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反生徒会組織:JOKER  作者: 皇モア
Rot
8/20

3

 コンコン、と二回のノック。そのノックされた扉を見た耶奈は、いつまでも開かない扉に首を傾げた。いたずらか、それとも何かの罠か。


「別に怖いものじゃないわよ」


資料を整理していた手を止め、びくびくとじっと扉を見つめていた耶奈にそう言ったのは蓮華だった。ソファにゆったりと座り、紅茶を飲みながら耶奈と同じく資料整理をしていた蓮華は「安形先輩ならいないわよ」とその扉に向かって言った。

その言葉の後すぐ、乱雑に扉が開けられ応接室へと一人の生徒が無遠慮に踏み入って来る。


「相変わらず安形先輩は苦手なの?」

「お互いに苦手意識があるんだから、別に避けたって責められはしないだろ」

「別に安形先輩は緒方君のこと苦手じゃないと思うわよ?ただ、嫌悪しているとは思うけど」

「苦手よりも悪いじゃねーか」


 ちっ、と軽い舌打ちをしながら緒方は蓮華の前のソファへと腰掛ける。背もたれに項垂れるようにして座った緒方は「あー」と間延びした声を暫く漏らした後、応接室をぐるりと見回してようやく耶奈の存在に気が付いた。

 緒方の元々の目付きの怖さと、今見た態度の悪さと舌打ちを聞いて完全に怯えきっていた耶奈は「ひっ」と息を詰まらせて資料で顔を隠した。


「……一年か」

「そう。今年は安形先輩とペアよ」

「はあ。可哀相な奴だな。最初からあんな厳しい奴と当たって」


 耶奈の失礼とも取れる行動を気にする素振りも見せず、緒方は眉を顰めてそう言った。

 蓮華が淹れてくれた紅茶の匂いを嗅ぎながら、机に広げられた資料を見る。


「今朝の始末書か」

「うん。私達がしたわけでもないのにね。折角の当番でもない放課後が潰れてしまったわ」

「今日当番じゃなかったのかよ。じゃあ今日の当番は?」

「緒方君、今朝会ったんでしょう?安形先輩よ。当番で朝早くからいたから、あの現場に行けたのよ。安形先輩が言っていたわ。緒方君を見たって」

「ああ、そうか。は、てことは」


 興味が逸れていた耶奈へ再び視線を戻す。その鋭い視線に耶奈は思わず少しでも距離を取ろうと身体を傾けるも、今度は顔を隠すことなく緒方を見つめ返した。


「てことは、お前も今朝学校にいたのか」

「は、はい。……でも、僕は現場には行きま……行けませんでした。怖くて、その、動けなくて……ずっとここに」

「怖くて?」


 何が怖いのか、緒方には全く分からない感情に首を捻った。だが先程からずっと何かに怯えている耶奈を見て、こういう奴なのだと思うことにした。


「じゃあ、誰がここに安形を呼びに来たか覚えてるか」

「安形先輩、でしょ」

「……安形先輩」

「えと……女の、先輩で。紺野、って、安形先輩と神楽先輩は、呼んでました……」

「神楽?神楽先輩、呼ばれる前からここにいたのか」

「は、はい。カバンを先に教室に置きに来たって……多分、安形先輩の声が聞こえたから、応接室を覗いたんだと、お、思います。僕と安形先輩が見廻りに行くのと一緒に、神楽先輩も、途中まで一緒に行くと……」

「で、その途中でその紺野って先輩が風紀委員を呼びに来たのか」

「……です」


 緒方は何かを考えるように視線を漂わせ、ある一点でそれを止める。

 耶奈の足元。まだ真新しいスクールバッグの上に着ていないブレザーが置かれ、更に見慣れない形をしたカラフルな球体に近い何かが転がされていた。

 耶奈は自分の足元を見られていることに気付いて不自然に足をびくつかせたが、緒方の視線がそのバッグの上の物を見ていることに気付くと、ぐっと腕を伸ばしそれを持ち上げた。


「それ、何だよ」

「こ、これは……」

「メガミンクスよ」


 答えたのは、ずっと資料整理をしていた蓮華だった。


「メガミンクス?……見た感じはルービックキューブに似てるな」

「同じようなものよ。ただメガミンクスは正十二面体。更に見た感じ、それは十二色版ね」

「あー、なるほど」


 耶奈からメガミンクスを受け取った緒方はそれを一通り眺め、そのパズルをくるくると回し始める。徐々に慣れ始めた緒方の指がパズルを弾く度、カシャカシャと軽快な音が鳴る。


「お前、これ好きなのか」

「……そ、ですね。面白いです。暇つぶしにも、なるし……。形や色も、好きです」

「へえ。難しいパズルが出来るんだな」


 カシャカシャとひたすら回していた緒方の手が止まる。

その手元を見て、耶奈の体の震えが止まった。緒方が来てからずっと小刻みに震えていた耶奈の体が、一瞬にして動きを止めた。

難しいパズルだと、緒方が口にした通り。ルービックキューブ同様慣れなければそう簡単に出来ることのないパズル。加えて、ルービックキューブより多面体で難しい配色。何度も遊んでいれば、一定の法則やコツを掴んでパズルを完成させることは出来るもののこうもあっさりと。

