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第八話 距離感。

 俺の恋が終わったあの日から、一週間が経った。愛佳も俺も、気まずくて話せないままだ。

 朝も俺は一人で登校しているし、帰りは途中まで健太と帰っている。健太には散々相談をしていたからいろいろと訊かれたけど、俺は曖昧に答えただけですべてを話す気にはなれなかった。



「そろそろ、本気でやばいぞ裕二」

「……何がだよ」


 教室に着くと、突然健太が顔を近づけてそう言った。意味が分からない。

 健太を押しのけて自分の席に座ろうとしたら、バカ野郎と怒鳴られた。本気で意味が分からない。


「愛佳先輩とそのまんまで、お前それでいいのかよ! 諦めて部長に譲っていいのかよ!」


 俺の肩を揺さぶりながら、健太は叩きつけるように叫ぶ。いやいや、なんでお前がそんな必死になってるんだよ。意味わかんねえよ。

 あまりにも健太がしつこいので、結局一週間前のあの日にあったことを全部ちゃんと話すことにした。これを話せばきっと、健太は俺が諦めることを許してくれると思ったからだ。

 だがしかし。


「バーカじゃねえのお前! バーカバーカ!」

「バカバカ言ってくんじゃねえよ」


 健太、ほとんどバカしか言ってない。悪口のレパートリー少ないな。もうちょっと天音を見習えよ。

 まあでも、健太の気持ちは分からないわけでもなかった。それくらい、俺がバカってことだろ。


「そんなんでお前、いいのかよ。絶対ふられるに決まってんのに、裕二そういう計算できねえのかよ」

「……バカだから」


 健太の言葉にそう返事をすると、彼は呆れたように首をすくめた。


「バカだから、わかんなかった。もうふられてもいいやって思った。これ以上好きでいてもつらいから」


 言っているうちにまた視界がぼやけて、涙が溢れ出た。なんで俺、こんなに泣くようになっちゃったんだろう。

 健太はそんな俺を見下ろして、静かに言った。


「つらくても、それが恋だろ。それが、好きってことなんだろ」


 本当に好きなら、どんなにつらくても諦められねえよ。

 健太は、そう言った。つらくても、苦しくても、本当に好きなら……。

 ああ、俺はやっぱりバカだ。自分の気持ちさえ、ろくに分かっていなくて。勝手に終止符を打って。勝手に傷ついて。

 好きだよ。ずっと好きだよ。頭では諦めたつもりでも、心はずっと諦めてねえよ。

 好きだよ、ずっと。大好き。だからきっと俺は、この気持ちを忘れられない。忘れたくない。

 つらくても苦しくても、それが俺の物語の一ページだから。


「……なあ健太」

「ん?」


 健太を呼んだはいいものの、次の言葉が上手く出てこなかった。彼は首を傾げてこっちを見ている。


「なに、どうかした?」


 そう言う健太に、俺は小さな声でささやく。


「……まだ、諦めないでもいいかな」


 もうちょっとだけ、頑張ってみてもいいのかな。

 そんなことを尋ねてみると、健太はバカにしたように笑って「好きにしろよバーカ」と言ってきた。バーカってとこが、なんでか少し優しく聞こえて、俺は嬉しくなった。

 すると天音が現れて俺の肩をちょんちょんとつついた。振り返ると、彼が口を開く。


「愛佳先輩だっけ? 来てるよ」

「え」


 慌ててドアの向こうを見てみる。長い髪、白い肌。人懐こそうな顔。少し、緊張しているような表情。

 そこに、愛佳がいた。


「裕二呼んでって言われた。さっさと行ってあげてよ。さっきからすごい見られるんだから」


 天音が不満そうにつぶやく。俺はごめんごめんと言って愛佳に近づいた。


「……愛佳、あの、」

「き、来て」


 愛佳に手を引かれて、俺たちはまたあの薄暗い静かな水道の前に向かった。



「……私、部長に告白したんだ」

「えっ」


 驚く俺を見つめながら、愛佳は付け足す。


「裕二に告白されたからだよ」

「俺に……された、から?」


 なんで、俺が告白したから告白しようと思ったのか、それがあまり理解できなかった。すると愛佳はにっこりと笑う。


「ふられちゃった」

「……え」


 驚きで口をぽかんと開けていると、愛佳はまた笑った。


「そんな顔しないでよ。それでね、ここからが本題なんだけど……その、ひどいこと言ってごめん」

「や、そんな、気にしなくていいから」


 ひどいこと、というのはおそらく、一週間前に愛佳が俺をふった時の言葉だろう。別にひどいことってほどでもなかったけど、まあ、傷つかなかったとは言えない。


「私、ふられてようやく気がついた。裕二は、もっとつらかったよね。私、何も知らないで応援してなんて言って、裕二を苦しめてたんだね。……ごめんね、ほんとにごめん」


 愛佳はそこまで言うと、泣き出してしまった。とりあえず頭を撫でてみる。背の差が気になってなんとなく、背伸びをしながら。

 苦しめてた、なんて言わないでほしい。確かにつらかったし、苦しかったけど、愛佳は俺にたくさん幸せをくれた。愛佳を好きでいた時間は、俺の宝物。これからもずっと、好き。


「ごめんね裕二……」


 ぽろぽろ涙を零しながら、そうつぶやく愛佳。小さな肩が、震えている。

 俺は我慢できなくなって、抱きしめてしまった。あああ俺のバカもう死んでしまえ。こんなことするとか絶対ずるいやつだ。


「愛佳は、悪くないよ」

「そ、んなこと……ない。私、私いっぱい裕二を傷つけたよ。無意識に、いっぱいいっぱい。――――私、裕二に抱きしめてもらって、慰めてもらう資格なんてない」


 資格なんて、いらねえよ。俺はそう言って、強く、愛佳を抱きしめた。

 あとで健太に殴ってもらおうと思う。俺最低。愛佳が傷ついてるとこ、慰めるとか狙ってるって思われてもおかしくないし。あああ俺一回死ね! バカ!

 という感じに心の声がめちゃくちゃになっていることはなんとか愛佳にバレることはなく、少し元気を取り戻したようだ。

 ……というか、愛佳、俺より背高いけど、肩幅ちっちゃいし顔もちっちゃいし、俺と全然違うよな。やっぱ、これが男女の差なのかな。可愛いから、いいんだけど。


「ごめんね裕二。私やっぱり、裕二のこと友達にしか見れないよ。でも、友達として、大好き」


 愛佳は体を俺から離して、微笑んだ。その笑顔が少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいだろう。

 これで俺の恋はちゃんと、終わった。心の中ではずっと好きでい続けるんだろうけど、頭の中ではちゃんと終わらせられてる。

 さよなら俺の初恋。ずっと、大好き。これから俺にまた好きな人ができても、きっと愛佳以上の人には、会えないだろうな……。


 こうして一応俺たちは仲直りをしたわけだけど、やっぱり少し距離感があって、俺はちょっとだけ寂しさを感じていた。俺は愛佳と、友達としてこれからもずっと一緒にいられるだろうか。また、笑えるかな。

 この距離がいつか、前みたいに元に戻るかな。


 帰り道。俺たちはいつもより少し離れて歩いた。

会話のほとんどに「バカ」が入ってる……。

個人的にもっと天音の毒舌ぶりを出してあげたかったです。

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