第三話 逃走
「キャーーッ!!」
「うわぁーーー!!」
前方から叫び声が響く。
「な、何だよ。どうしたんだ?」
何かが起こったのだろうが、後方にいる蓮達には人垣の所為でよく見えない。しかし、騒ぎは段々と大きくなり、誰かが叫んだ。
「ば、化け物だ!皆早く逃げろ!!」
「わぁーーー!!!」
その声で全員が逃げようと出口へ集まり、騒ぎは混乱の渦に変わる。
「おわ!?」
「っ!」
「きゃっ!?」
人の流れに巻き込まれ、三人は押し流され、別れてしまう。
「恭介!葵!」
「大丈夫だ!ここにいる!」
「私も!」
それでも何とか流れから抜け出し、掛け合うとお互いの無事を確認する。
「さて、どうす───」
「な、何だよあれ……」
恭介が指差す方向へと目を向ける蓮達。そこには明らかに地球上の生物では無い化け物がいた。例えるなら、RPGでお馴染みのゴブリンの様な化け物。それが見れる範囲だけでも6体いる。それぞれがナイフや槍、弓などのこの時代に相応しく無い武器を持っている。
ゴブリン達はニヤニヤと笑い、一人の生徒を斬った。直後、おびただしい量の血が宙を舞った。切られた生徒は背中から血を流し、倒れる。血が制服から染み出て、地面に血だまりを作った。それ以上、生徒が動く気配はない。
「嘘だろ………」
恭介は顔を青くし、ただそれを見つめている。
生徒が。
自分と同じ学校に通う生徒が。
目の前で。
死んだ。
「何あれ……」
葵は顔を真っ青にし、震えていた。蓮は葵の手を取り、恭介に声をかける。
「恭介!逃げるぞ!」
「逃げるたって何処にだよ!」
出口は人が我先にと押し合い、塞がっている。だが、蓮は葵を引っ張ると走り出した。
「こっちだ!」
恭介もその後を追う。蓮が向かった先はステージ裏の非常口だった。咄嗟の事で思いつく生徒は少なかったのか非常口はドアが開いたまま、誰もいなかった。
「よし!」
三人は外へと駆け出す。そのまま裏口を出て校外に出た。それでもしばらく走り続け、学校から随分と離れた所でようやく足を止めた。
「はぁ…はぁ…はぁ………何なんだよ、あの化け物……俺は夢でも見てんのか?」
その問いに答える者はいない。誰も今の自分の状況を理解し、信じる事が出来なかった。
「取り敢えず、もっとここから離れよう。いつ奴らが追って来るか分からない」
三人は頷き合うとまた走り出した。
「何処に向かう!?」
「家に行こう!自分達の家に一旦帰って、必要な物を持ち出す!家族も心配だ!けど、離れると危険だから三人で行動するんだ!」
幸い、三人の家はそれ程離れていない。三人の家を回っても、それ程時間は取られないだろう。
「分かった!まず、俺の家からだな!」
三人はまず、恭介の家に向かう。
三人は大通りに出ようとするが、
「恭介まて!」
蓮が止めた。
「見ろ」
蓮が指す方向にはさっきのゴブリンが二体歩いていた。
「あいつらまだ居たのか!?」
「大通りは危険かも知れない。他の道を行こう」
蓮達は道を変更し、恭介の家に向かう。周りを警戒しながら、何とか恭介の家に辿りついた。
「じゃぁ、ちょっと荷物取って来る!」
「あまり大きい荷物は止めとけよ!出来るだけ量を少なくしないと大事な時に逃げれない!」
「分かってる!」
恭介が家の中に入り、蓮と葵は外で周囲を警戒しながら待つ。気まずい沈黙。いつもの二人なら話は絶えず行われるが、中々二人とも言葉が出ない。当然だ。人が目の前で殺されたのだ。それどころではなかった。
「ねぇ……私達も死ぬのかな」
突然、葵がポツリと呟いた。その口は震えている。
「私、怖いよ。蓮君が、皆があの化け物に殺されちゃって、そして自分が死んじゃうのが……怖いよ」
死への恐怖。葵が抱えたのはそれだった。ただそれは自分だけではなく、蓮や恭介、他の皆が死んでしまう事も恐れている。自分が死ぬかも知れないのに、他人の心配をする。そんな葵の変わらぬ優しさに蓮は何故か安心出来た。
「大丈夫さ」
蓮は葵の手を取り、真っ直ぐ目を見る。
「必ず、助かる。皆で生き残って帰るんだ」
何処か自分に言い聞かせる様に蓮は言う。それでも葵は安心出来た。手の震えもいつの間にか止まっている。
「うん……そうだね、そうだよね!」
「あぁ」
二人は頷き、そこで目が合う。
お互いがかなりの至近距離で見つめ合い、どちらとも逸らす事が出来ない。
「えと……」
蓮が何か言おうとするが言葉が出ない。すると、葵は更に蓮に身を寄せ、目を瞑った。流石の蓮も理解した。しかし、ここは外であって周囲の目もある、と言いたい所だが、今は人の気配がない。恐らく、もうだいたいの人が避難したのだろう。そもそも女の子にここまでさせておいてしないなど男では無い。蓮はそう思い、葵に顔を近づける。
蓮の視界に葵の顔だけが映る。葵は美少女だ。その顔のパーツごとで見てもそれは美しい。純白のシミ一つ無い肌に、目はしっかりと閉じられ、まつ毛は長い。薄っすらとしたピンク色の小さい唇。別に初めての行為でも無いのに、蓮のドキドキは収まらない。寧ろ、近づくにつれて胸の鼓動は早く、大きくなる。
ゆっくりと、二人の唇が近づき、重な──────
「うぃーっす。待たせ…た……な………お邪魔しましたー」
重ならなかった。間の悪い登場に蓮も葵も盛大にこけそうになる。一体、今までの雰囲気は何だったのか。全くのぶち壊しである。恭介の方も思いもしていなかったのだろう。しかし、急いで支度を済ませ、ドアを開けてみれば、身を寄せ合い、何かいい感じの二人。一人は目を閉じ、一人は自分の顔をもう一人の顔をに近づけていた。
当然、恭介が感じたのは──────圧倒的な敗北感。ただそれだけだった。