第四話 大好き。
「裕二、さっき可愛かったよー!」
「……何が」
楽しそうな愛佳とは反対に、俺は少し不機嫌だった。だって、好きな人に可愛いとか言われたくないし……。
愛佳、すぐ俺のこと可愛いって言うからなあ。やっぱり、俺のこと男として見てないのかな。うん、それしかないよな。
「一緒に帰ろうって言ってくれた時! ほんと可愛いよー」
愛佳はスキップして長い髪を揺らしながら弾んだ声で言う。俺はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、あからさまに不機嫌そうな表情でつぶやいた。
「可愛いとか言うなっての」
「いいじゃん、ほんとのことだもん」
ぷくっと頬を膨らませる愛佳。やっば、なにこの人。ほんとに、すげー可愛い。
「……愛佳の方が可愛いよ」
おそらく赤くなった顔で正直な気持ちを言うと、案の定笑われた。
「裕二無理しないでいいよ~。もう、ほんと可愛い!」
愛佳がそう言って、俺に近づいた。無理なんかしてない。その言葉が口から出てこなかった。
俺の頬に、彼女の長いふわふわの髪が当たって。香水かなにか、甘い香りがして。耳元で、声がした。
「ほんと、裕二は可愛いね」
……俺、今、どうなってる?
頭が混乱して、よく分からなくなる。とりあえず、上半身にあたたかみを感じていて、愛佳の顔は見えなくて、でも近くて、触れ合ってる。
ああ……そうか、俺、抱きしめられてるんだ。愛佳に。
……って、いやいやいやいや、ないないないない。なに? どうなってる? なんで?
「ちょ、ちょちょ、愛佳、愛佳? え、え、なんで今、俺愛佳に抱きしめられてんの?」
「え、私が抱きしめたかったから」
あからさまに動揺する俺に、愛佳は冷静に対応してきた。
多分今愛佳、何言ってんの当たり前でしょみたいな顔してる気がする。抱きしめられてて表情見えないけど。
「いやだからそれをなんでやってるのかってのを聞いてるんだけど」
「……裕二が可愛いから?」
「意味が分からん」
本当に意味が分からない。どういうこと? 可愛かったら抱きしめられんの?
……いやいや、そんなことないよな。うん。おかしい。愛佳がおかしい。絶対そうだ。可愛いからって、なんで俺が愛佳に抱きしめられないといけないんだ。……うん。
「だめ?」
愛佳は少し体を俺から離して問う。ちょっとかがんで上目づかいなのが死ぬほど可愛い。あと俺の首に腕回してるのが微妙に恥ずかしい。なにこのアングル。クラスメートに見られたら死ぬ。
つーかだめ? ってなんだよ……。愛佳、わざとやってるんじゃないかってくらい可愛いんだけど。
「……や、だめ、じゃないけど、でも、道の真ん中はどうかと思う」
そう答えると、愛佳は「確かにそうだねー。ごめんごめん」と屈託のない笑顔で謝ってくるけど絶対反省してない。結構くっついたままだし。腕は離さないし。
でも、愛佳が俺にこんなこと平気でするのも、きっと俺が恋愛対象外だからなんだろうな。恋愛対象として見てくれてたら、羞恥心も何もなく抱きしめてくるはずがない。そう考えると、少し虚しくなった。
……でも、やっぱ抱きしめられるのは嬉しいよな。相手にそんな気がなかったとしても。好き、だから。
「じゃ、早く帰ろ!」
「はいはい」
赤くなった頬を隠して、俺は愛佳の後ろを歩きはじめる。また「はいは一回でしょうが」って怒られるかと思ったけど、部活中じゃないとほんわかする彼女はそんなこと言わなかった。
「裕二、大好き!」
言いながら、またくっついてくる。楽しそうに言っているのがまた、ちょっとつらい。
「……俺も好きだよ」
何も思ってない風に装って、返事をする。愛佳は満足そうに頷いた。
簡単に好きとかそういうこと言えるくらい、俺は愛佳に男として見られてないんだな、と改めて思う。こんなに近くにいるのに、抱きしめてもらえるほど仲がいいのに、俺は愛佳のことが大好きなのに、それでも。
――――愛佳に、そんな気持ちはない。大好きってのもきっと友達としてだろうし、可愛いとは言われるけどかっこいいと言われたことはないし……。
考えるほどつらくなる。俺は、こんなに好きなのに、でも、それでもだめなんだ。愛佳は俺のことを好きじゃない。愛佳にとって、俺は恋愛対象外だから。
「……好きなのに」
「え?」
心の中で思ったつもりが、口に出ていた。愛佳が首を傾げる。俺は慌てて否定した。
「なっ、なんもない!」
「そうー?」
愛佳は疑ってきていたけど、俺が黙っていると諦めたようで黙って歩きはじめる。ちょっと不満そうに見えたのは、俺の気のせいかな……?
「あ、あの……愛佳?」
「なに?」
やばい、怒ってる! 明らかに口調が違う! いつもみたいに穏やかじゃない!
なんか知らないけど、愛佳怒るとすごい棘のある話し方になるから分かりやすいんだよな……。つーか、何に怒ってるんだこの人。いや、それはどうでもいいとして、やっぱ、さっきの不満そうだったのは気のせいじゃなかった!
どうしよう、怒らせた。うわーっどうしよ! ほんとどうしよう!
「な、ちょっとあい――――」
「ごめん先に帰る」
避けられた。伸ばした手は、愛佳に届かなくて。
俺は、走っていく愛佳の背中を立ち尽くしながら見つめていた。頬を伝っていく雫は、雨なんかじゃなくて、涙だった。
帰り道を一人で歩くのは、結構久しぶりだ。いつも隣に、愛佳がいたから。
――――ああ、もう。こんなに大好きなのに、どうして。どうして俺の気持ちは愛佳に届いてくれないんだろう。
好きなのに伝わらない。
読者さんが読み終わった後「うわあああもおおお」と悶えてくれてたら嬉しいです。