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反生徒会組織:JOKER  作者: 皇モア
プロローグ
3/20

耶奈朝陽

 どうしてこうなったんだろう。

 汗をびっしょりとかいた手を袖の長いグレーのカーディガンで隠すようにし、不安げに大きな目を宙で彷徨わせる。まだ付け慣れていない風紀委員と書かれた青い腕章を腕に通し、もたもたと廊下を歩く耶奈は終始何かに怯えていた。

まだ早朝で誰もいない筈の廊下を、きょろきょろと警戒しながら歩く。左の袖口を口元に、右の手で心臓の辺りを押えながら息を潜ませる。まるで何かの襲撃に備えているような、大よそ学校でする筈のない警戒を、耶奈はこの学校に入学してから毎日のようにしていた。

 大体、この学校はどうなってるんだろう。思い返せば、入試の時からこの学校は何かが他とずれていたことを今更ながらに思い出し、耶奈はその大きな瞳に涙をにじませた。


 耶奈朝陽は今年入学したばかりの新一年生だった。この私立西清和高校に耶奈が入学を決めた理由は二つある。一つは家が近かったからという単純な理由。もう一つは好きではない勉強をしなくても受かる可能性がある高校だから、なんて情けない理由からの選択だった。

 勉強しなくても受かる高校。まさに、この西清和はそれが可能であった。

 普通の高校では数学、英語、国語、理科、社会といった不変の五教科が入試試験として出されるのだが、西清和ではその五教科が一切出されない。

西清和で実施される入試は、IQテスト。

 耶奈は偶然にも学校の資料欄から西清和のパンフレットを手にし、入試方法に『IQテスト』と書かれているのを見つけた。その独特の入試方法を数日訝しんだものの、パンフレットに載った校舎はまだ新しいのか広く美しく、更に家から徒歩で行ける距離と来た。耶奈はどう対策を取ればいいかもわからないIQテストにそれ程慌てることもなく、薄いIQテストの問題集を受験生の形として一応購入はしたが、結局一度も開くことなく入試に挑んだ。

 そして結果。耶奈は合格した。真っ白な封筒に入れられためでたい合格通知と、まるでメインはこちらだと言わんばかりの水色の封筒も同時に届いた。

 合格通知に素直に喜んでいた耶奈には、いつも日常的に感じる怯えや不安といった感情は全くなかった。同時に自分宛に来たその水色の封筒の口を綺麗に破り、中身を取り出して広げる。そしてその文面を見た耶奈は、喜びに緩んでいた表情を一瞬にして凍りつかせたのだ。

ここで耶奈は、初めて自分の安易な選択を、後悔した。


「失礼しまーす……」

「遅いですよ」

「ひっ!」


 第一棟校舎。全学年の教室や必要最低限の特別教室があるメイン校舎の一角。応接室と書かれたプレートのある教室に、控え目のノックの後セキュリティカードを通し小声で挨拶をした耶奈へ、すぐさま鋭い声が飛んでくる。

 そろりと床を見ていた視線を上げると、曇り一つないメガネ越しに睨まれた。シワの全く見当たらない制服を一切の乱れなく着こなし、黒縁メガネをかけた男子生徒は何故か片手にピカピカのティーカップを持っている。その左腕には、耶奈と同じ風紀委員の腕章がされていた。


「時間はぴったりですが、五分前行動が基本でしょう」

「す、すみません」

「はあ、まあ、いいです。風紀委員としての仕事はこれからですから」


 そう言うと、メガネをかけた男子生徒、安形は持っていたティーカップと机の上に置かれていた他の食器を手早く棚へ入れ、耶奈に数枚の資料を手渡した。耶奈はその資料を受け取りつつ、先程安形が棚へと直した食器類が気になりちらちらと視線を向ける。それに気づいた安形は「ああ」と何か納得し、耶奈にとって予想外にも面倒臭がらず怒りもせずに教えてくれた。


「あれは宇都宮さんの持ち物ですよ」

「宇都宮……?」

「私の一つ年下、貴方の一つ年上。二年の宇都宮蓮華さんです。彼女も風紀委員で、一応副委員長なんですよ」

「その……宇都宮先輩の持ち物が、何故ここに?風紀委員だからここに来られるっていうのは、わかるんですけど……。しかも、置いてる物が、食器なんて」


 その上それは、かなりの量のものだった。ぱっと見るだけでもティーカップが何十個、お皿が何十枚、ティーポットが数個、その他食器類。どれも白く艶のある、食器の知識なんて皆無な耶奈にでさえ分かる程、高級さが感じられる食器ばかりだ。

