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13話 悩み

「はぁ…はぁ…くっ…」

 イヴを追いかけてから五日ほどの時が過ぎた。私たちは道なりに沿って進んでいる。

 日が暮れて、エクスが野宿の準備を進めてくれる中、私は芝生の上で息を乱しながら横になっていた。

 最初の頃はまだ痛みもなんとかなってたけど、傷口を何日も刺激させるようなことをしているせいで、身体の方が大分弱ってきていた。

「本当に大丈夫なのか?このままだと、イヴを見つけてもまともに話すこともできないんじゃ…」

「大丈夫だよ…絶対に、イヴは連れて帰るから…」

 そう、絶対に…絶対に…

「何でなんだ?」

「えっ?」

「なんでお前は、自分をそんなに無下に扱える。どうして自分を大事にしない」

「ど、どういうこと?」

「人間ってのは、自分が一番可愛いだろ?自分が幸せなら、他人がどうなろうが構わないような生き物だろ?なのになんでお前は、そんなに他人のために…」

 エクスの目は、理解できないものに対する恐怖のような感情を感じた。

「……私にはね、血の繋がった家族っていないんだ」

「そうなのか?」

「うん。私は赤ん坊の頃に村長に拾われたらしいの。それで、私を養ってくれる人がいた。それが、私の義理のお母さん」

「ん?だがお前の家に、それらしい人はいなかったよな?」

「うん。私が五歳のときに、雷に打たれて死んじゃったんだ…それ以来、私は一人で暮らしてた」

「一人で…」

 エクスは一人という単語に反応した。

 どうしたの?と尋ねると、エクスはなんでもないと返したので、私は話を続ける。

「お母さんがいなくなって、辛かった…ひとりぼっちになって、悲しかった…そんなときなんだ。イヴが村にやって来たのは」

「やって来たって、あいつは最初からお前と一緒にいたわけじゃないのか」

「うん。イヴはお母さんが死んでから大体一年くらい後に村に来たの。お腹をすかせて、しかもボロボロの状態で」

「なんでそんな状態で村に?」

「家から追い出されたのか、それとも自ら出ていったのか…詳しい理由はわからないけど、なんだか切羽詰まった感じだった」

 今思えば当たり前のことかもしれない。確定したわけではないけど、イヴは元々は貴族なんだ。

 もしイヴが本当に貴族の人間だったとしたら、誰かに追われてここまで逃げ込んできた可能性は十分ある。

「まあ身内がいない者同士で仲良くなって、それ以降はずっと二人で暮らしてるの。だからもう、私にとってのイヴは、家族そのものなんだよ」

「……そうか」

「もう私は、お母さんが死んじゃったときのような思いをしたくない…だから、イヴは絶対に連れて帰る!」

「お前の言いたいことはわかった。だがそれは、お前の勝手な考えだよな?」

「えっ?」

「理由はともあれ、あいつはお前と一緒にいなくないから家を出た。だったら、お前だけの都合であいつを連れ戻そうとするのはどうなんだ?」

「…………………」

 私は少しの間だけエクスの問いについて考え、そして返答する。

「イヴが私と一緒にいたくないなら、どうしてか話してほしい。離ればなれになるにしても、こんな形でなんて嫌」

「つまり、イヴに会いに行くことをやめるつもりはないと」

 私はコクりと頷く。

「ったく、 お前は本当に強情だな。わかった、そこまで言うなら俺はもう何も言わない」

「エクス…」

「まあ明日も飛ばすから、イヴに会うまでにぶっ倒れないように、キツくなったらちゃんと言えよ。早く会えたって、話せない状態だったら意味ないんだからな」

「うん。ありがとう、エクス」




 あれからさらに三日が過ぎ、私たちはまだイヴを追い続けている。

 私は傷口の痛みを我慢していたが、視界がボヤけてきていて、そろそろ限界に近づき始めていた。

 エクスはそんな私に気を使ってか、最初の頃よりペースを落としてくれている。

 もっと速く走ってほしいけど、私の状態のことを考えるとそうは言い出せない。エクスに言われた通り、話せなかったら意味がないのだから。

「なあアルト。あれって例の貴族たちの馬車じゃないか?」

 エクスは立ち止まってそう尋ねた。