緒方の手の中で綺麗に面毎に色を統一させたメガミンクスは、耶奈に恐怖以上の驚きと衝撃を与えるには十分だった。

時間は、どのくらいだろうか。

思わず耶奈は、開始時間も見ていないのに意味もなく自分の腕時計を見た。


「嫌味ね、とても。気にしなくていいのよ。この人は何の悪気もなく気遣いもなく嫌味を言ってるんだから」

「お前も十分嫌味だろ」


 整えた資料を机の上に綺麗に整頓し、冷めているだろう少し残っていた紅茶を飲みきった蓮華は薄らと笑みを浮かべる。向かい合って何やらアイコンタクトを取り合う二人を交互に見ながら、耶奈は今更ながら自分の立ち位置に困る。

 蓮華が「緒方」と呼ぶことで、この不機嫌そうで不気味な目をした、メガミンクスを一瞬にして揃えてしまう恐らく頭の良い男子生徒が緒方という名前であることは、耶奈も分かっていた。だが、緒方が何故この応接室に来たのか。ずっと怯えていた耶奈にはそれを考える余裕がなかったが、先程の衝撃からすっかり恐怖が頭から抜けた今ではそれが気になって仕方がない。

 自然と応接室に入って来て、ここに時間さえあれば籠っているという蓮華も緒方が来たことに何の疑問も抱いていない。

 もしかしたら、自分は席を外した方がいいのか。

 書類を整理していた手をようやくとめ、耶奈は迷うように視線を彷徨わせた。


「別に気を使わなくていいわよ。遠慮しないで。緒方君はただ、私とお喋りをしに来ただけだから。何も聞かれて困ることはないわ。ね?」

「まあ、別に」


 耶奈の気持ちを察してか、蓮華が小さく首を振って言う。ポットから紅茶を注ぎ、耶奈の前にもティーカップを置いた。


「あ、ありがとうございます……」

「ごめんなさい、資料が散らばっていたから紅茶を置いたら邪魔だと思ってたの。もう直ぐ終わるみたいだし、のんびり作業してね」


 耶奈は暖かい紅茶に角砂糖を一個入れ、一口飲む。ふんわりと口内で広がる紅茶の香りと味に、紅茶をよく知らない耶奈でもそれが安くない紅茶であることは分かった。


「それで、結局何を話しに来たの?」

「いや、聞きたいことは大体聞けた。朝、ここに誰が風紀委員を呼びに来たのかを聞きたかったんだよ」

「答えは紺野先輩ね」

「知ってるか?」

「体育委員の人よ。運動神経がよくて、いろんな部活で助っ人をしてる。ミルクティカラーの長い髪で、ポニーテールをしてて。後、学内試験の成績はあんまり芳しくないみたい」

「流石、よく知ってるな」

「生徒の基本的なことはね。後は全部聞いた話よ。緒方君の嫌いな噂話だって、私には大切な情報源だわ」


 その蓮華の言葉に「ふん」と緒方は鼻で笑い、手にしたままのメガミンクスをまたカシャカシャと回しながら言う。


「何が嘘で何が本当か、それを調べるにも時間がかかって面倒くせえ。蓮華に聞けばそんな噂の本当の部分だけが知れるんだ。別に俺が我慢して噂を仕入れる必要もないだろ」

「私が本当のことを言うとは限らないでしょ」

「当然だろ。丸っきりお前を信じるなんて、そんな馬鹿なことしねーよ」

「悲しいわ。信用されてないのね。それに、疑い深い」


 言葉とは裏腹に楽しげに目を細める蓮華。耶奈は蓮華の言葉にいつか緒方が怒り出すのではないかと、またびくびくと体を震わせていたが、緒方は至って平常心のままだ。

 無感情な目をそのままに、口元だけを歪ませている。


「今朝のことは聞いたか」

「風紀委員として、必要なことは聞いたわよ。安形先輩が現場にいた白柳先輩にしっかり話を聞いてくれたお蔭で、大体今朝のことは把握出来てると思ってるけど」

「白柳先輩は朝の事、何て話してた?」

「白柳先輩があの教室に行った時には既に天羽君はそこにいて、資料がばら撒かれているところだったって」

「ふうん……」

「何か矛盾点が?」

「少しな。それに、疑問もある」


 緒方はぐいっと一気に紅茶を飲みほし、僅かに身を乗り出すようにして蓮華を見た。


「あの現場には俺と白柳先輩、天羽以外にももう一人いた」

「雪乃千歳さんでしょう。知ってるわ。それも聞いたから」

「え、雪乃さん?」

「知り合い?」


 雪乃、という名前に反応を示したのは耶奈だった。真剣な話をしているらしい二人の会話に入る気などさらさらなかったが、知っている名前が出て来て思わず声を出してしまったのだ。

