第2話 英雄との出会い
私が錬金術師になってから一年の月日が流れた。
あれから私は、暇があれば錬金術の練習をして経験を積み、精進してきた。
最初はイヴは反対していたけど、ある日突然、錬金術の素材を持ってきてくれた。
イヴはその時、ただの気まぐれと言っていたが、きっと没頭する私の身を案じてくれたのだろう。
まったく…心配ならそうと言ってくれればいいのに…イヴはいつも素直じゃないんだから。
それ以来、イヴも素材集めに手伝ってくれるようになり、錬金術の練習も効率がよくなった。
そして錬金術を何回もやっている内に、あることに気づいた。
それは、レシピ通りに材料を入れても、微妙に違うものになってしまうことだった。
そこそこのものは作れるのだが、どうも理想の形にならない。
しかし私が選んだ材料を入れると、レシピ通りにやるよりも理想の物が作れるので、私は今はレシピには頼らないようにしている。
私が錬金術を使えることが村中に知れ渡り、村長の提案もあって、今は錬金術で商売をするようになっていた。
みんなそんなに困っているわけではないけれど、全員がそうというわけではないようで、たまに私に頼みに来ることがある。
大体は簡単な物で、すぐに終わるものなのだが、たまに占いのための水晶玉とかを頼まれたりするから反応に困る。
私は、錬金術で特殊な力を持つ道具を作るのはやったことがない。
正確にはやりたいとは思っているのだが、本に書かれていた内容によると、加護を受けた物を材料に使わないと作れないようで、そんな材料はこの辺りにはないので、今は諦めている。
「ふぁ~あ…」
早朝、重いまぶたを開き、布団を横にどけると、ひんやりとした空気が全身を刺激した。
私は台所に向かい、水道の水をコップに入れてごくごくと飲む。
ひんやりとした感覚が喉で広がり、眠気が少し和らいだ私は玄関前のポストを確認しに外に出る。
錬金術の依頼は、急ぎでなければポストに入れてもらうことになっている。その方が後回しにすることを忘れないですからだ。
ポストを覗いてみると、中には一通の手紙が入っていた。
「あら、もう起きてたの?」
声のした方を見ると、そこにはすでに私服に着替えたイヴが整った顔で立っていた。
「うん。今起きたところだよ…」
「まだ眠そうじゃない。もうちょっと寝てたら?」
「こんな時間から元気なイヴがおかしいんだよ」
この時間は、まだ誰も働き始めてはおらず、外に人は指を折って数えられる程度しかいない。
そんな時間なのに、なぜイヴはこんなにも元気な表情をしていられるのだろう?
私はまだ眠いというのに…
そんなことを考えていると、イヴは私の手にある手紙を指差して言った。
「それってもしかして依頼の手紙?」
「うん、そうだよ。内容はまだ見てないけど」
「それじゃあ中で見ましょうか。ここは少し寒いし」
私はイヴの言う通りに家の中に入り、二人で手紙の中身を確認する。
「えっと…依頼内容は…『予備の包丁がそろそろ底を尽きそうなので、作ってください』か」
「依頼主は隣のおばさんみたいだね。材料はどうするの?」
「丈夫な金属と木材でなんとかなるよそれじゃあ店が開く時間になったら買いに行こうか」
私はそう言うと、布団に潜って二度寝した。
時間が過ぎ、村が活気づいてきた頃、私たちは包丁の素材を集めるために買い物をしていた。
それで材料が揃えば後は錬金術で包丁を作るだけなのだが、なければ村の外まで行って採りに行くことになる。
それはイヴがいてくれるから安心なんだけど、金属は外に行っても簡単に落ちてるわけじゃないから困るんだよなぁ…
「ていうかおばさん、また包丁壊したんだね」
「あの人は結構豪快な人だから、生半可な物はあっさり壊れちゃうんだよね…」
「豪快ってよりは、剛腕じゃない?」
「確かにそうだね」
私たちはクスクスと笑い、そうして話している内に道具屋に着いた。
私はカウンターにいるおじさんに話しかける。
「おじさん、おはよう」
「おはようございます」
「お?アルトとイヴじゃないか。なにか材料が必要なのか?」
「うん。丈夫な金属と木材が欲しいんだけど、あるかな?」
私がそう尋ねると、おじさんは困った顔をする。
「悪いが、金属の方は今ないんだ。ここまでの道が土砂崩れで塞がっちまったらしくて、輸送車がここまでたどり着けないって話を聞いたぞ」
「そんなぁ…よりにもよって金属の方か…」
私は肩を落としていると、イヴがおじさんに尋ねた。
「土砂崩れって、この前の大雨で?」
「そうだろうな。だからしばらく足りない品は補充出来そうにないんだ」
「そっか…それじゃあこの木材だけ買っていくよ」
「はい、毎度あり」
私たちは木材を買うと、そのまま家に帰っていった。
「うーん…金属は流石に集めるのは無理だし、どうしようか?」
「土砂崩れなら、程度によるけど結構時間がかかるでしょうね。ここまでの道は一方通行だし」
「でも、あのおばさんだと三日で残りの包丁は全滅だよ?」
「それはそうだけど…でも無理なものはしょうがないし…」
「アルト!いるか!?」
「「ひゃあ!?」」
私たちが頭を抱えていると、玄関の扉が突然勢いよく開き、二人揃って驚きの声をあげる。
玄関の方を見ると、そこには男の人が息を切らして立っていた。
「よかった…いたか…」
