第12話 イヴの家出、アルトの想い
イヴ…どこに行っちゃったのかな?
あんなことがあったばかりだし、私に顔を会わせづらいのかな?
でも大丈夫だよね。ずっと一緒に暮らしてきたんだもん。またすぐに分け隔てなく暮らせるよね。
そう考えていると、玄関の扉がノックもなしに突然開かれた。
「ようアルト。怪我の方は大丈夫か?」
「エクスかぁ…誰かと思ったよ」
ていうかクロウやエリアさんもそうだったけど、女の子だけの家に返事を待たずに入ってくるのはどうなんだろう。
「それにしても意外だなぁ。エクスがお見舞いに来てくれるなんて」
「意外とはなんだ。知人が怪我してんだから、お見舞いくらいは行くだろ」
へえ…魔王召喚とか頼んでくるわりには、結構優しいところがあるんだ。
「なんだよ?俺の顔になんかついてるか?」
「なんでもないよ」
私は笑ってそう言った。
「それにしても、思ってたより元気そうだな。クロウから話を聞いたときは相当滅入ってるもんかと思ったが」
「仕方ないよ。きっと二人とも、何か譲れないものがあったんだもん」
「……お前はお人好しだな。俺は同じことが起きたら、二人を恨むぞ」
エクスが真剣な表情でそう言った。
そんな彼の反応が意外で、私はしばらく言葉を失っていたが、我に帰ると自分の思っていることを口にする。
「まあ痛かったし、苦しかったのも事実だけど、命に別状はなかったんだし、二人が傷つくこともなかったんだから、私はよかったって思うよ」
「……お前は本当にお人好しだよ。ここまで他人のことだけ考えるやつなんて、世界中探してもいねえぞ?」
「そんなことないと思うけどなー」
そんな感じで話していると、私はイヴがまだ帰ってこないことに疑問を抱き始める。
「そういえばイヴ遅いなぁ。そろそろ帰ってきてもいいのに…」
「遅いなぁって…お前、まさか知らないのか?」
「何が?」
「何がじゃねえよ。あいつはとっくにこの村を出ていったぞ」
「……えっ?」
私はエクスの言ったことの意味が把握しきれずに硬直する。
「ね、ねえ…今何て言ったの?」
「だから、イヴはお前を傷つけた後、お前の容態が落ち着いてすぐに村を出ていったんだよ」
村を出ていったって…そんな…
「どうして!どうしてイヴは村を出ていって…痛ぅ!」
「お、おいアルト!」
私は思わず布団から勢いよく飛び出してエクスに詰め寄り、すぐに傷口から痛みが走ってその場に伏してしまう。
「無茶すんな。今のお前は怪我人なんだから」
「そんなこと…どうでもいい…!」
私は痛みに耐えながら話を続ける。
「どうして…どうしてイヴは…」
「……家族同然だったやつを、ヘタすれば殺してしまったかもしれない。そんな状況で、お前はその相手に顔を会わせることが出来るか?」
「えっ?」
「あいつは責任を感じていた。自分勝手な行動で、お前を傷つけたことを…」
「で、でも…私は気にして…」
「あいつは気にしてるんだ」
そんな…そんなのって…
「で、でも!私たちは家族なんだよ!一緒に暮らしてきたんだよ!だから、絶対帰ってくるよ!イヴは!」
「…………………」
私の言葉に、エクスは何も言ってくれない。
そうだなと、私はそう言って欲しいのに…
そう言ってくれないと、本当にイヴがいなくなっちゃう…そんな気がしてくる。
「……どうして?どうして誰も止めてくれなかったの?」
「アルト…」
「どうして誰も!エクスもクロウもみんな!イヴが出ていくのを止めてくれなかったの!?ねえ!」
私は瞳から涙をポロポロと流し、八つ当たりとも言えるようなことをエクスに言い放つ。
わかってる。エクスやみんなのせいじゃないことくらい。みんなを恨むのは筋違いだってことくらい。
だけど他にどうすればいいのかわからなかった。この沸き上がる感情を、どこにぶつければいいのかわからなかった。
「アルト…お前は純粋過ぎるんだ。だから、他人の心の闇に気づけない」
「……どういうこと?」
「お前は普段、イヴを傷つけようとするか?」
「するわけないよ!イヴを傷つけるなんて!」
「だろうな。それはあいつも同じだろう。だがあいつは、過程がどうであれお前を傷つけた。もしお前がイヴの立場だったら、気にしてないと言われて安心できるか?」
「………………」
言葉が出なかった。
確かに私がイヴの立場なら、気にしてないと言われても簡単には割りきれないと思う。だけどそれを認めてしまうと、イヴが出ていってしまったことを認めてしまうことになる。そんなの…
「嫌だよ…私は…!」
「アルト?」
「イヴがどんなに負い目を感じていようと、私にとって大切な家族であることに変わりはないよ!」
そうだ、イヴは私の家族だ。何があっても、私はずっとイヴと一緒に暮らしたい。
「……やっぱお人好しだな、お前は。悪気がなかったにしても、自分を傷つけた相手を家族と呼ぶなんて」
「お人好しで構わないよ。それが私なんだもん」
「……そうかよ」
「それでエクス。ちょっと頼みたいんだけど」
「なんだよ」
「イヴのところまで運んでくれないかな?」
「……は?」
エクスは私の願いを聞いて、なんで俺が?と言いたそうな顔をしている。
「私、今自力じゃまともに動けないし、誰かに運んでくれたらいいなって思ったんだけど…」
「いや、だがもうあいつがどこにいるかもわからないんだぞ?それに俺はこの件とは無関係だ。他のやつに頼めよ」
「時間がないの!だからお願い!私をイヴのところまで連れてって!」
「…………………」
エクスは頭をぐしゃぐしゃと掻きだした。
それからしばらくしてからエクスはこう答えた。
「わかったよ。その代わり、戻ったら何か見返りを要求するからな」
「ありがとう!」
私はお礼を言って、エクスの背中におぶさった。
「それじゃあちょっと傷口痛むかもしれないが、大丈夫か?」
「大丈夫。どんなに痛くてもいいから、全速力でお願い」
「わかったよ。じゃあ、行くぞ!」
エクスは家を出て、思い切り走り出した。
「!?くぅ…!」
走るときの振動が傷口を刺激し、激痛が電流のように全身に流れ込む。
「おい、大丈夫か?」
エクスは足を止めてそう尋ねた。
「はぁ…はぁ…私なら大丈夫…だから、早く…」
「……無理しやがって。本当に辛くなったら言えよ」
「うん…ありがとう…」
エクスが再び走り出すと、それと同時に痛みも襲いかかってくる。
こんな痛みなんかに…負けない!絶対に…イヴのところまで…追いついてみせる!