると疑われている。
「だから、私が知ってるのはこれくらいだってば」
「本当か?嘘を言っているのなら、ただでは済まさんぞ…」
そう言って、クロウは剣の柄に触れる。
うう…どうすれば信じてくれるのかな…
私が頭を抱えて悩んでいると、背中に冷気が撫でるように触れ、身震いする。
振り向いてみると、イヴが臨戦態勢をとっていた。
私は慌てて立ち上がり、イヴにやめるよう説得する。
「ちょっとイヴ、落ち着きなよ!」
「でも向こうはやる気よ…だったらやるしかないじゃない」
「面白い。だったら、手加減はいらないな」
そう言って、クロウは剣を抜いて闘気を放つ。
それを見たイヴも腰に指したレイピアを抜き、クロウをにらみながら構えた。
ど、どうしよう…このままじゃ、二人が無意味に戦うことになっちゃう…
そ、そうだ!もしかしたら、錬金術の本を見せればもしかしたら!
「ね、ねえクロウ!古い文字で書かれた錬金術の本があるんだけど、それを見たら納得してくれるかな!?」
「錬金術の本?」
クロウは私の話を聞くと、闘気を消してこちらの方を見る。
その様子を見たイヴも、レイピアを鞘に納める。
「そんなものがあるなら、なぜそれを見せない?」
「いや…私が話したことくらいしか書かれてないから…他に書いてあると言ったら、レシピくらいだし…」
「それでいい。早くそれを見せろ」
「わかったよ…ふう」
よ、よかった…なんとか争い事にならなくて済んだ…
私は精神的な疲労を感じながら、本棚に差してある本を取って、クロウに見せる。
その本を、クロウはパラパラとめくるが、すぐに表情が歪み出す。
「おい…この文字読めないんだが…」
「それはそうだよ。古い文字だって言ったでしょ?」
「……お前はこれが読めるのか?」
「読めないよ?」
「だが、お前はこの本を読んで錬金術師になったんだろう?」
「文字はイヴに読んでもらったんだよ」
「ほう…」
クロウは無表情でイヴを見る。
そんな彼女の表情は、不快なものをみるような顔で、まるで誰が読むかと言いたそうな感じだった。
それを見たクロウは、読むのを諦めたのか、本をテーブルに置く。
「どうやらお前は嘘は言ってないみたいだな。今までの話は、全て信じることにしよう」
「ど、どうも…」
「それじゃあ俺は帰ることにする。邪魔したな」
クロウはそう言って立ち上がり、玄関に向かって歩を進める。
そんなとき、私はあることに気づき、彼に声をかける。
「そうだ、私はアルトって言うの。クロウ、また会ったら、その時はよろしくね」
「……ああ」
クロウはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開け、家から出ていった。
その後、私はイヴの方を見て言った。
「もう、どうしてあんな態度とったの?別に悪い人じゃなかったでしょう?」
「アルトは人を信じすぎるんだよ。もうちょっと人を疑うことを覚えたほうがいいよ?」
「そんなものかなぁ…悪くない人を信じるのは普通だと思うけど…」
「いい?大体国が絡んでる人は悪人なんだから、気を付けてよね。私もいつもアルトのそばにいられるわけじゃないんだからね」
……もしかしてイヴは、身分の高い人が嫌いなのかな?
「ねえ、イヴ。もしかして、子供の頃に私と出会う前に何かあったの?」
「えっ?」
イヴは明らかな動揺を見せ、できるだけ平静を保って話す。
「別に何かあったわけじゃないけど…貴族ってずるい人が多いって聞くし、アルトはすぐに騙されそうだから心配で…」
「貴族が全員ずるいわけじゃないと思うけど…ていうか、私は騙されやすくないよ!」
「本当に?」
「ほ、本当に!」
「ならいいけど…とにかく、ああいうやつを簡単に信じちゃ駄目だからね?」
イヴはそう言うと、台所に向かってコップに水を入れ始める。
……クロウはそんなに悪い人だとは思えないけど、イヴはそこまで疑うのかな?
