念願のお肉なのに
身体強化の魔法をかけて山を下りれば、めざす町には1時間ほどで到着した。
降りる途中で誰にも会わなかったんだけど、この山には神官以外登っちゃいけないのかな。まあ、誰かに遭遇した時に、怪しく思われないよう減速する必要がなかったのには助かったけど。
ひゃっほ~い。異世界で初めての町に到着しましたよ。
全滅した後に復活する場所をこの町にしますか?とは聞かれなかったけどね!
まあ、RPGじゃないしね!
テンション高く町に足を踏み入れた私は、きょろきょろと辺りを見回す。
ふ~む。神殿の麓だからか、門前町みたいな感じになってるんだね~。お土産物屋さんみたいなのがいっぱいある。モチーフはやっぱりドラゴンだ。当然だよね。でもって黒さん御用達クッキーってうたってある。ほんまかいな。
私は神官さんに両替してもらったお金を握りしめながら、初めてのお買い物をする子供のようにあっちのお店、こっちのお店と覗いていった。
う~ん。やっぱり服はあんまりたいしたのがないなぁ。ちょっと小奇麗なドレスでもあれば良かったんだけど。まあ基本がお土産物屋じゃ、そんなの期待できないか~。残念。
いっそ、黒竜参上!って書いてあるTシャツをお土産で売るといいと思うんだけども。あ、Tシャツってこの世界にはないか。残念。
服がないのは分かったから、念願のお肉に突撃だー!
え~っと。宿屋に食堂があるんだっけ。その辺のお店の人に宿屋の場所を聞いてみる。ふむふむ、この先ね。
教えてもらった方に行くと、小奇麗な宿屋が見えた。入り口が一緒で、右が宿屋で左が食堂になってるみたい。カウンターには人の良さそうなおばさんが座っている。
よーし!お肉に突撃だー!
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「食事だけでも、いい?」
「構わないよ。そっちの空いてるとこに、適当に座っておくれ」
お昼の時間は過ぎたからか、食堂の中にそんなに人はいない。でもチラホラいるってことは、おいしいのかなぁ。期待しよう!
ウェイトレスさんが注文を聞きにくる。赤毛でそばかすの、純朴そうな娘さんだ。
「いらっしゃい。注文は決まってますか?」
「ここのお勧めの肉料理は?」
「豚肉のソテーか、鶏肉のトマト煮かな」
なんですと!
それって究極の2択じゃん!
う~ん。がっつりと豚肉のソテーを食べるか、大好物の鶏肉にするか……それが問題だ。牛肉のステーキがあれば、即決だったんだけど、ここら辺では食べられないのかもしれない。
願わくば、宗教的な問題で牛肉は食べれませんなんて事がありませんように。
この世界も前の世界も、食べ物に関しては前世のものとそう変わらないのが良かった。ニワトリも豚も牛もいるし、野菜もほぼ同じだしね。
「じゃあ豚肉のソテーとパンと。スープは何があるの?」
「ひよこ豆のスープです」
「じゃあそれで」
ひゃっほ~い!久しぶりの人間的なご飯だ~~~!
この際、味はどうでもいいよ。普通のご飯が食べた~い!
わくわくしながら待っていると、湯気の立ったほかほかのスープがやってきた。薄味だけど、おいし~~~。
そしてそしてメインディッシュの豚肉さん!
これもまた、じゅわ~っと肉汁が出て、おいし~~~。
でも、なぜか。
なぜか食べている間に、おいしさが減っていくような気がした。
久しぶりのお肉なのに。
期待以上においしい味付けなのに。
なんでだろう、と悩みながらモグモグする。
パクリ。
うん。おいしい。
でも、何か足りないんだよね。何だろう?
ふと、私の帰りを待ってくれているだろう金色のドラゴンの姿を思い出す。
シア。おいしい?って優しく聞いてくれる声が耳の奥で聞こえる。
ああ、そっか。ルゥがいないからか。
だからこんなに味気ないんだ。
どんなにおいしい食事でも。どんなに豪華な食事でも。きっと一緒に楽しめる相手がいなければ、そのおいしさは半減しちゃうんだね。
でもなー。あの大きな体でここに来るのは無理だしなー。
それに一応神殿で祀られてる存在だし、いきなり町にやってきたらパニックが起こるよね。わーっと囲まれて、鱗とかむしられるかもしれない。鱗をむしられまくってイナバの白うさぎ状態のルゥ。……う~ん。さすがにその事態はご遠慮したい。
やっぱりルゥと町の散策は無理だよねぇ。
そしたらおいしくお肉を食べるためには、あの洞窟にキッチン作ればいいのかなぁ。
キッチンかぁ。
カマドっぽいのを作ればいいのかな。レンガがあればいいんだけど、ここじゃ手に入らないよね。そしたら全部自作かぁ……う~ん。
でもまあ、時間はたっぷりあるし。
ちょっとずつ材料を揃えて自作するのも楽しいかもしれない。
そう、だね。ルゥと一緒に一から作っていくっていうのも楽しいよね。
とりあえずこのお肉食べたら、黒さんとルゥに甘い物でも買っていこう。そして帰ろう。私たちの家へ。
そう思って急いで残りのご飯を食べていると、「いらっしゃい」という声と共にざわりと空気が変わった。
誰か来たのだろうかと顔を上げると、そこに信じられないものを見た。
背中でゆるくまとめた金色の髪、服の上からでも分かる鍛えられた体。垣間見ただけで目を奪われるほどの完璧な美貌を持つ青年。そして印象的な金の瞳。忘れようのないその姿は―――
グリード・リュアン・ラディス。
かつての、私の婚約者だった。