心優しき少年
グレンは生まれてから、病気になったりする事もなく、すくすくと育っていた。
そして、同年代の子たちより聡明で、礼儀がしっかりしていた。
これはひとえに、セヴランとアリゼの二人が心優しく、領民たちからも信頼されている事に他ならないからだ。それと忘れてはいけないが、肉体的には子供でも、前世の記憶があるため精神的には既に成人男性である。
そんな二人に育てられていれば、グレンが心優しい子に育つのは当然だろう。
そんなグレンが、領民と触れ合って打ち解けて好かれるのに、時間はそれほどかからなかった。
普段、グレンはいろんな場所へ遊びに行っている。街、川、田畑などあげていくときりがない。
今日もどこで遊ぼうか迷っていた。
「今日はどこに行こうかな〜。森に探検に行くのは母さんに止められてるし。川へ釣りしには昨日行った。ん〜。よし、久しぶりに田畑に遊びに行こう。今の時期なら大人たちもそんなに忙しくないから、子供たちは暇しているはずだしね。そうと決まれば、思い立ったら吉日だ」
グレンは今日どうするか決めると、さっそく行動に移す。
遊びに行こうと屋敷を出ようとすると、アリゼに呼び止められた。
「グレン、今日はどこに行くの?」
「田畑に遊びに行ってくる、母さん」
グレンは何だか落ち着かない様子でアリゼにそう告げると、
「農家の人たちに迷惑をかけちゃダメよ。あなたは、エルファス侯爵家の跡取りなんだから。領民の模範となるよう心がけなさい」
「分かってるよ、大丈夫。それじゃ、行ってきます」
「あ、日没までには帰ってくるのよ」
「はーい」
返事をしてすぐ、風のように走っていった。
「本当に。そそっかしいんだから」
口調は困ったようだったが、顔では息子の成長を心から喜んでいた。
一方、そんな母の様子など一切知らないグレン。もうすでに田畑に着き、
「あ、グレン様だ」
「本当だ。グレン様〜」
最初にグレンを見つけた子供を皮切りに波のように子供たちが後へと続いていった。
「やあ。みんな、こんにちは。元気だったか?」
「はい。みんな元気ですよ」
「私たちは農民の子供ですよ〜」
「そうですよ」
「みんな家の手伝いをしてますから。体は丈夫な方ですよ」
「ははっ。違いない」
グレンが笑うとつられてみんなも笑う。本来なら、農民の子供と貴族の子供でこうして一緒にいる事はありえない。しかし、ここでは見慣れた光景だった。
グレンたちの笑い声を聞きつけて、この村の村長がやってきた。
「グレン様、シャレウ村にようこそいらしてくださいました」
「あ、アドルフさん。久しぶりに遊びに来たよ」
「グレン様、アドルフさんなどと。アドルフで構いませぬのに」
「そうはいかないよ。確かに、身分では僕の方が上だよ。でもさ、年齢ではアドルフさんやこの村の大人の人たちの方が上だよ。目上の人にそんな風にしたら失礼だよ」
グレンがそう言うと、アドルフは感心した。
「なんともったいないお言葉。やはり、あなたはお父上とお母上の息子。その礼儀正しい態度は教育されていてもそうそうできるものではありませんからな」
アドルフがグレンのことを褒めると、グレンは少し顔を赤く染める。
「いや、ははは。そんな••••••」
「あー。グレン様照れてる」
そんな二人の様子を見ていた村の子供たちのうちの一人がグレンをからかうと、
「本当だ。お顔が真っ赤だ」
「グレン様、かわいい〜」
という具合で次々に子供たちにからかわれる。
グレンは次第に恥ずかしくなり、無意識のうちに子供たちの方へ走り出していた。
「この。まてー、お前たち許さんぞ」
「グレン様が怒ったぞー」
「きゃ〜、みんな逃げて」
「わーい」
「あははははっ」
自然にみんなが鬼ごっこで遊んでいた。
みんなが鬼ごっこで方々に散った後の村で、村長を含めた数人の大人たちで話をしていた。
「本当にいい子だよね。グレン様は」
「ああ、そうだな。この時期になると、よく村の子供と遊んでくれる。おかげで俺たちは大助かりだ」
「貴族という肩書きを花につけることもないし」
「誰に対しても分け隔てなく接してくれる」
「グレン様のおかげで、うちの息子も随分と明るくなったよ」
「ああ、うちもだよ。今までは、ずっと家の中に引きこもっていたが、グレン様が無理矢理連れ出してくれたおかげで他の子たちとも遊ぶようになった」
「ほんと。グレン様は私らにとっての神様だねえ」
「不敬かもしれないが、そうだな」
「グレン様が跡継ぎなら、安心だな」
「そうさなぁ。よし、少しでもグレン様に恩返しできるよう我らも頑張ろう」
シャレウ村の人たちみんなに、グレンは好かれていた。そして、グレンの厚意に少しでも報いようと村の大人たちは一致団結したことをグレンには知るよしもない。