ライトノベルの行く末は
先日、『君の膵臓を食べたい』という小説を店頭で見つけた。読んだことはないが随分人気な本らしい。
ぱらぱらとめくってみた所、ずいぶんライトノベルチックな印象を受けた。出版は双葉社。議論が絶えないライトノベルの定義であるが、それでも一応暫定的な括りによると出版される文庫でライトノベルか否かが判別されるらしい。その定義によるとこれはライトノベルではない。
この小説は病気の少女と健常な少年のお話らしいが、あらすじを見ると『半分の月がのぼる空』を想起した。こちらは電撃文庫産のライトノベルである。病気の少女と、ある程度は健常な少年のお話だった。
少し以前話題になった『ビブリア古書堂の事件手帖』というライトノベルがある。これもアスキーメディアワークスから出版された、歴としたライトノベルである。しかし、ドラマ化などを通してある程度一般受けしたらしい様子を見受ける。
勿論これは私の個人的な考えであって論理的データに基づいたものではない。実際には何も一般受けなどしていないのかもしれない。しかしこれはレポートや論文ではなくエッセイなのである程度はご容赦頂きたい。
『ビブリア古書堂』は、いわゆる日常の謎系ミステリである。10年代前期辺りからじわじわと人気を獲得していったジャンルである。有名なものは他に『万能鑑定士Qの事件簿』『氷菓』『珈琲店タレーランの事件簿』などがある。これらの小説群がライトノベルかどうかというと、前述の定義によるとまずライトノベルとは言えない。
もっとも、『氷菓』から始まる『古典部シリーズ』に関しては、角川スニーカーというライトノベルレーベルから角川文庫という非ライトノベルレーベルに移ったという複雑な背景を持つため、一概に論じることはできない。
しかしこの『氷菓』に代表されるように、近年ライトノベルと一般ジュブナイル小説との境が曖昧になっているように見受ける。これはつまり、「ライトノベルのライトノベル化、ジュブナイル小説のライトノベル化の時代」が進んでいる為であると私は見るのだが、ここではまず先にジュブナイル小説についての解説を行う。
ジュブナイル小説とは、簡単に言うとティーンエイジャー向けの小説である。児童でも成人でもない人間に向けて書かれた小説で、ライトノベルの源流であり前身であるとも言える。ご存知、ライトノベルの登場は早くても1980年代、定着には2000年代になるまでかかったので、ライトノベルがない時代、あるいはライトノベル登場後もライトノベルではないティーンエイジャー向け小説としてジュブナイル小説と呼ばれる小説が一定の役割を担った。
これによると、例えば現在話題の『君の膵臓を食べたい』などはジュブナイル小説に分類されるのではなかろうか。とは言うものの、実はこのジュブナイル小説という括りも、ラノベと同じく明確な定義が存在しない。
村上春樹をジュブナイルだと言う人もいれば、ラノベを包括した全てのティーン向け小説をジュブナイル小説とする人もいる。ティーン向けと言っても、何をティーン向けとするかでまた議論も分かれてしまう。
私は、ここでは明確にティーンを意識して書かれ、なおかつラノベではない小説をジュブナイル小説として暫定する。仮にアダルト層でも人気を博したとしても、10代の読者が感情移入しやすい舞台装置がてふんだんに用意された小説はジュブナイルとして話を進める。
このジュブナイル小説とライトノベルの境界が曖昧になっているというのが私の考えであるが、これは何も私が今更ドヤ顔で言うほどのことでもなく、さんざ主張されている手垢がつきまくった意見である。ではなぜ改めて取り上げるかと言うと、ジュブナイル小説のライトノベル化、これに伴うライトノベルのライトノベル化という現象について話を進めたいからである。
しかしその為には、例え手垢が付きまくった論題であろうと、まず始めにライトノベルと一般小説の融合についてから論じなければならない。
ライトノベルの領域に、一般のティーン向け小説が入り込んできたというのはよく言われることであるが、具体的にどのような現象が起こっているのか。
ライトノベルは別名キャラクター小説とも呼ばれ、その名の通り魅力的なキャラクターが存在することが欠かせない条件であった。そのために、ライトノベルの中のキャラクターはしばしば現実にはあり得ない突飛な性格や行動をしていることが多く、アニメ漫画チックな世界が描かれる。
そして、この突飛なキャラクター、ある程度デフォルメされた人間というものが一般の小説にもしばしば現れるようになった。漫画チックな決め台詞・やたら好意を寄せてくる美少女等々……ライトノベルから一般小説の畑へ飛んで行き成功する作家も次々に現れた。有川浩・橋本紡・桜庭一樹……
アニメ化より先にドラマ化するライトノベルもある。先述の『ビブリア』など。ドラマ化せずにアニメ化する一般小説もある。『全てがFになる』や『有頂天家族』など。なるほど、両者の領域は徐々に垣根がなくなっているのかもしれない。
しかし、橋本紡や有川浩は、ライトノベルの技法を持って一般小説の畑へ行ったのではない。彼らは、一般の畑へ出ると、ライトノベルらしさなど捨て去って、他の普通の小説と何ら遜色ないジュブナイル小説を書き上げた。
