第七話 告白。
次の日の、部活中。部長に話しかける愛佳のことが気になって、全然集中できなかった。
マネージャーだから、部長としゃべることが多いのは当たり前なんだろうけど、昨日の話を聞いてから意識してしまって、自然とそっちに視線が行ってしまう。おかげで、先輩たちに何度怒られたことか。
「集中できねーんだったら今日は帰れよ」
部長にそう言われたのが、一番腹が立った。俺は今、あんたのことでこんなに悩んでるんです。
でも、部長に当たるのはきっと間違ってるし、愛佳だって望んでない。そんなつもりで、俺に打ち明けてくれたんじゃないんだろう。つーか、愛佳は俺の気持ちに気づいてないしな。
そんな中、健太にはバレた。
「お前、愛佳先輩にふられたの?」
「……ふられては、ない。けど、そんなとこなのかな」
昨日のことを健太に話すと、一言。
「お前、バッカじゃねーの?」
俺にはバカって言うなって文句をいうくせに、健太はバカバカ言ってくる。人に言うなって言うんだったら自分も言うなよな。
まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。
「……で? 愛佳先輩の恋の応援すんの? お前」
「だって、約束しちゃったし」
「だーっ! こっちがイライラする! バカ裕二! 一生そうやってろバーカ!」
健太は突然そう怒鳴って、俺のことを突き飛ばして、睨んできて、グラウンドを爆走し始めた。意味が分からなかった。頭おかしいのかなあいつ。
でも、呆れられたんだろう、となんとなく感じた。呆れられても、仕方ないよな。俺、ほんとにバカだもん。
なんで、応援なんてしようって思っちゃったんだろう。そりゃ、愛佳が笑顔でいてくれたら俺はそれでいいけど。でも、できれば俺が笑顔にしてあげたかったな。
ため息をついて、そして、爆走する健太を止めようと走り出した。その時、叫び声が聞こえた。
「裕二後ろ!」
誰の声かは、分からなかった。後ろを振り向いて見えたのは、心配そうな部員たちの顔。泣きそうな愛佳。その横に立つ、部長。
目の前に迫っていたあれは、なんだったんだろうか。
***
「っ!?」
「あ、起きた」
ガバッと起き上がり、辺りを見回す。どうやら、保健室のベッドに寝かされていたらしい。清潔感のある白いシーツが目に入った。
横には、愛佳が座っていた。話を聞いたところによると、部員の誰かが蹴ったボールが俺の顔面に直撃したらしい。……通りで顔が痛いと思った。
「裕二、ぶっ倒れたからみんな心配してたんだよ。ここまで、部長が運んでくれたの」
「部長が?」
あー、戻ったら絶対「だから帰れって言ったのに」的なこと言われるタイプだ。集中してなかったからだろーと言われる。絶対言われる。
「でも、よかった。おでこに湿布貼るくらいで済んで」
愛佳がそう言った。手を額にやると、確かに湿布っぽい感触がある。
「……気をつけなきゃダメだよ。脳震盪とか起こしてたらどうしようかと思ったよ」
「うん……ごめん」
八割愛佳のせいだけどな、という言葉を飲み込んで謝る。いや、ほんと。八割愛佳のせいだから。昨日の発言すっごい俺引きずってるから。
「だから、これからは気をつけてね? 裕二のこと、ほんとにみんな心配してたから」
「うん、ごめん。気をつける」
俺がそう言うと、愛佳は優しく微笑んだ。ああ、もう、この笑顔。
「……好き」
「え?」
やばい。俺は慌てて口を塞いだ。声に出てた……!
ぽかんとする愛佳。気づいてないといいんだけど……いや、もういっそのこと気づいてくれたっていい。叶わないのは分かってるから。
「……ふふ、いきなりどうしたの? 私も好きだよ~」
愛佳はそう言って俺の頭を撫でた。髪をくしゃくしゃされる。
……ああ、そうなのか。愛佳は、気づいてくれないのか。
もう、苦しい。つらい。分かってもらえないのが本当に苦しくて、つらい。いくら恋愛対象外だからって、分かるだろ、普通。
そう思った瞬間、心のブレーキが壊れた。もう、止まらなかった。いや、止まれなかった。
「……俺、愛佳のこと、女子として好きなんだよ」
「え……ど、どういう、こと?」
やばいと思った頃にはもう、愛佳の返事が聞こえていた。驚いたような表情。もう、どうだっていいや。
ベッドに座ったまま、俺は愛佳を抱き寄せた。
「……ちょ、裕二!? だ、だめだって。誰か来るかも――――」
「一昨日は!」
愛佳の焦ったような声を遮って、俺は叫んだ。ごめん、愛佳。でも、もう我慢できないよ。
「……一昨日は愛佳、道の真ん中で抱きついてきたくせに、今更何言ってんの?」
「ゆ、裕二……? いや、そ、その時のこととはまた違うじゃん。だからとりあえず離して?」
「……やだ」
愛佳を、さらに強く抱きしめる。彼女は俺の頭をまた優しく撫でて、ささやいた。
「落ち着いて。ね、女子として……って、ことは、私と付き合いたいってことなの?」
愛佳の問いかけに、小さく頷く。彼女は俺の頭を撫でたまま、小さな声で「うん」とだけ言った。何故だか分からないけど、涙が出てくる。
愛佳は俺の背中をさすって、「大丈夫だからね」って笑った。何も、大丈夫じゃねえよ。大丈夫なことなんて、一つもない。
「……ごめん」
耳元で愛佳の、申し訳なさそうな声が聞こえた。
「ごめんね。私、裕二とは付き合えない。まだ、部長のこと好きだし、それに……裕二のことは、そういう風に見れない」
はっきりと言われたのが、俺に重くのしかかった。
そういう風に見れない。つまり、それは俺が恋愛対象外ってことだ。知ってたけど、でもはっきり愛佳の口から言われるのはやっぱりきつかった。
「うん……分かってる」
「裕二」
「分かってるよ、全部。ずっと見てたから」
愛佳を抱きしめたまま、少しだけ泣いて。愛佳の肩を、涙が濡らした。
――――告白なんて、しなければよかった。
何でもいいからとりあえず主人公がぶっ倒れるシーンを書きたかったので、ここで書いてみました。
上手くぶっ倒れた様子が書けていたら嬉しいです。