第10話 交渉
あれから数日が過ぎ、エリアさんは今も村にとどまっている。
イヴはエリアさんのことが気がかりみたいで、姿を見かけると隠れることがある。
やっぱりイヴって、貴族の関係者なのかな?貴族って闇深いみたいだし、それならイヴの貴族嫌いも説明がつくと思うんだけど…
「アルト、いるか?」
ノックもなしに突然開かれた玄関の方を見ると、エクスがいつもの表情で手を振っていた。
「……何の用?」
「なんか、態度が冷たくないか?」
「三人共、喧嘩したら駄目って言ったのに、ちっとも守ってくれなかったもん。怒るに決まってるじゃない」
まあエリアさんのことで昨日は忘れてたけど、イヴはあの後一応謝ってくれたし、今は一人にしておくのも危ない気がするから普段通りに接している。
「あ、あれは仕方ないだろう。男には曲げられない物があるんだから」
「そういえば忠告したよね?これ以上喧嘩するようなら、魔王の話はなしにするって」
私がそう言うと、エクスの顔色が悪くなる。
「う、嘘だよな?アルトは優しいやつだもんな?」
私は満面の笑みでこう言った。
「知ってる?優しさって、甘やかすだけじゃないってこと」
「悪かった!本当に反省してるから、それだけは勘弁してくれえ!」
まさか年上の憐れな泣き土下座を、目の前で見ることになるとは思わなかった。
まあこれだけされたら、許さないわけにはいかないよね。
「わかったから頭を上げて。なんか良心が痛むから」
「よっしゃあ!」
エクスはすぐに飛び上がってガッツポーズをする。
「なんかその場しのぎっぽく感じるから、やっぱり許さない」
「何でもするから許してえ!」
エクスは一瞬で土下座の体勢に戻った。
なんだろう…土下座してるエクスを見てると、なんだか興奮してくる…
「……今、何でもするって言った?」
「えっ?」
私の言葉が理解できなかったのか、エクスは呆けた表情をこちらに向けている。
「あなた、今何でもするって言ったよね?だったら、何かやってもらおうかな?」
「あの…アルトさん?」
「ちょっと静かにしてて。今何してもらうか考えてるから」
どうしようかなあ?あれもいいしこれも悪くないよね?あはは、なんだか女王様になったみたいで楽しいなあ。
「よし決めた!それじゃあエクスは、その土下座した状態で…」
私がそこまで言うと、玄関の扉が開かれる音が聞こえ、その方を見てみると、エリアさんがひきつった表情でこちらを見ていた。
これはまずいと思った。土下座をする男の前で、笑顔で堂々と立ってる絵面はさすがにまずい!
「アルト…達者でな」
エリアさんはそう言って、家を出て扉を閉める。
「待ってください!誤解です!誤解じゃないけど誤解ですからあ!」
私は、エリアさんを何とか家に上げて、さっきの状況になるまでの流れを説明した。
「なるほど…つまりアルトには、Sの才能があると」
「そんなことありません!」
「あんな表情をしてたくせに、今さら言い訳はできないだろ」
「うぐ!?」
痛いところをつかれ、反論できない私は視線を横にそらす。
「なんだか触れてはいけないものに触れた気分だった…」
「な、なんかごめん…」
少し怯えたような表情をしているエクスを見ていると、なんだか申し訳ない気分になってくる。
「そ、そういえばエリアさんは、どうして家まで来たんですか?」
「誤魔化すように話を切り替えたな…まあいい。実は、話したいことがあってな」
エリアさんはそう言うと、懐からそこそこに厚い封筒を取り出して、私に渡す。
その中身を確認してみると、そこには多額のお金が入っていた。
どのくらいの額かと言えば、おそらく世界中の半分の土地を買ってもお釣りがくるくらいだ。
「……あの、これは?」
真っ先に出た言葉はそれだった。
私は今まで、こんな大金を持ったことはない。なので、そんなものを懐からスッと渡されると正直怪しい。
私の問いに、エリアさんはこう答えた。
「商談だよ。イヴを引き取るためのね」
イヴを…引き取る?
「……やっぱり、イヴはフェヒター家の人間なんですか?」
「少なくとも、私はそうだと思っている。だから私は、彼女を家まで送る義務がある」
そっか…エリアさんは貴族の人間なんだ…感情で命に背いたりしたら…
でも、イヴは貴族を嫌ってる。きっと、エリアさんと一緒に行くことは嫌だろう。
だったら…
「すみません、いくら金を詰まれても、イヴはあなたたちには渡せません」
私はそう言って、封筒をエリアさんに返す。
するとエリアさんは微かに微笑み、封筒を懐にしまう。
「しかたない。なら今回は諦めるとしよう」
えっ?
「なんだよ。随分諦めが早いじゃないか」
「二人の仲を壊すのも気が引けるしな。それに、別に違う可能性だってあるわけだ。だったらそんなにしつこく迫る理由はない」
ひょっとしたら、エリアさんなりに気を使ってくれたのかな?
「でも、そんなことして、家の人が怒りでもしたら…」
「アルトは優しいんだな。安心しろ。少なくとも、私に利用価値があるうちは捨てられたりしないさ」
「本当ですか?」
「本当さ。だから君はいつも通り、イヴと幸せに暮らすといいさ」
「エリアさん…!ありがとうございます!」
私はエリアさんに向けて、深く頭を下げてお礼の言葉を発した。
「気にするな。それじゃあ私は宿に戻る。明日には村を出るから、何か用があれば今日中に頼む」
エリアさんはそう言って家を出ていく。
いいなぁ…あんな人が、身近にいてくれたらなぁ…
「どうしたんだアルト?ボーッとして」
「えっ?いや、エリアさん、かっこいいなって」
「ふうん。アルトはああいうのがタイプなのか」
「い、いや!そういうことじゃなくて…」
「冗談だ冗談。真に受けるな」
エクスはそう言って、私をからかうように笑う。
そんな彼を、さっき植え付けたばかりのトラウマで虐めてやりたいと思った私は、色々道を踏み外しかけているんだろうなと思った。
「でも、あんな喧嘩ばかりする人たちじゃなくて、ああいう気遣いできる人が一緒の方が、気が楽でいいんだけどなぁ」
「残念だが諦めろ。俺たちはあまりにも気が合わなすぎる」
「知ってるよ。だからこれからは、みんなとは一緒に外には行かないから」
私は突き放すようにそう言った。
「まあ俺は、魔王さえ作ってくれればそれでいいがな」
また言ってる。本当に子供なんだから…
本当に、みんな子供だから、自分の意見を押し付けるしかできないんだろうなぁ…
私が間に入ってもその場しのぎになるだけだし、どうしたらいいんだろう?
私はそんな悩みを抱えながら、今日の分の仕事を終わらせた。