プロローグ
塔がある。高い、とてつもなく高い塔だ。それは山の頂上に建っていて、雲を串刺しにしながら、天に向かって一直線にのびている。そしていつも、青い空の彼方からみんなを見下ろしている。一体いつ、誰が、何のために建てたのか? 知る者はいない。調べようとする者も……。塔について聞けば、人々は笑いながらこう言う。
「あるものは、ある!」
最初は調べようとする者もたくさんいた。それこそ、塔の謎は人々の好奇を一身に集めていた。それはなにも学者に限ったことではなく、大人も子供も、男も女も、農民も商人も牧師や修道女でさえも、みんな塔のことを知りたがった。ある国の王は塔について知りたいあまり、国をあげて塔の調査に乗り出した。「塔の秘密を一つ見つけたものには、金貨百枚を褒美に与える」と言って……。人々はこぞって塔のことを調べた。その結果を持って城に行けば金貨百枚なのだから、夢中で塔のことを調べた。
しかし、塔に夢中になるあまり、人々は仕事を放り出した。互いをライバル視して、いがみ合い、時には殺し合いにまで発展した。夢中になりすぎて寝食を忘れた結果、体を壊して死んでしまった。調べても調べても何も分からず、それでも金貨が欲しくて、平気でウソをつくようになった。国は、めちゃくちゃになった。
そんなある日、傾国のあり様を嘆いた一人の賢者は、城に行くと王に進言した。
「あの塔は、遥か太古に何者かの力によって創られた、偉大なるものです。しかし、一つの国と万の民に比べれば、取るに足らないものです」
それを聞いた王はやっと事の重大さに気付き、そして自分の国の醜態を見てそれを恥じると、国民を集めて言った。
「もう塔について調べてはいけない! あるものは、ある! それが答えだ!」
そんなことがあったからか、いつしか人々は塔のことを調べようとしなくなった。塔について調べるということは堕落の象徴であり、塔について真面目に考えようものなら「あいつはよほどの暇人だ」とか、「頭のおかしな奴だ」と言われて笑われるのがオチだった。そして人々は口をそろえて言うのだ。
「あるものは、ある!」
大人も子供も、男も女も、農民も商人も牧師も修道女も、そして学者でさえもそれは同じだった。
しかし、一人だけそれらとは様子の違う人物がいた。塔が建っている山から少し離れた村に住んでいる、一人の少年だ。「あるものは、ある!」が常識とされている中で、しかし彼は、くる日もくる日も塔のことばかり考えている。一人で、それを見つめながら……。
彼は、どうして「あるものは、ある!」と言わないのか? 彼は、何を思って塔を見つめているのか? この話は、そんな少年の物語だ。