テスト1日前。回りくどい“頑張れ”の話
テスト前期間中はかなりの争奪戦となる図書館の勉強机。
テスト前日ともなれば争いはここ一番の苛烈さを増す。
その内の一つを無事に確保出来た事に大地は安堵の息をついた。
否、勉強場所を確保した事が重要なのではなくここからの勉強内容の方が重要なのは分かっているのだが。
もう既に一頑張りした気分になってしまっても仕方が無いだろう。
一夜漬け派では無いから焦って勉強しなくては、と言う事は無いが気持ちの問題だった。
「三日月先輩、前の席良いか?」
「藤也くん。勿論どうぞ。」
声を掛けてきたのは大地の後輩である小鳥遊藤也。
容姿端麗、頭脳明晰。家柄も良いとくれば大地とはどう頑張っても別次元の人間だし、お近づきなどなれない人間である。
だがしかし、この後輩は気の強い性格をしている事もあり付き合う人を選ぶ。
同じく気の強い性格の人と会うと如何せんすぐ口喧嘩になる。
よって大地の様な気弱な性質の人間の方が会話が続き、付き合いやすいと言った所か。
「しかし珍しいな、三日月先輩が図書館に居るのは。」
「あはは~。今日は運よく席が確保できたからね。いつもは負けちゃうから・・・。」
「貴方はすぐ諦めすぎなのだ。もっとグイグイ行かないといかんぞ。」
自信が無く情けない自覚がある大地には、自信に満ち溢れ堂々とした藤也が眩しい。
年下に憧れや尊敬に近い感情を抱いてしまっているのは恥ずかしいからここだけの話だ。
「そもそも、貴方は焦って勉強をするほど追い詰められてもいないだろう。
きちんと前々から勉学を積み重ねている人だ。」
「そんな・・・ボクなんかには過大評価だよ。」
とてもとても恥ずかしい。評価される事は嬉しいが、そんな風に言ってもらえる人間で無いと言う事は大地が一番自覚している。
しかし、この後輩は実に真っ直ぐな瞳をしてこちらを射抜いてくるのだ。
「いいか三日月先輩、明日は解答欄をずらして書かないように気を付けろ。」
「うっ・・・」
「後は消しゴムは多めに三つ持って行け、そしてシャーペンの芯は丸ごと準備しておけ。」
「はい。」
「後は深呼吸は大切だ。貴方は十分な準備もしてきたし、実力もあるのだから落ち着いて挑めば結果は自ずと付いてくる。」
「・・・。」
あぁ、なんて居た堪れないのだろうと大地は思う。
どんなに準備していても本番に弱いタイプと言う事はとうの昔に看破されている。
からかっている訳ではい。酷く真剣に、心から大地を思っての言葉だと分かっている。
だからこそ痛い。
「・・・そう言えば今日は美鶴さんとは一緒じゃないの?」
「いや、確かにいつも付きまとわれてはいるが、いつでも一緒な訳では無い。あれは煩くて敵わんからな。」
あからさまに目を背ける藤也。狡くて卑怯な大地は逃げる事しか出来ない。
だって気付いてしまったから。勉強道具も何も持たずここに現れたこの優しい後輩の意図が。
「藤くん、藤く~~ん!!」
「あぁ、噂をすれば煩いのが来てしまったな。すまない・・・」
「・・・ううん、大丈夫だよ。」
「藤くんこんな所に居たんですか?もう探しちゃいましたよ~。」
「はぁ・・・先輩、お騒がせしました。俺はもう行く。」
「あっ大地先輩、勉強お疲れ様です!
って、藤くん置いていかないでくださいよ。では大地先輩また今度!」
噂をすれば影なんて言葉はあるが何というタイミングだろう。
図っていたのか、と言われれば肯定したくなる程の間の良さだった。
立ち去る二人の背を見て思う。
分かっている、彼は勉強しに来たわけではい。ただ、回りくどいが〝頑張れ”と言いたかっただけに藤也はこの場所に来たのだ。
敵わない。本当に出来た人間である。
明日のテストは自分に負けずに頑張るしかなくなったと、大地は心に思ったのだった。
テスト1日前のお話