運命との対峙
大変長らくお待たせいたしました。
あと数話で終わります。
その日は突然やってきた。
黒さんの赤ちゃんが生まれたら、出産祝いは何にしようか、なんてルゥと一緒に悩んでいたその時。
世界が震えた。
ビリビリと肌に突き刺さるような得体の知れない圧力がかかる。大地が震え、空が揺れる。
ルゥと一緒に洞窟の外を見てみると、少し離れた所に大きな黒い渦ができていた。まるで小さな竜巻のようなそれは、移動する事なくその場所で渦巻いている。
一目で何か良くないことが起こっているんだって分かった。
「ちょっと見てくるから、シアはここにいて?絶対に一人で動いちゃダメですよ」
「わ……分かったわ。ルゥも、気をつけてね」
「様子を見るだけだから大丈夫。じゃあ行ってきますね」
ドラゴンの姿だったルゥはそのまま翼を広げて黒い渦に向かって飛んで行った。遠ざかる金色のドラゴンの姿に、私は何とも言えない不安を感じる。
大丈夫。ドラゴンは強いもの。
だからルゥは大丈夫。
だけど様子を見てくるだけだと言ったルゥはなかなか戻ってこなかった。不安で不安で、洞窟から外を確かめるけれど、金色のドラゴンが戻ってくる気配はない。
ルゥ、ルゥ、ルゥ。
早く戻って来て。一人は辛いわ。
黒い渦はどんどん広がっていく。そこから金の光が現れてこちらに向かってくるのが見えた。
きっとルゥだ。早く帰ってきて。一人は怖い。
金色のドラゴンが翼を広げて私のところへと戻ってくる。出迎える為に、洞窟から一歩踏み出した。そこには人化したルゥの姿があって、ホッと息をつく。
「ルゥ、良かっ――」
「アデラ、探したよ」
アデラ……。
それはとっくに捨てた名前。
その名前で呼ぶルゥと同じ姿の人は。
「グリード殿下、なぜ、ここに……」
こんな所まで追いかけきて、また私を殺すの?
それほどまでに私が憎いの?
なぜ……。
そこまで私は憎まれるようなことはしていないはずなのに、なぜ……。
そしてまた私は、同じ生と死を繰り返すの?
もう嫌!
そんなの嫌!
お願い、もう終わらせて!
ゆっくりと近寄って来るグリードの表情は陰になって見えない。
一歩近づかれて、一歩後ずさる。
背中にトンと壁が当たって、もう後ろに下がれなくなる。
そしてついに、グリードが目の前に立った。
「ひっ」
両手で悲鳴を上げそうな口を押える。
「君がいなくなってしまってから、ずいぶん探したよ。まさか界を越えていたとは思わなかった。さあ、帰ろう?」
今世でのグリードとの接触はほぼなかったはず。
なのに、なぜこんなに親し気に話しかけてくるんだろう。
まるで、一番最初の時のような……。
差し伸べた手を取らない私を、グリードは不思議そうに見つめる。
そして、「ああ」と呟いた。
「大丈夫。全て思い出したから、もう愛する君を殺したりしない」
「一体、何を言って――」
「だって君は私の、運命の人だからね」
「運命……?」
分からない。
……分からない。
この人は突然、何を言い出すの?
「それなのに、ガウェン神父が運命をねじ曲げてあの女に繋いでしまった。おかげで私は何度も君を殺さなくてはならなくなったけれど、君が界を越えたおかげで呪いも解けた。もう何の心配もいらないよ」
「運命をねじ曲げたというのは、一体……」
「あれも王族の一人だからね。幼かった私に偽りの記憶を植えつけたのだ。だから私は運命の人があの女だと誤解してしまった」
ガウェン神父は確か前国王の弟君であったはず。庶子であったことから、生まれて直ぐに神殿へ預けられたと聞いたことがある。
その人がなぜそのようなことを……。
「王家とジェンセン公爵家が結ばれれば、我が国はさらに栄えるだろう。だがガウェン神父の作りたい神の国に王家の力は不要だ。王家とジェンセン公爵家の対立を煽り、なおかつ私が王太子の責を忘れ、恋にうつつを抜かす暗愚であるという評判を立てようとしたのだろう」
優しい声が聞こえる。
でもこんな声は聞いたことがない。
こんなグリードは見たことがない。
100回目までの私だったら嬉しかったんだろうけど、101回目の私は、ただひたすらにその声が怖い。
「そこでたまたま私が君に会ったのと同じ日に登城していたフローラ・ダルマンが、運命の相手なのだと偽りの記憶を植え付けたのだ。あのように品位の欠片もない相手に愛を囁いていたのかと思うと、我ながら悍ましい。君にも誤解させてしまって済まなかった」
謝意の感じられない言葉に、心が凍りつく。
そしてまだ、凍りつくだけの心が残っていたのかと自嘲する。
「……済まなかったと……。ただ、その一言で終わりですの……?」
「今までは、君がこの世からいなくなってからでないと呪いが解けなかった。だから私は王家の秘術である時戻しの魔法で時を戻しやり直したのだ。だがこうして呪いが解け、我々の長かった苦難の時も終わる。さあアデラ。元の世界へ帰ろう」
「あなたが……。あなたが、時を戻したの……?」
問いかける間にも、グリードは一歩前に踏み出す。
目の前に、何度も私を殺した男が立っていた。




