君と暗がり
アザレア劇団には裏口がある。団員たちもほとんど知らない出入口であるが、テティスは偶然その扉の存在を知っていた。それは劇団内の小さな舞台に通じる扉で、誰もいないときはそれを利用して出入りをしているのだ。鍵もなく、よく劇団に来ては一人舞台で練習をしていくテティスにとって絶好の秘密通路だったのだ。
「よくこんなところ知ってるね…」
「グラントが教えてくれた」
「またグラント!?変なことばっかり知ってるんだから…!」
人一人がようやく入るほどの隙間を二人で馬鹿を言いながら突き進んでいく。シーヴァは、まるで子どもの探検みたいだと苦笑した。小さい頃どれだけ望んでも叶わなかったこと。体が弱くて外では遊べなかったから、こんな風にドキドキする道を歩いたこともない。どこに続くのかは分かっているけれど、それでもどこに続くのか分からない道を歩いているようで、シーヴァは心中雀躍していた。
「…誰かいる、気がする」
それを止めたのは、前を歩くテティスが発した言葉だった。確かに意識を向けると、何かを言い合うような数人の声が聞こえてくる。今日集まりが無いのは確認済みだ。だとしたら、一体誰が?
シーヴァとテティスは、互いに顔を見合わせる。視線が離れたのと、テティスが扉に手をかけたのはほぼ同時であった。カチャリという扉の開く音は、喧騒にまみれた劇団内には響かない。半開きの扉の隙間から覗いたのは、いつも通り中央に佇む小さな舞台と、
「…え?」
見る陰もないほどに破壊し尽くされた道具の数々であった。
テントのあちらこちらに、黒い面で顔を隠した男たちが見える。それを止めているのは、アザレア劇団の面々だ。
「やめろ!」
「うわっ、テティス!?」
一目散に舞台に駆け上がったテティスに付くようにして、シーヴァも走る。劇団内の全ての目が、テティスの方へ集められる。その中には一際驚いた顔をしているアリッサの姿もあった。
「お前ら…何してるんだよ!俺たちの劇団を…」
「シーヴァ!早くそのバカ連れて逃げなさい!」
誰よりも反応が速かったのもまた彼女であった。
その鬼気迫る表情に、背筋が凍るような悪寒を感じたシーヴァは、自分でも驚くようなスピードでテティスの手を引いて今来た扉に手を掛ける。それに遅れて反応したのが、黒仮面を着けた連中であった。一斉にテティスとシーヴァを追いかける。まるで、意思を持たない人形が操られているように迷いのない動きだ。
「街に行って!“あいつ”に助けてもらうのよ!」
「…!でもアリッサは!?劇団は…!」
「こっちは心配しないで!あんたはテティスを守るのよ!」
迷っていてはダメだ。きっと大事なものを両方うしなってしまう。分からないことが多すぎる中、敢えて後ろは振り向かなかった。アリッサが大丈夫と言えば、大丈夫。そう信じて元来た道を引き返す。
何処に続いているか分かっているのに、それはとても不安になる道だった。