 遠くを見てみると、視界がボヤけていて断定はできないが、確かにあの馬車はエリアさんが乗っていた馬車と似ている。

「確かにそうだね。もしかしたらエリアさん、イヴを見たかもしれない」

「だな。ちょっと話を聞いてみるか」

 エクスは駆け足で馬車に近づき、声をかける。

「おーい!そこの馬車!ちょっと聞きたいことがあるんだが!」

 エクスの呼び掛けに気づき、馬車が停まる。

 そしてそこから出てきたのはエリアさんだった。

「君はアルトの家にいた者だな。それにアルトも…大分弱っているようだが、大丈夫か?」

「は、はい…それより、お聞きしたいことが…」

「イヴのことか…」

「知ってるってことは、ひょっとして、イヴがここを通ったんですか?」

「……ちょっと待っていてくれ」

 エリアさんはそう言うと馬車に戻っていき、誰かに声をかける。

「君にお客さんだ。会ってきなさい」

「……誰?」

「会えばわかる」

 そんな会話の後に馬車からエリアさんと一人の少女が現れる。

「あっ…」

「イヴ…ようやく追いつけたよ」

 イヴは私の顔を見ると驚いた表情をし、しかしそれはすぐに怒りに満ちた表情に変化し、エクスに詰め寄った。

「ちょっとエクス!どうして怪我してるアルトを連れてきたの!相当弱ってるじゃない!」

「アルトが望んだんだ。お前の元に連れていってほしいって」

「だからって!」

「イヴ…」

「アルト…大丈夫。今、怪我を直すから…」

 イヴは私の傷口に回復魔法をかけてくれる。流石にすぐには良くならないが、少しずつ痛みが引いていく。

「ありがとうイヴ」

 私はエクスの背から降ろしてもらい、楽な体制になってイヴの看護を受ける。

「ところで、なんであんたらが一緒の馬車にいたんだ?」

 エクスがそう尋ねると、エリアさんがそれに対して返答した。

「彼女は、私が探していた義妹だ。なので、一緒に家に帰るところだったのだ」

「義妹…てことは、イヴはやっぱり…」

「ああ、彼女の名はイヴ・フェヒター。騎士たちの名家、フェヒター家の長女だ」

 やっぱりそうだったんだ…イヴは貴族の人間…

「イヴ、今の話は本当か?」

 エクスが尋ねると、イヴは若干の間を開けてから答える。

「そうよ。エリア兄様のおっしゃった通り、私はフェヒター家の人間。あなたたちとは過ごしてきた世界が違う」

 イヴは威圧的な態度だった。まるでさっきまでとは別人だ。

「そういえばイヴ、家にあった古代語の本が読めたよね。あれってもしかして…」

「ええ、教育の一環として叩き込まれたの。レイピアの心得があったのも、騎士の家系だから」

「何て言うか…凄いんだね、イヴは」

 私は不器用ながら思ったことを口にする。

 しかしイヴは威圧的な態度を崩さずに話す。

「わかったでしょうアルト。私と貴女とでは、住むべき世界が違う。何しに来たかは知らないけど、わかったら私には関わらないで」

「……嫌だ」

「えっ?」

 私の発言に、イヴは一瞬だけど素で声を出していた。

「私はイヴを連れて帰るためにここまで来たんだ。だから、このまま帰ることなんてできない」

「……話を聞いてなかったのかしら?私の帰るべき場所はもう違う。それがわからない?」

「わからない。どうしてそんなことを言うのか、どうして急に家を飛び出したのか、説明してくれるまで私はどんなにボロボロになっても、イヴを追い続ける」

「……肉親から使いの人が来たのだから、その人についていくのは普通のことじゃない?」

「でもイヴは、辛そうな顔してる。それに貴族嫌いのあなたが、貴族の家に帰ろうなんて思わないでしょ?」

 私がそう言うと、イヴは回復魔法を終わらせてから立ち上がる。

「貴女に…私のことなんかわからない…」

「確かに、イヴがどうして家を飛び出したのかはわからない。だけど、今のイヴが辛い思いをしてるっていうのは、よくわかるよ」

「…………………」

「だから話して。イヴが抱えてる悩みを、私も一緒に考えたいから」

「アルト…私は…」

 イヴは俯き、しばらく悩んでいると、暗い顔を上げてこう言った。

「わかった、話す…」

 イヴは表情を変えることなく、そのままで話始める。

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