プロローグ
少年は力を振り絞り立ち上がる。
――俺はどうして立ち上がろうとしているのだろうか。
手にした剣を今一度強く握り締める。
――俺は誰と戦っているのだろうか。
剣を構え、走り出す。
――何の為に戦っているのだろうか。
「ダメ……行っちゃダメ、ヴァンッ!!」
――誰かが俺の名前を呼んでいるのが聞こえる。
大きく飛び上がり、思い切り剣を振り下ろす。
――しかし、その声が誰かは分からない。
次の瞬間、光が少年を包み込む。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
▶ ▶ ▶
少年――ヴァンは、ベッドから飛び起きる。
「夢……?」
額には、びっしょりと脂汗を掻いていた。
余りに鮮明な夢だった性か、先程までの光景が夢なのか現実なのかいまいち区別がつかないでいた。しかし、視界に映る光景は良く見知った部屋で、そこから見える光景も当然、良く見知ったものだった。
夢と一言で片付けてしまうにはあまりに鮮明であった。しかし、こうしてベッドの上で目覚めた様子からも、夢で間違いないのだろう。
「そうか、夢か。そう……だよな」
そうポツリと呟き、大きく伸びをするとカーテンを開く。指し込む陽射しに一瞬目が眩むが、そのまま気にせず窓も開ける。すると、穏やかな風に乗せられて潮の香りが入って来る。
港町である性か、カモメが雄大に羽ばたく姿が目に入る。この街では、カモメは海と航海を象徴する生き物とされ、水害で亡くなった者の魂が姿を変えたものと言い伝えられていた。
だから、この街では水に纏わる不幸があるとカモメになった――と、そう言った。
すると、鐘の音色が響き渡る。この街では、朝と昼と夕の三度に渡り、王国の鐘が撞かれる。それには、鐘の音と共に起床し、鐘の音と共に休みを取り、鐘の音と共に一日を終えると言う意味があった。
それが、この街の生活だった。
「さて、そろそろ行くか」
そう言い、ヴァンは階段を駆け下りて行く。居間に降りると母ミテラの姿が目に入る。
「なんだい、ヴァン。また、森かい? あんまり遅くなるんじゃないよ」
「分かってるよ。じゃあ、行って来る」
「ちょっと、待ちな。お父さんに、ちゃんと挨拶して行きな」
家からそのまま飛び出て行こうとするヴァンをミテラは止め、体を反転させて戻ってくる。そして、父パドレの映る写真の前に立ち、両手を合わせる。
「行ってきます」
挨拶を手早く済ませると、木刀を片手に、再び慌ただしく家を飛び出て行く。そんなヴァンの後ろ姿に、ミテラは一つ深い溜め息を吐く。
「朝っぱらから、騒々しい奴だね。全く、誰に似たんだか」
そう言い、ミテラもパドレの映る写真を見遣る。
そう、ヴァンの父もまた――カモメになったのだ。