 それが何故、一生徒の権限でこの応接室に置かれているのか。


「それは彼女がこの応接室の使用権限をもぎ取ったからですよ」

「もぎ取った?」

「風紀委員は去年までただの空き教室を使って集会をしていました。ですが去年風紀委員に入った宇都宮さんはその待遇に不満を持ち、わざわざ理屈屁理屈を沢山書き連ねた願書を生徒会に出したんです」

「えっ!生徒会に直談判したんですか……?」

「ええ。それでどういう訳か、通ってしまったんですよ。その我儘が。その上学内で一番上質で生活設備の整った一室を風紀委員の拠点にしてしまった。全く、どういうことでしょうね。ですから、ここでの権限は宇都宮さんが大きいんです。食器を置こうがお菓子を蓄えようが仕事の出来る彼女には何も言えません」


 説明している安形自身もどこか腑に落ちない表情をしている。風紀委員に所属して日は浅いが、こんなにも何かに翻弄され戸惑っている様子の安形を見たことがない耶奈は、純粋に驚いた。

同時に、安形をこんな風にさせる宇都宮という先輩が物凄く気になった。


「彼女は委員会外でもここをよく使用しています。ここであれを使っておやつを食べたり紅茶を飲んだりしているんですよ。もし貴方も何か甘い物が食べたかったら、勝手に冷蔵庫から取って食べて下さい。あれも彼女の物ですが、自由にしていいそうなので。たくさんありますしね」

「はあ……」

「風紀委員に入ったのですから、直に貴方も宇都宮さんに会うでしょう。少し近寄りがたく感じるかもしれませんが、特に気負う必要はありません。彼女は聞き上手で案外話しやすい方です」


 それをこの人が言うのか。

 この話題になってから、安形のイメージが耶奈の中で大幅に変わった。近寄りがたく見え、案外話しやすいのはこの人に言えることなのでは。ちらりと不安げに安形を見上げた後、直ぐに手元の資料へと視線を落とした。


「取り敢えず、今日すべき仕事は口頭で言います。資料には風紀委員の仕事について全て書いていますから、時間のある時にしっかり読み込んで置いて下さい」

「は、はい」

「まず、風紀委員の仕事は大きく言ってしまえば一つだけです」

「一つだけ?」

「はい。学校敷地内の見廻り、それだけです。ですが、それを徹底してやらなくてはいけません。一切の見逃しもなく、油断も隙もなく、隅々まで警戒してなくてはいけません。何故かわかりますか?」

「い、いえ……」

「この学校のシステムを考えれば分かるでしょう。ここでは、『生徒会』というものが全て極秘事項です。どこで会議が行われ、どのようにして生徒会の決定権が行使され、そもそもどこまでが生徒会の管轄下なのか。そして、生徒会の人間が誰なのかでさえ、極秘なのです」

「……そ、うですね」

「月に一度あるらしい生徒会の定例会議。それがもう直ぐあります。その日学校は休みになり、本来なら生徒会以外は敷地に踏み込むことは出来ません。ですが、定例会議が近付くと盗聴器やカメラを仕掛けたり、敷地に入れるよう施錠の細工をしたりする者が必ずいます。それを駆除するのが、私達風紀委員の仕事ですよ」

「や、やっぱり、そういうことをする人って……いるんですね」

「そうですね。います。どれだけ極秘だと言っても、どれだけそういった行為をすると処罰されると言っても、知りたいんでしょう。何せ、『生徒会』はこの学校で一番の謎ですから」


 耶奈が西清和高校を他の高校とずれていると感じたのは、何も入試方法だけではない。西清和独特の生徒会選出方法や不気味な校則も、そのずれに含まれていた。

 IQテストは年に二回行われる。西清和に受験する新一年生と共に、在学生もIQテストを受けるのだ。そして二学期の後半に、再び全学年共通のIQテストがされる。

 そのIQテストによって、上位九人が『生徒会』という組織に所属することが出来る。生徒会長、副会長、会計、書記、生徒会執行委員長、美化委員長、風紀委員長、図書委員長、保険委員長。といった、各委員の委員長も『生徒会』に含まれている。

 そして何より耶奈が不気味に思っているのは、校則だった。『生徒会』を決めるにあたって、推薦や投票制でないことにも多少の違和感はあったが、それでも成績上位者が学校の統率をすることにはまだ納得出来た。


 だが、この学校ではその統率者の名前が明かされない。つまり、誰が生徒会長で誰が副会長で、誰が委員長なのか、教えられないのだ。IQテストの結果は個人に返されるものの、上位者が校内に貼り出されることもない。ただ知らないうちに、いつの間にか『生徒会』が決まり、知らない誰かに統率されている。誰が生徒会であるか、それはこの学校で最も極秘とされ、一切として公にされず、そしてその『生徒会』を探ることは校則違反。

