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それは悪夢の続きのようで

「なぜ……ここへ……」


 全身から血の気が引いたのが自分でも分かる。唇が震えてはっきり喋れない。こういう時、物語のヒロインなら気絶しちゃうんだろうなと、どこかで冷静になりながら、やっとの思いで言葉をつづる。


「そんなに驚きましたか?」


 驚くに決まってる。

 だってあなたは、こんな所にくるはずがない。いるはずがない。

 それとも、界を超えて、私を殺しに来たんだと言うの……?

 そこまで私が憎いの?異世界まで追いかけて殺したいと思うほど。


 だったら殺せばいいのに。巻き戻りさえも起こらないほど、この魂を粉々に砕いて。


 もう辛いの。死を繰り返すのは嫌なの。

 どうして私だけ繰り返すの?どうして終われないの?


 もう繰り返さずに終われるなら、悪魔に魂を売り飛ばしったっていい。


 ああ、お願い。誰かもう終わりにして。


 そう叫びたくなる私の前で彼はにっこりと笑った。今まで一度も見た事のないほどの、無邪気な笑顔。

 そしてこんな顔もできるのかと、ポカンと見つめる私の元まで歩いてくる。


「ふふっ。私も驚きました。でもこれでシアと一緒ですよね」


 シア……?グリードからそんな風に呼ばれた事なんて一度もない。私をその名前で呼ぶのは、あの金色のドラゴンだけ……


 だとしたら、目の前の人は……

 本当に?


「も……もしかしてルゥ?でも、なんでその姿に……?」


 信じられない思いに声がかすれる。目の前に立つ人は、どこからどう見てもグリードそのものだ。だけど、その表情が違う。まなざしが違う。グリードはこんなに優しい目で私を見た事などない。


 なら……本当にルゥ?


「シアがいなくなって、とてもとても悲しくて。私も人間だったら一緒に町に来れたのに、と思ったら、なんか人間になっちゃいました」


 てへ、と音声がつきそうな笑顔を浮かべる。


 ああ、うん。これグリードじゃないわ。あいつはこんな、へにゃっとした緩い顔なんてしなかった。もっとこう、笑顔なんだけど目の奥が笑ってないっていう作った顔しか見たことない。


