黒さんとも一緒
100回殺された私は、どうしても人間を信じる事ができなくなってしまっていた。それは例えば、100回のうち99回は私を助けてくれた人でも、そのうちの1回は私を裏切って死への運命に導いたからだ。
親友だと思っていた彼女も。
スラムで拾った孤児も。
幼い頃から守ってくれていた護衛騎士も。
大好きだった乳母も。
両親も兄も弟も。
100回繰り返す間に、何があっても私を助けてくれるなんて奇特な人はいなかった。
もちろん守ろうとしてくれたこともある。でも、どうしても―――
どうしても、裏切られた時の記憶が消えない。
だからあの世界では、私は誰も信じる事ができなかった。常に死の影に怯えていた。
でもこの世界なら。
優しいドラゴンのいるこの世界なら、もしかして人間も優しいのかもしれない。
もしかしたら、そんな風に期待しても無駄な事なのかもしれない。
でも、信じてみたっていいじゃないか。
元々私はこの世界の人を知らない。信じてもいない。
だから。
裏切られても失うものなんてない。
だったらドラゴンなら信じられるのかって聞かれたら、それも断言はできないんだけど。
それでも信じたい。
もしルゥに裏切られたら……
その時は、どうせ心も壊れてしまうと思うから。
だから―――
「お、あそこに降りるぞー」
黒さんの鼻先の向こうを見ると、山の上になんだか立派な建物があるのが見えた。
あれって……なんだかパルテノン神殿とかに似てない?
黒さんはその建物の正面にバザバサと風を巻き起こしながら降り立った。
ほんっと、着地が下手なんだから。
見てよ、このルゥの華麗な着地。10点満点って感じでしょ?
黒と金のドラゴンが降り立つと、神殿からわらわらと人が出てきた。全員男の人で、ローマ時代のトーガみたいなのを着ている。前いた世界でも神殿はあったけど、唯一神だったからイメージとしてはキリスト教に近い感じだったかな。服もあんな感じだった。
こっちは神様もローマっぽいのかな。主神がいて、海神とか太陽神がいて。
ローマっぽい感じだとするとドラゴンが神様だったりして~。
って、よく見たら入口に大きなドラゴンの像があった。おおう。ドラゴンって神様扱いじゃん。
「これはこれは黒竜様。お久しぶりでございます」
「おお、クラウス久しぶりだなー。ちょっと見ない間にしなびたなー」
「ははは。30年ぶりでございますからねぇ」
ニコニコしている一番偉そうな人は、気のいいお爺さんって感じだ。それにしてもドラゴンの「ちょっと」って30年なのかぁ。ドラゴンと言えば長寿の代名詞だけど、ケタが違うね。
「それよりも、今日は黄金竜様とご一緒なのですか?もしや黒竜様の番の方ですか?」
「金のは雄だから番じゃないなー。その背中に乗ってる雛は雌だけど」
「では、そちらの雛さまが番でいらっしゃる?」
「雛は番になれないぞー。羽化しないとなー」
なんですと。それは羽化したら竜になれるって事?!
「ルゥ、ルゥ。私って羽化したら竜になれるの?」
こそこそっと背伸びして、ルゥの顔に近づいてから聞いてみる。
「雛ですからね、なれますよ」
そーするとルゥがその首を回して、同じく小さな声で答えてくれた。
一見獰猛なドラゴンの顔が私の目の前にくる。ギザギザの歯も見えるけど、その歯が何かをかみ砕くことはない。
「ど、どーやって羽化するの?!」
「さぁ。どうするんでしょうね?」
「え、知らないの?」
「はい」
「じゃあ今までの雛はどうやって羽化したの?」
「シアが初めての雛ですから、前例はないんですよね」
「は……?そうなの?」
「そうなんです」
「それでどうして私が雛だって分かったの?」
「雛ですから」
うん。この件でドラゴンと意思疎通をしようと思ってもダメだ。
きっとあれだよ。本能で雛だって認識してるんだね。やっぱりドラゴンって動物に近いのかもね。
そして黒さんも神官のクラウスさんと親睦を深めていたみたいで、ここ最近の出来事なんかを話している。
といっても遊んで暮らしているドラゴンにとって、目新しい出来事なんてほとんどないんだけどね。
だからもっぱら話題は私の事だ。自分で言うのは何だけど、ここ最近平穏だったドラゴン界の、唯一のビッグニュースだからね。
「あいにく神殿では殺傷を禁じておりますので肉のご用意はできませんが、甘い物ならすぐに持ってこさせましょう。誰か、竜様方に甘い物をお持ちしてください」
「あ、俺はあの丸いやつが食いたい」
「もちろん黒竜様の為にいつでもご用意しておりますよ」
ひゃっほ~い!
甘味だ甘味だ。何を持ってきてくれるのかな~。楽しみだ~。
私はいそいそとルゥの背中から降りて、やってくる甘味ちゃんに思いを馳せていた。
甘い物も1年ぶりだなぁ。あ、想像したらヨダレ出そう。
「ルゥも甘い物食べてみる?」
「そうですね、シアが食べさせてくれますか?」
「もちろん!」
ドラゴンにあ~んしてあげるのって、ファンタジーだぁ。ちょっとワクワクしちゃうね。
「あ、私の手は噛まないでね」
「私がシアを噛むわけないじゃないですか」
ちょっとムッとしたルゥの声にくすくすと笑う。
私が冗談で言ったんだって事が分かったルゥもくすくすと笑って、ペロリと私の頬を舐めた。
「舐めるのはいつもしてますけどね」
「だね」
そうして笑いあうのを、ニコニコと神殿の人たちが見守っていた。