 ちらりと緒方の表情を確認するも、やはり何を考えているのかわからない無表情のままこちらを見ていた。取り敢えず、会話を中断させたことを特段怒っている様子もなかったため、耶奈は小さく深呼吸をしてから話し始める。


「あの、同じクラス……なんです。雪乃さん。今朝、少し様子がおかしかったから、えっと、どうしたのかなとは、思って、ました」

「クラスメイトだったのね」


 耶奈は今朝、三人の先輩が去った後暫く応接室で小さくなって怯えていた。ついて行こうにも完全に出遅れてしまい、まだ校舎を完全には把握出来ていない今の状態で一人で向かえば、迷子になるのは目に見えていた。

 だからといって、風紀委員である自身が早々に仕事を放棄して自分のクラスに戻るのは憚られた。そういうことから耶奈は応接室にじっと息を潜めたまま一人でいたが、暫くしてその扉が開いた。

 やって来たのは、宇都宮蓮華だった。

 蓮華は怯えたように丸まった耶奈を見て不思議がることも不気味がることもせず、にこりと笑って軽い自己紹介をした。小刻みに震える耶奈の背中を何度か撫でて「教室に行ってていいわよ。でも、放課後はきっとたくさん仕事があるから、応接室に来て手伝ってくれると助かるわ」と言い、耶奈を教室へと向かわせた。

 耶奈が教室に着き自分の席で大人しく座っていると、登校して来る生徒が早朝の話題を次々に運びこんで来る。耶奈はそれを聞きながら、ホームルームが始まるのをじっと静かに待っていた。

 雪乃が顔を青くして教室にやって来たのは、ホームルームが始まる三分前だった。


「結構ぎりぎりの登校だったので、目に付いたんです。それに、顔色も悪かったから……直ぐに雪乃さんの友達が気付いて、声をかけてたんですけど、結局保健室には行かずにそのまま……授業を受けてました」

「ああ、顔色が悪かった理由ならなんとなくわかる」

「あら、わかるの?」

「まあ……。でも今はその話は別だ。その雪乃が資料室に来たのは、多分殆ど俺と同じタイミング。俺も雪乃もお互い飛び散った資料に釘づけだったから、存在を認識したのは遅かったけど。雪乃は俺とは逆の通路を通って資料室に来た。その時、天羽を見たらしい」

「じゃあ、天羽君と雪乃さんは一緒に資料室へ行ってたってこと?」

「いやそれは違う。資料室へ行く途中、見かけただけだって。天羽が資料室に向かうのを見てから、五分後くらいに雪乃は資料室へ着いて、あの現場を見た」

「五分後ね。じゃあその五分の間で天羽くんはあれをやったってことになるわ」

「そういうことになる。でも、どう考えても無理だろ。資料をばら撒くだけなら、出来るかもしれない。だが問題は、その資料がご丁寧に全部破られていたことだ。全学年分、何百枚とある資料をたった数分で全部破ってばら撒くなんてこと、出来るわけねーだろ」

「なるほど。確かにね?じゃあ、緒方君は一体、誰を疑ってるの?」


 目を細め、緒方と同じく身を乗り出し、顔を近付けた蓮華は緩く口角を上げた。緒方は暫くその端整な顔を眺めていたが、不意に右の口角だけを上げて不気味に笑って見せた。


「皆疑ってるぜ。でも今のとこ、怪しいのは白柳先輩と天羽だな」

「普通に考えて、そうね?」

「お前に頼みがある」

「頼みを要求するまでがとても長かったわ」

「入室履歴をコピーしておいて欲しい。教室の入室履歴の管理も、風紀委員がやってんだろ?」

「資料室の入室履歴ね。分かったわ。出しておく」


 そう言うと蓮華は身を引き、ゆったりとソファーに座り直した。紅茶を淹れなおし、湯気の立つティーカップの持ち手にその白く細い指を絡ませ、ふっと一息吹きかけた後紅茶を飲む。その一連の仕草はどれも美しく、耶奈は思わず見入る。

 それは緒方も同じだったのか、特に表情には出さないものの蓮華から目を離そうとはしなかった。その視線に蓮華は気付きつつも、特に何を言うでもなく紅茶を飲み、ゆっくりとティーカップを置いた。


「そういや、神谷が言ってたぜ」


 唐突な話の切り出しに、蓮華は戸惑う素振りも見せず「何を?」と適当な返事を返す。


「この学校で一番美人なのはお前だって」

「言われて悪い気はしないわね」

「で、この学校で一番可愛いのは唯だってよ」

「私もそう思うわ」

「……美人と可愛いの違いって、何だ?」


 耶奈は思わず緒方を二度見した。つい先程まで真剣な表情でしていた話と全く同じ表情で、耶奈からすれば全く真剣でも深刻でもない話を持ち出して来た緒方。その緒方の意図は分からないが、もしかしたらこの質問には何か重要な答えがあるのではないか、と深読みをする。


「そんなの、人それぞれでしょう。私と本田さんを比べれば分かるんじゃない?」


 蓮華の解答は、そんな耶奈の期待を裏切る至極無難なもので終わった。


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