鮮花
<1>
風にさらわれて
瑞々しいスイレンは揺れ
水面のわたしは
おぼろげなさざなみだ。
そして瞳にうつる
このすがただって
おぼろげな影法師なのだ。
人は行き過ぎるばかりだ。
握った手のぬくもりも、
交わした言葉の喜びも、
おいていかれたわたしには
いつも一歩おくれてくる。
なのに残った余韻などは、
そうと呼ぶにはあまりに僅かだ。
それでも、一つだけ
せっかちなものが ある。
ときおりなにかから流されたように、
そしていま この一瞬にも
いろあでやかに舞う、
くたびれてしまった
うっすらと蒼白い花びら。
<2>
僕が生きてきたのは
木漏れ日に髪揺らした
恋人のおかげでも
いつかと約束した
父との盃のおかげでも
頭をそっと撫でた
母の古びた手のおかげ
でもないのだ。
さとったのだ、僕は昨日に。
むしろ生かされているのだと
透きとおった大気、
夕暮れにまばゆい地平や
壊れたように廻り続ける
懐中時計の針、その音が
僕を優しく、子宮のように
抱いてしまうから。
そして僕の骨は
明日の明け方ごろにでも
湿った土と木のなかへと
埋められてしまうのだ。
けれども、たとえ
そのそばにイトスギが咲いても
そして萎れたとしても僕は
決して悲しまないと誓う。
明日だけ僕を、弔う人よ。
そんなあなたに
ゴジアオイを贈ろう。
だがこれは囁きではない
むしろ最後の啓示である。
僕は、あなたに
咲き誇る白い慎ましさではなく
知らぬまに枯れる花を贈ろう。
<3>
君が黙っているわけ
俯いているわけを
話す必要はない。
詩はそのためにある。
だが期待はするな。
詩とはそういうものだ。
愛されたいだけならば
去れ。
わたしはユリの心持ちで
この詩を手向けよう。
きみは憎しみか、
それか涙を綴るといい。
いつか、凛と、一輪の赤が
荒野に花開くだろう。
わたしを刺して拒む
荊が。