 そっか。造作は一緒でも、表情だけでこんなに雰囲気が変わるんだ。もしかしてフローラには、こんな顔見せてたのかな……なんて、ね。


 忘れたはずの思いが、少しだけ甦る。そんなの、考えたって仕方ないのに。でも考えちゃうのも無理ないよね。グリードと同じ顔が目の前にあるんだから。


 そんな私の気持ちには気づかないルゥは、にこにこと笑顔を浮かべながら私の言葉を待っている。私はツキンと痛む心に蓋をして、なんとか微笑みを返した。


 顔がこわばってないといいんだけど。


「びっくりした。でも、来てくれて嬉しい」


 そう言うと、花が咲いたような笑顔を浮かべた。その笑顔を見た周囲から、感嘆のため息がもれる。

 確かにそうなっちゃうのも無理はないけど。

 私の心臓もさっきとは別の意味でトクンと跳ねた。


「シア、シア。私はあなたとずっと一緒がいいです」


 むぎゅーっと抱き着かれる。人間の姿でも、こんなとこは変わらないんだなぁ。

 体が密着した事で、ルゥからかすかに花の匂いが香った。いつも花冠を作って遊んでいる、あの花園に咲いている花の香りだ。

 ルゥの、香り。

 すぅっとそれを嗅ぐと、少し私の気持ちも落ち着いた。

 これはルゥ。これはルゥ。あの男とは、全然違うもの。


 もう一度、深呼吸する。

 うん。多分、大丈夫。

 大丈夫。もう過去の事なんて思い出さない。


「私もそうだけど……ちょっと離れて……」

「嫌です」

「や。でも、ずっとこうしてると、私、ご飯食べれないし」

「ああああっ。それは気がつきませんでした!?すみません」


 凄い勢いで私から離れたルゥは、形の良い眉をへにょんと下げる。これきっと、ドラゴンの姿のままだったら、しっぽもへにょんと下がっていた事だろう。


「いいけど……そこに立ってても邪魔になるから、隣に座ったら?」


 隣の席を手でポンポンと叩いて示すと、ルゥはどうしようかと考えているようだった。


「どしたの?座らないの?」

「いえ、あの……シアのような態勢になるには、どうしたらいいんでしょうか?」


 あ、そっか。ドラゴンには椅子なんて必要ないから、座ったこともないんだ。

 私は苦笑しながら、一度立って座ってみせた。ルゥもこわごわと椅子に座る。そして物珍しそうに、キョロキョロと辺りを見回した。


 それを合図に、固まっていた周囲が動き出す。真っ先に動いたのは、そばかすの浮いた頬を髪の毛の色よりも赤く染めたウェイトレスさんだ。


「あのっ。神官様がこちらまで降りていらっしゃるのは珍しいですね。今日はどんな御用でいらしたんですか?」


 神官? 

 ウェイトレスの言葉に首を傾げる。だけどもルゥの姿を見て納得する。

 顔ばかり見ていたから気がつかなかったけれど、確かにルゥはあの古代ローマっぽい神官の服を着ていた。なるほど、だから神官だと思ったのね。

 これが本当は神とも崇められているドラゴンなんだと教えたら、この純朴そうな少女は腰を抜かして驚くんだろうか。畏れ多いと平伏するんだろうか。


 そんな悪戯心がわいたけれど、何を言われたか分かっていないルゥが変な事を言いださない内にと、慌てて口をはさんだ。

 またこの町に来ることがあるかもしれないしね。下手に騒動の元にはなりたくないもんね。


「あ、えーと。せっかくだから、ルゥも何か食べる?肉はともかく、この豆のスープなんておいしいと思うよ?」

「シアのお勧めなら、ぜひそれを頂きます」

「じゃあこのスープをもう一皿お願いね?」


 オーダーしたからには、厨房に注文を伝えに行かなくてはならない。ここから離れずにまだルゥの側にいたいっていうウェイトレスさんの視線は、さらっと無視させてもらった。

 ウェイトレスがいなくなれば、他の客の視線はまだ感じるものの、ゆっくりルゥと話ができる。私はもう一度じっくりとルゥの顔を見る。本当に、どこからどう見てもあの男と瓜二つだ。


「黒さんはどうしたの?」

「私がこの姿になったら、自分もなるんだって言って、今がんばっているところです。もしかしたら後で追いかけてくるかもしれません」


 あ~。なるほど。それは想像できるかも。こんな楽しい事をルゥだけが経験するなんてずるいとか思ってそうだ。


「その……なんでその姿に?」

「シアと同じ姿になって町に来たいと思ったら、急に体の中から力がわいてきて、気がついたらこうなってました。……この姿は気に入りませんか?」

「そんな事は……ないけど……」

「もしこの姿が気に入らないなら、多分、犬くらいならなれると思うのでやってみましょうか?」


 え……?ドラゴンが犬になるの?


「町の中には人か犬か猫くらいしかいないですし。あ、馬でもいいですけど」

「馬はやめてっ」


 ルゥが馬とか、想像もしたくないからやめて~。ドラゴンなんだから~。

 犬とか猫も……犬は、まあ犬っぽい性格だから、似あうかもしれないなぁ。犬種で言えば、ゴールデンレトリバーかな。あのふっさふっさの毛並みは似合いそう。

 いやでも、ドラゴンが犬っていうのは、ないわ……だったらあの憎いグリードの姿の方がいいよ……


 うん。そこら辺は、私の美意識の為に割り切ろう。


「その姿でいいと思う。並んで一緒に歩けるしね」


 にっこり笑って言うと、ルゥは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

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