~教室の一人語り~
注・この小説はフィクションです。
実在の人物・施設等には一切関係ありません。ただ、情景と心情を思い浮かべて読んでいただけると幸いです。
「あ、ユーレイさんだ。」
「シッ、声が大きい!聞かれたらあの世に引きずり込まれるよ!」
「ええっ、嘘でしょ?」
「本当らしいよ、この間3丁目の交差点で・・・・・」
またこの話。なんで私のせいになってるんだろ。別にあのバイクの事故はライダーが悪くて、私があの世に引きずりこんだわけじゃないのに、いつのまにか私のせいにされてる。私を死神か何かと勘違いしてるのかな――。
私、水無月結那は廊下を歩きながらそう思った。私は、ずっと病弱であまり学校に出てこれなくて、みんなと一緒に過ごすことも少なかった。そのせいで、今まで外で遊んだことがなくて、いっつも一人ぼっちで木陰にいる、そんな生活を送ってた。
そのせいか、私についたあだ名は「ユーレイさん」。このあだ名がつけられたと知ったときは、多分、結那の「結」と、幽霊の「幽」をかけて「ユーレイさん」なんだな、と納得した。
その後、それだけでは飽き足らずに「午前二時に窓の外を 見るとユーレイさんに連れて行かれる」とか、「もし目線があってしまったら、帰ってすぐに目を洗わないと呪われる」とか、怪談じみた噂までつけられている、ということを知った時も、「なんだか否定できないな。」と思っただけで別に気にも留めなかった。 でも―――4年生の時、隣のクラスの子に「悪霊退散!」と言われて塩をかけられたり、石を投げられたりした時は――――悲しかった。確かに色は白いし、体育にも出れないけど、それ以外はみんなと同じ人間だと思ってた。なのに――――なのに――はっきりと「亡霊」とか「悪霊」って言われた――――。その時から、私は学校に行くことを嫌いになった。あの給食のいい匂いや、楠の葉が風になびく音も、全てが嫌だった。そう、むしろ、薬臭い 病院にいたほうがまだマシだったとさえ思える程に・・・・・・。
その後、小・中とあまり学校に行かなかった私には、思い出と呼べるようなものはほとんど何もないまま時は流れ、今は家から少し離れた高校に通ってる。相変わらず体育とかは御法度だけど、それでも居心地は良かった。私のことを知っている人がいなかったから。そう、あの時までは―――。
誰が広めたのかはわからないけれど、いつのまにか私のあだ名と怪談じみた噂はクラス全員の知るところとなっていた。その時からクラスの空気はよそよそしくなり、また私は学校が嫌いになった。
そして今、私はまたひとりぼっちで高校生活を送っている。
そんなことを回想していると、時計の長針は既に8のところを過ぎていた。次の授業の開始は四十五分、しかも移動教室だった。 早く行かなきゃ。そう思って立ち上がったとき、私は目眩を覚え、その場に倒れそうになる。持病の貧血だ。
だが、私の体は床に付く前に誰かによって支えられる。誰だろう、この温かい体。恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは男の人の顔。
「きゃっ!」
「あ、ごめん、大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・・・・・だけど・・・・」
顔が熱い。こんな近くに男の人の顔を感じたのは初めてだ。胸がすごく早く脈打つ。
「顔赤いし、熱あるんじゃない?保健室行ってきたら?」
「う、うん・・・・・ありがと・・・・」
「あ、もうこんな時間か。じゃあ、俺の方から先生に伝えとくからさ。確か・・・水無月結那さん、で合ってたよね。」
「あ、うん・・・・・合ってる。」
私の名前を―――覚えてくれていた。担任ですらも苗字でしか覚えてくれていなかったのに、この人は下の名前まで―――フルネームで覚えてくれていた。私の知る限り、この学校で私の名前をフルネームで覚えているのは、度々お世話になる保健室の先生くらいしかいない。なぜ―――。
私は、始業のチャイムが鳴って我に返るまで、ずっとそのことを考えていた。