第十話 好き。大好き。
最終話です。
次の日の朝。玄関から出て愛佳が出てくるのを待つ。
しばらくして出てきた愛佳が申し訳なさそうな顔をして「ごめん遅れた!」と頭を下げた。
「いーよ別に」
昨日、いろいろあって、ちゃんと一緒に帰れた。でも、いつもより少しだけ離れて歩いた。
今日も同じように、少し距離をおく。無意識に離れる。でも、ちゃんと愛佳は隣にいるから。それだけで良かった。
「ねーねー、昨日なんのテレビ見た?」
「見てない」
「えー、昨日面白いのいっぱいやってたのに」
もったいないなーと言う愛佳。別にもったいなくもなんともないだろ。
愛佳は話し始めると歩くのが遅くなるので、適当に返事をしてすたすた歩いた。
「ちょっと裕二早くない!?」
「愛佳が遅いだけ」
小走りで愛佳が俺のあとをついてくる。振り向かない。だって絶対可愛い。見たらきっともっと好きになっちゃうから。
俺は、友達。そう心に言い聞かせた。
学校に着くと、健太に微笑まれる。気持ち悪かった。
ちなみに、昨日ちゃんと愛佳と話したあと教室に戻って健太に殴ってもらった。汚いものを見るような目をされたけど、何もなかったことにしておこう。
「裕二、付き合えたのか?」
「……いや、友達に戻った」
健太の問いにそう答えると、大きなため息をつかれた。やめろ、こっちの幸せまで逃げそうだ。
「バカだなあお前。じゃ、もう諦めたのか?」
そう言われて、俺は悩む。諦めたわけじゃないような気もするし、でも頭の中ではもう無理だって分かってる。だから諦めてるのかもしれないけど、好きな気持ちは変わってないし……。
俺はまだ、諦めてないのか?
「……諦めては、ない、かもだけど、でももうだめだってのは、頭では分かってる……つもり」
「ふーん」
俺は真面目に答えたのに、健太の返事は適当だった。
彼は俺の机に頬杖をついて、ささやく。
「かわいそうだな、お前」
「……どういう意味?」
「そのままだよ。かわいそうだって言ってんの」
かわいそう? 俺が? ふられたから? あんまり健太の言っていることが分からなかった。
まあ、同情されてもおかしくないのかもしれないけど、でもかわいそうって、はっきり言わないでほしい。憐れまれてるみたいで、なんか嫌だ。
「愛佳先輩も、バカだよなぁー……」
健太はふー、と息を吐いて、小さな声で言った。愛佳がバカ?
首を傾げて健太の方を見ると、意味深に微笑まれた。よく分からないけど、とりあえずなんか怪しい。
「なんだよ健太。お前、なんか隠してるだろ」
「さーなー」
にやにやしてる。絶対何かを隠してる。そうに違いない。
俺はじっと健太を見つめた。教えてほしい、という思いを込めて。
健太も俺を見つめ返す。無言で、ただ相手を見るだけの時間が過ぎていく。そしてやっと、健太が口を開いた。
「絶対言うなって、言われてたんだけどな……」
くすっと笑って、健太は笑顔になった。
「愛佳先輩、バカなんだよ。お前のこと好きなのに、自分といても裕二は幸せになれないからって、気持ち伝えないつもりなんだ」
「……へ?」
驚きすぎて変な声が出てしまった。愛佳が、ほんとは俺のことを好き? なんでそれを、健太が知ってるんだよ。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、健太はため息をつきながら言う。
「愛佳先輩、俺に教えてくれたんだ。本当は好きだって。でも、だめだよね、って言ってた。俺は、それは裕二のためにならないって言ったんだけど、やっぱりまだ踏ん切りつかねえみたい」
そうなんだ。愛佳、そんなこと思ってたんだ。俺のことを傷つけたから、とか、どうせ考えているんだろう。本当にバカだ。そんなの、全然俺は嬉しくない。
今日の部活のあと、ちゃんと話そう。付き合おうって、もう一回言ってみよう。俺はそう決意して、健太と作戦を立て始めた。
部活は、ちゃんと集中できた。この間みたいなことには、もうならない。
愛佳はもう部長のことは吹っ切れたみたいで、普通に話していた。逆に部長が少し動揺しているみたいだったけど。
そんな感じで部活が終わった。着替え終わって、昇降口で愛佳を待つ。しばらくすると、制服姿の愛佳が現れた。
「愛佳!」
「裕二……。どうしたの?」
遠慮がちな笑顔。他人行儀っぽい口調。いろいろ気になってしまう。
「話あるから、二人で帰ろう」
今度は、顔が赤くなったりしなかった。してたかもしれないけど、うつむかなかった。
愛佳は困ったように微笑んで頷いた。
「……それで、話って?」
俺は、健太と立てた作戦通りに話し始めた。
「あ、あのさ。……俺、やっぱり愛佳のこと好き」
「だ、だからそれはもう――――」
俺から距離をとろうとする愛佳の腕を掴んで引き止めた。彼女は目を見開いて俺を凝視している。
抵抗しようとしていたが、俺はそのまま愛佳を抱きしめた。ぎゅっと、強く。
「……ゆ、裕二?」
「俺じゃだめ?」
道のど真ん中。誰かに見られたりなんてしたらマジで死ぬ。そんな中俺は、人生で一番恥ずかしい告白をしていた。と言っても、この間の告白が初めてなんだけど。
「だめ……って、そうじゃない、けどっ」
「好き。……大好き。俺、愛佳のこと大好きだよ」
すると、ずっと抵抗していた愛佳の力が緩んだ。彼女は俺の肩に顔をぐりぐりして、そして小さく、つぶやいた。
「私……私も、大好きなんだよ? 好き。でも、私じゃだめだよ。裕二を傷つけちゃったから」
まだ、そんなこと言ってる。でも、愛佳、俺のこと好きって言ってくれた。男として、俺のことを。
「傷つけてなんかない。俺は、俺は愛佳に、付き合ってもらえない方がつらい。悲しいよ」
抱きしめていた手に力を込める。お願いだから。届け、この気持ち。
愛佳は、戸惑っているようで、固まっていた。そして、俺の腰に腕を回して、頷く。
「……ほんとに、私でいいの?」
不安そうな、震えた声。
「当たり前だろ。俺は、愛佳がいいんだよ」
すると愛佳は「えへへ」と照れ笑いをして、腰に回した手に力を込めた。
「好き。大好き」
「俺も、好き」
ぎゅーっと抱きしめて、そして離れて、二人とも顔が赤くて。「帰ろうか」とぎこちなく歩き始めた。
昨日より、少し近くを歩いて。夕暮れの中、俺たちは手をつないだ。
ずっと好き。大好き。
ありがとう、愛佳。
完結しました!
最後まで読んでくださってありがとうございました。
感想などいただけると嬉しいです。




