‐前編‐ 願い
「此処は…?」
気が付いたらそこは、何も無い、ただ、黒く染まっただけの空間だった。
『…今日は。』
突然何処からか声が聞こえて来た。
「誰なの?」
そう、小さな声で言ったのに、私の声は真っ黒な空間の端から端まで響いた。
『私は名も無き存在。ようこそ、1228番目の迷い子。』
頭に響く低い声と共に、レースの付いた黒いドレスを着た銀髪の女性が黒の中から現れた。
「―貴方は…?」目をぱちくりさせながら問いた。
『…此処に訪れた迷い子に救いの手を差し伸べる』
銀髪の女性は一瞬、私を見つめて。
『―時使い、よ。』
「ときつかい?」
私は頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
『そう、時使い。貴方が戻して欲しい時間に戻してあげる。』
言われて私はうーん、と唸った。
戻りたい時間に戻れる。
それは、何時だっけ。
―私が、戻りたい時間は。
ふと、ある人の顔が頭に浮かんだ。
私の、大切な人。
「由樹ーっ!」
少し遠くに居る男の子に声をかけた。
「絢。良かった、来てくれて」
傍に駆け寄ると、由樹はホッとした様に微笑んだ。
「だってせっかく由樹が呼んでくれたんだもん。…で、話しって何?」
聞くと由樹は申し訳なさそうな表情をした。
「由樹?」
「……驚かないで、聞いてくれる?」
そう言う由樹の顔が暗かった。
「? …うん」
「実は…」
「…―え?」
由樹が言葉を発したその時、大きな風が吹いた。
「…っごめん」
由樹は踵を返し、走り去って行った。
「…嘘……」
取り残された私の瞳から、雫が垂れた。
「うわぁぁぁんッ」
私は泣くしかなかった。泣く事しか出来なかった。
あの言葉を聴いたから。
風が吹く中、あの言葉を聞き咎めてしまったから。
『―由詠が死んだ』