テスト5日前。ちょっと早いご褒美にでもどうぞ。
「秋月」
凛とした声に呼び止められた。
振り返るとそこには艶やかな黒髪を靡かせた女性が一人。
友人と気軽に呼べる位置に居るのかは分からないが彼女、仁ケ竹蒔乃葉は彼のクラスメイトだ。
「何か用かい?仁ケ竹さん。」
然程接点がある訳でもない彼女に呼び止められる理由が皆目検討が付かなかった。
翔は内心首を傾げる。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか、彼女は面白そうに笑った。
「否、用といった用は無いんだがテスト勉強は捗っているのかと思ってな。」
「一応受験生だしね、それなりには勉強しているつもりだよ。」
「流石優等生、それは何よりだな。だが、少しつまらん。」
彼女は少しもつまらなそうな顔をせず真逆の事を口にした。
最高学年である彼らはこの一年で卒業する。
そんな大事な時期に勉強をしていない生徒は居ないだろう。
しかも稀な事にこの六年生には際立った問題児はおらず、基本的に優秀だ。
「そう言う仁ケ竹さんはテスト勉強順調?」
「ああ、僕の方も頗る順調さ。」
「それは良かったです。お互い頑張りましょうね。」
「勿論だ。」
翔と蒔乃葉の順位は似たり寄ったりだ。
必然的に今回のテストでもライバルとなるのだろう。
だけれど、懸念するまでも無く二人の間にはほのぼのとした空気が漂っていた。
彼女は流石お姉様と呼ばれているだけあって大人びていたし、彼も常日頃大人っぽいと言われているだけあって落ち着いていた。
「あっ、そうだこれ。良かったら貰ってください。」
そう言えば、と思い出して翔は鞄の中からフィナンシェを取り出す。
「貰い物で申し訳無いんだけどね、テスト勉強のご褒美にでもどうぞ。」
「ふむ、良いのか?」
「えぇ。是非に。」
女性にはお菓子好きが多いが彼女も例に漏れず好きなのだろう。
フィナンシェを受け取りながら嬉しそうにふわりと笑った。
「折角だからこれを気に恩を売っておこうと思ったのだけどな・・・。」
「ん、何か言ったかい?」
彼女の呟きは小さすぎて聞き取れなかった。
「いいや、何でも無いさ。これは有り難く戴いていく。
そして恩も一つ、な。」
そう言って歩き出す彼女が“人助け”を生き甲斐にしているのを知るのはもっとずっと後の話だった。
そして、翔が甘い物が大の苦手で押し付けただけなのだと彼女が知るのもまたずっと後の話だった。
テスト5日前のお話