何かあるのなら力になりたいけど、本人は話したくなさそうだしなぁ…
……いつか話したくなるときが来るかもしれないし、その時まではそっとしておいたほうがいいのかも。
私はそう結論づけると、浅いため息をついてテーブルの上に突っ伏す。
あれからしばらくして道具屋で金属を購入し、包丁を錬金して隣のおばさんに届け終えた。
そして今は、クロウが泊まる宿屋の部屋に、二人きりでいる。
部屋の中は殺風景で、タンスやベッド、そして洗面台くらいしかない。
私は壁に寄りかかり、クロウはベッドを椅子がわりに座っている。
「ったく…なんでお前がここに来るんだよ?」
「いやぁ…ちょっとお話ししたいなあって思って…」
「俺みたいなやつと話しても、何もいいことないだろ。わかったら出てけよ」
「まあまあそう言わずにさ。それにしても、本当にその格好派手だよね。そういうのが好みなの?」
「なんなんだよ…別に好きで着てるんじゃない。これを着ていた方が、いろんな場所で便利なだけだ」
「便利って…もしかして英雄として認識されやすいってこと?」
「……まあな。仮に俺の名前を知らなくとも、これを着てれば身分の高いやつだと勘違いしてくれるやつもいるからな」
「勘違い?英雄なら、身分は実質上の方なんじゃないの?」
「…………………」
クロウの真顔が、一瞬険しくなったように見えた。
……確か、村の外で話してたときも、同じ顔してた気がする。
「英雄なんて称号は、ただの飾りだ。そういう存在が世間に知れ渡った方が、あいつが混乱させたやつらは大人しくさせられるからな」
「そうだね。確かに英雄なんて呼ばれてる人がいるなら、次が来ても安心させられるもんね」
「そういうことだ」
もしかしてクロウは、自分を利用されたのが面白くないのかな?
今までの態度を見てると、あり得るような気がする。
これからは、英雄って単語は使わないようにしよう。
「ほら、もういいだろ?早く帰れよ」
「……そうだね。今日はここまでにしておくよ。それじゃあまた明日ね」
私はそう言って部屋を出る。
そしてそのまま宿を出て、大空を見上げる。
真っ赤な夕日が辺りを照らしている…
夕方かぁ…ならまだ時間あるかな。
私は家に帰る前に、いつもの場所に足を運んだ。
村を出たすぐ近くの頂上に行くと、そこから地上を見下ろした。
少し木々が痩せ細っていて、あまり豊かとは言えないが、それでも生まれた頃に比べれば明らかに緑は増え、私からすれば絶景と呼んでもおかしくないほどだ。
久しぶりに頂上からの景色を堪能すると、私は振り返り、そこにある墓を見つめる。
私は墓の前まで歩みより、膝をついて手を合わせ、目を閉じる。
「お母さん。私、頑張って生きてるよ…」
お母さんは、正確には実の母親ではない。
私は小さい頃に村長に拾われたようで、引き取ってくれたのはお母さんだと聞かされた。
どうして両親が私を捨てたのかわからない。だけど、捨てられたことを辛いとは思ったことはない。
だって、そのおかげでお母さんやイヴに会えたから。
そう考えると、ちっとも辛くなんてない。
だけど五年前、お母さんが雷に撃たれて死んでしまってからは、考えが変わっていた。
両親が私を捨てなければ、お母さんの死を辛く感じることはなかったんじゃないかって…
当時の私は、辛くて…悲しくて…ずっと家に塞ぎ込んでいた。
イヴの励ましでなんとか外に出られるようになって、お母さんの死も受け入れられる余裕が少しだけ出来た。
だけどやっぱり、寂しいものは寂しい…
叶うのなら一度だけでいいから、またお母さんに会いたい…
「そんなこと、あるはずないよね…」
私は目を開けて、そう呟いた。
ふと空を見ると、日が沈みかけている。
「いけない、早く帰らないとイヴに心配かけちゃう」
私は立ち上がり、お墓に眠るお母さんに一言だけ呟く。
「じゃあね、お母さん。また来るから」
私はお墓に背を向け、走って家に戻った。