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君とサンドイッチ

甘い匂いのトマトソースを昨日のスープスパの残りにかけて、チーズを乗せてオーブンで焼く。その匂いに釣られて寝癖をそのままに寝室から出てきたシーヴァと並んで朝食を食べて、話しながら仕度をした。シーヴァはまだ眠たそうにしていたが、元々しゃべり好きな質だから会話しているうちに目が覚めてきたようだった。


「今日どうしようか、練習もないし」

「俺は劇団行こうと思ってた。どうせすることないし」

「言うと思った。昼食を作っていこう、サンドイッチ」

「ジャムがいい、昨日の」

「ああ、母さんが置いていってくれたやつ?」

「ん、マーマレード」


シーヴァは戸棚の奥から色とりどりのジャムの入った小瓶を数種取り出して、固くなってしまっている蓋を外した。

イチゴ、ブルーベリー、オレンジにクルミ。甘い匂いが目には見えないしゃぼん玉のように空気中を漂っている。


「あとは…ベーコンを焼こう。レタスもあるから」

「じゃあ俺がする」


ジャムを塗るシーヴァの隣で、テティスは厚切りのベーコンに火を通す。ジュー、と脂が跳ねる音を聞きながらシーヴァは思案した。お伽噺になった勇者さまたちにも、こんな風に友と語り明かして迎える朝があったのだろうか。何気ない幸せと将来に夢を見ながら、いつか来る日を思い描いていたのだろうか。

そうだとすると、だ。自分の隣に立つ彼も、いつの日にか英雄として語られる日がくるのではないかと思うのだ。確かにテティスは優秀な役者だ。しかしそれだけでは足りない魅力がある。それは彼の瞳に飼われた星の輝きであり、彼自身の持つ色だ。

シーヴァは確信している。テティスは絶対に一介の役者として終わる器ではないと。もちろんシーヴァの望みは、テティスがいつまでもアザレア劇団の役者であり続けて、たくさんの人に勇者様の素晴らしさを伝えていくことだ。彼の演技には彼にしか出せない味がある。しかしだからこそ、テティスがそれだけで終わるわけがないのだと思わせられてしまうのだ。

彼のそれは英雄のそれと似ている。同じ性質のモノを身に纏っているのだ。だとしたら、いつか彼の物語も語られることだろう。そのとき、自分が彼の物語で語られることはないだろう。今朝のこの二人だけの非日常のような日常も、自分たち二人の秘密なのだ。そう思うと胸をじわじわと濡らしていくような悦びがある。まだ誰も知らなくていい、幼い支配欲を育む朝。


「ねえテティス、ちょっと気持ち悪いこと言ってもいい?」

「なんだよ」

「僕、テティスのこと大好き」

「おう…それはまあ、確かに…」


テティスが困ったような顔をしてから、笑う。冗談だと分かっている、そんな表情。そんなことも気軽に言い合える仲でありたい。そう願っていられるのは何時までだろうか。


「俺に好きって言う前に本当に好きなやつに言えよ」

「え?」

「…アリッサ」

「え!?知ってるの…何で!?」

「バレバレ。グラントとよくその話してる。早く言えばいいのになって」


シーヴァが落としかけたジャムスプーンをなんとか空中でキャッチして、渡してやる。スプーンに付いたイチゴジャムみたいに真っ赤なシーヴァは、両手で顔を隠して照れているようだった。


「そこまで照れなくてもいいだろ」

「だって…だって!!どうしてバレてるのさ!」

「お前分かりやすすぎるんだもん」

「アリッサも知ってるの!?」

「さすがにバラすようなことはしてないよ。気付いてはないんじゃないか?」

「よ、よかった…」


あからさまにほっとしたように胸を撫で下ろしたシーヴァを、テティスは不思議な感情で眺める。


「知っておいてくれてた方が良くないのか?」

「だって好きって感情は自分で伝えなきゃダメだよ」

「ふうん、そんなもんなのか」

「そう、そんなもんなの」


楽しそうな笑みを浮かべるシーヴァが「できた」と小さな声で手を止めた。それを合図にしてテティスもこんがり焼け色のついたベーコンとレタスをパンに挟む。ココナッツジュースの残りを小さめのボトルに入れ換えて、二人はアザレア劇団への道を並んで歩くのであった。

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