一般小説はぐいとライトノベルらしさを取り入れる本も多くなったが、ライトノベルの方は一般小説のように落ち着いたリアルな人間模様やテーマを取り入れたものはそう人気にはならなかった。ドラマ化したライトノベルは、アニメ化する一般小説ほど多くはない。
このように紹介すると、融合とは言うもののその実ライトノベルは一方的に侵食されているだけのように見える。が、勿論そんなことはない。何故ならライトノベルは今なお活発だからだ。
だが当然、ライトノベルもこの融合の影響を受けて変わらざるを得ない。それが「ライトノベルのライトノベル化」である。
長文タイトル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』や『僕は友達が少ない』を経て、やや遅れて『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』が登場した時分には既に長文タイトルのブームは廃れ気味だったが、概ねこのような系譜を辿って一目でライトノベルと分かる長文タイトルが00年代後半から10年代前半にかけて隆盛した。
丁度、一般小説のライトノベル化が進んだ時期と一致する。よりライトノベルチックに。硬派なオタクの時代から、軟派……と言っては語弊があるが、オタクを主人公にして感情移入をより容易にしたライトノベルが流行りだした。ライトノベルは、以前と比べてより漫画らしく、よりアニメらしく、よりオタクらしく進化した。
そしてこの長文ブームの次にやってきたのが、我が小説家になろうでもお馴染みの異世界転生である。これにやや先駆けて『SAO』や『魔法科高校の劣等生』などが話題になったが、やはりこれも「なろう系」に分類されるだろう。ゲーム世界に行く『SAO』、なろう出身の『劣等生』。
ここで1つ注意すべき言葉がある。話題になった、と言うが異世界転生はずっとこのサイトでは人気だった。ではいつ何を以て話題になったとするか、それはやはりアニメ化に定めたい。アニメ化するということは、出版社やアニメ会社がこの作品はある程度人気があると見た証拠であり、また広く余人に見られる機会でもある。アニメブーストも考慮すると、アニメ化1年前程度~アニメ放映終了程度はまず間違いなくそのライトノベルにおいて人気が確実に保証されている時期であり、この時期を基準に「話題になった」という言葉を使いたい。
現在はこの「異世界ブーム」ただ中であると私は見ている。なろうには古くから異世界転生モノが溢れていたが、それがこのなろう以外にも受け入れられているのだと思う。
「ゲームの世界に行く」「ゲームっぽい異世界に行く」これ以上ないほどオタク文化に密着した小説が現在『SAO』を始め人気である。勿論、別のジャンルの人気ライトノベルも多々存在する。しかし総体的に見たとき、やはり今は異世界の流れの中にあると私は思う。
ジュブナイル小説(一般小説)は、かつての硬派なライトノベルが満たしていた需要をカバーするようになり、代わりに現在のライトノベルはよりアニメ・漫画・ゲームチックになりライトノベルらしさを先鋭化させた。
これからライトノベルはさらにゲームやアニメらしさを加速させるのか、それとも二次元チックは飽きられ、回帰して硬派なハイカルチャーの要素を取り入れたいわゆる一般小説に近づく進化を遂げるのか。
どちらにせよ、ライトノベルの行く末を決めるのは出版社や作家ではなく、他でもない我々読者の需要であることは間違いない。
~紹介図書~
住野よる『君の膵臓を食べたい』(2015)双葉社
ドラマ映画:2017年(予定)
橋本紡『半分の月がのぼる空』(2003)電撃文庫
テレビアニメ:2006年
三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(2011)アスキーメディアワークス
テレビドラマ:2013年
松岡圭介『万能鑑定士Qの事件簿』(2010)角川文庫
米澤穂信『氷菓』(2001)角川スニーカー
テレビアニメ:2012年
岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』(2012)宝島社文庫
森博嗣『全てがFになる』(1996)講談社
テレビアニメ:2015年
森見登美彦『有頂天家族』(2007)幻冬舎
テレビアニメ一期:2013年
伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(2008)電撃文庫
テレビアニメ一期:2010年
平坂読『僕は友達が少ない』(2009)MF文庫J
テレビアニメ一期:2011年
渡航『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』(2011)ガガガ文庫
テレビアニメ一期:2013年
川原礫『ソードアート・オンライン』(2009)電撃文庫
テレビアニメ一期:2012年
佐島勤『魔法科高校の劣等生』(2011)電撃文庫
テレビアニメ一期:2014年