 この西清和高校は、そんな学校だった。


「おい、あんま一年怖がらせるなよ」


 がらがら、と引かれた扉の向こうから、真っ赤な髪が覗く。背が高くすらっとした男子生徒は、少しおどけるようにして真剣な表情で話す安形に言う。まさか誰か来ると思っていなかった耶奈は、突然の来訪者に驚いて「ひっ」と短く声を上げた。


「怖がらせているのは貴方ですよ」


 不快気に顔を顰め、安形は自身のネクタイを少し持ち上げる仕草を見せる。


「後、またネクタイが緩んでいますよ」

「あ?おお、悪い。……お前、今年は安形とコンビか?」

「は、はい」

「話しにくいし、顔も怖いだろうけど、悪い奴ではないから仲良くしてやってくれよ。あ、俺神楽竜司って言うんだ。宜しくな」

「余計なことは言わないで下さい。それより、何故神楽君がこんな早朝に学校へ来ているんですか。補習ですか?」

「俺そんな馬鹿じゃねーんだけど……。委員会だよ、生徒会執行委員の仕事。今日、あの定例会の資料が配られる日だから。それ取りに来たんだよ」

「ああ、そうでしたか」


 耶奈は二人を交互に見ながら、違和感に首を傾げた。パンフレットのお手本のように制服を着て、容姿や口調までも真面目な安形。一方、髪が赤く制服を緩く着崩している神楽。この二人は全くの真逆に見えるものの、仲は決して悪いように見えない。二人の口調や雰囲気からして、同級生だろう。


「私達はこれから見廻りに行きます。神楽君も、人が増える前に行った方がいいですよ」

「ああ、そうだな。こっちには時間あったから荷物置きに来ただけだし。あ、でも折角だから途中まで一緒に行こうぜ。どうせお前らも先に第三棟行くんだろ?な?」


 そう言って神楽は自分よりも幾分も身長の低い耶奈の頭を撫で、愛想の良い笑顔を浮かべた。耶奈は慣れない扱われ方と人との接触に戸惑うも、神楽の言い知れない安心感に僅かに頬を緩める。

 安形は短く溜息を吐き「仕方ないですね」と言葉を漏らす。

 が、その言葉の後直ぐ、廊下からけたたましい足音が響きそれは応接室へと入ってきた。


「ちょ、ちょっと!安形!」

「……何なんですか、今日は」


 慌ただしく応接室へと走り込んできたのは女子生徒だった。薄いミルクティカラーの長い髪をポニーテールにし、短いスカートを翻す彼女は応接室にいた安形を見て声を張り上げる。

 次々と来る来訪者に、安形は仕事が進まないことから苛立たしげに女子生徒を睨みつけた。


「あれ、紺野。何そんな慌ててるんだ」

「え!神楽もいる!丁度良かった!アンタ執行委員でしょ!」


 一気に騒がしくなった室内に、耶奈は体を縮こまらせる。明らかに自分とは波長の合わない人種であり、その上女の人となれば耶奈の人見知りに拍車がかかる。段々と増えて行く自分よりも二年も年上の先輩に、ついに耶奈は恐怖から涙を浮かべ完全に口を閉ざしてしまった。


「何だよ、丁度良いって。あんまり面倒なことは持ち込むなよ」

「別に私が何かやらかしたわけじゃないの!」

「何かあったんですか?」


神楽に紺野と呼ばれた女子生徒の、どこか必死さを感じさせる様子に安形がようやく何かあったのだと察する。大袈裟な身振り手振りをしながらも、どう話せばいいのかわからないらしい紺野は暫く「あのさ!あそこの教室で!プリントがさあ!」とよく分からない単語を並べて叫んでいたが、やっと彼女の頭の中で言うべきことが纏まったのか、大声で何か思いついた様に叫んだ。


「第三棟!あの『生徒会執行委員の極秘窓口』にあった定例会についての書類が、全部破り捨てられてるの!」

「は?」


 思わず安形が声を漏らす。血相を変えた紺野は指で廊下の向こうを勢いよく指し「とにかく来なさいよ!」と叫ぶ。戸惑った表情のまま、未だ状況を把握出来ていない神楽と安形。だがそれ以上に困惑と恐怖に怯える耶奈は、何故か二人よりも冷静に、現状を端的に理解していた。

 直前に迫る定例会。その定例会についての書類。その書類が破り捨てられた。何者かによって。恐らく、生徒会からの御触れであろうその書類が。この学校の絶対的存在である生徒会の。

 これは、大変なことだ。


「風紀委員はこの学校の秩序を守るのが役目!執行委員は生徒会の仲介人でしょ!人が集まる前に、なんとかしなさいよ!」


 ぽたり。紺野の訴えにようやく神楽と安形が走り出すのと同時に、頭を抱えて小さくなった耶奈の目から、大粒の涙が零れた。


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