「こっちはよくないよ…あんなに勢いよく扉を開けられるとびっくりするんだからね?」
「わ、悪い…それで、頼みがあるんだが…」
男の人は息を整えてから、こう言った。
「爆弾を作ってくれないか?」
「「……………………」」
私たちは絶句した。
「だ、駄目か?」
「駄目に決まってるでしょ!そんな恐ろしいもの、ポンポン作るわけにはいかないもの!」
「大体、爆弾なんてなにに使うつもりなのよ!」
私とイヴが鬼のような形相で問いただそうとすると、男の人はこう言った。
「輸送車が土砂崩れでここまで来れなくなってるのは知ってるか?」
「それは知ってるけど…それと爆弾がなんの関係が?」
「実は輸送車の人に頼まれたんだ。どうにかして土砂をどかしてくれって。だったら爆弾をアルトに作ってもらえばと思ったんだが…」
「いやいや、爆弾なんて使ったら、地盤が崩れて余計に酷い有り様になりかねないわよ?」
「そ、それはそうだが…」
「でも、輸送車が来れなくて困ってるのは私たちも同じだし、なんとかならないかな?」
「そうね…」
イヴは腕を組みながら考える。
しばらくすると、イヴは仕方ないといった口調で話始める。
「……私が魔法で障害を排除するわ。その方が、爆弾よりはよっぽど現実的だと思う」
「えっ?でも、イヴって魔法使えるの?」
「うん。氷の魔法ならわりと得意だよ」
知らなかった…イヴって私が思ってた以上に優等生だったんだな…
私は幼馴染みの意外な一面に驚きながら、二人と一緒に土砂崩れの起きた場所へ向かった。
男の人の案内で土砂崩れの場所に向かっていると、上等な服を着こなし、魔力を宿らせた剣を腰に指した、青髪で怖い目付きをした少年がこちらに向かって歩いていた。
「ねえ、今は土砂崩れで道が塞がってるんじゃなかったっけ?」
「そうね。どういうことか聞いてみましょうか」
イヴはそう言って声をかけると、少年は立ち止まる。
「あの、ちょっといいかしら」
「……なんだ?」
「今は道が塞がってるはずだけど、どうやってここまで?」
イヴの質問に、少年はつまらなさそうに答えた。
「あんなもの、俺が吹き飛ばしてやったさ」
「あ、あれを吹き飛ばしただって!?」
「ちょっ!?突然大きな声出さないでよ」
「す、すまん…」
隣で驚いた反応をした男の人に驚いた私は、耳を塞いで縮こまっている。
イヴはそんな私たちには目もくれず、少年と話している。
「ところで、お前たちにも聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「ああ。俺は錬金術師がこの先の村にいると聞いてここまでやって来たのだが、それは本当か?」
少年の質問に、私が前に出て答える。
「あ、錬金術師っていうのは、多分私のことだよ」
「お前が?」
少年はにらむように私を見る。
「そうだよ。まだ新米だけど、簡単な錬金術なら出来るよ」
「そうか。ならお前に聞きたいことがある。錬金術について知ってること、全て話してもらうぞ」
少年の言葉を聞いて、イヴは私をかばうように立つ。
「その口振り…あなた、誰の使い?」
「えっ?イヴ、どういうこと?」
「この子、あなたの錬金術を利用しようとしてるのよ」
「えっ!?」
私は少年の方を勢いよく見ると、何を言っているのかわからない表情をしていた。
「俺は別に錬金術を利用したいんじゃない。その力がどんなものなのか知りたいだけだ」
私はこの子の発言は嘘じゃないと思うのだが、イヴはまだ疑っているようだった。
「信用できないわね。大体あなた、その格好はなに?ベテランの冒険者でも手に入らないような装備をしているけど…」
確かに少年の服や剣は、その辺に売ってるとは思えないほどのものだ。
そんなもの、一体どうやって…
そんな疑問の目を向けていると、少年はそれに答えるように言った。
「俺はクロウ。この服は王国の人間から貰ったものだ」
クロウ…私はその名前に聞き覚えがあった。
一年前、魔王を倒した英雄の名前が確か…
「王国に?そんなこと信じられるわけないでしょ。とにかく、あなたをアルトに関わらせるわけには…」
「ねえ、ちょっと待って」
私はイヴの話を遮って前に出る。
「アルト?」
「クロウって、一年前に魔王を倒した、あの英雄クロウ?」
「……そうだ」
なんだろう…今一瞬、険しい顔をしたような…
「魔王を倒した英雄?そんな話、私知らないけど…」
「イヴ…世間の噂に興味ないとはいえ、それくらいは覚えていようよ…」
「だ、だって…この辺りはそもそも魔物はほとんどいなかったし、魔王とかの影響も受けてなかったしで、魔王の存在自体が嘘だったんじゃないかなって…」
「……お前らが言う魔王は、確かにいたさ。それを…俺は殺した…」
どうしたんだろう?この人、さっきから様子が…
「それより今は、お前の錬金術についてだ。さあ、知ってることは話してもらうぞ」
「だから、いくら英雄であっても、あなたをアルトに近づけないって…」
「待ってよイヴ。別に悪い人じゃないみたいだし、話くらいは聞いてもいいんじゃない?」
「で、でもアルト…」
「本人がいいと言っているんだ。文句はないだろう」
クロウがそう言うと、イヴは彼をにらみつける。
「でもここは魔物も多少出てきて危ないから、話は私の家でしたいんだけど、いいかな」
「構わん。話が出来るならどこでもな」
「それじゃあ着いてきて。案内するから」