第31話 夢と現実 -1-
「先輩っ、おめでとうございます!」
突然、鈴がそう言いながら抱きついてきた。
「えっ!? す、鈴……っ?」
「よかったですねー、優勝♪」
「……へ?」
(“優勝”?)
「優勝ってー……、何が?」
(俺は何に優勝したんだろうか?)
「もうー、先輩ったらー……昨日のサッカーの試合ですよー」
今一状況がわかっていない俺に鈴が呆れた顔で言った。
「という訳で、約束のお弁当です」
そして俺の目の前に弁当箱を差し出した。
(昨日のサッカーの試合ってー……あ、そうかっ……俺達、優勝したんだ。
えっ? てことはー……この弁当は……)
それはこの間、“もしも、ベスト8以内に入ったらご褒美ちょうだい”と、
俺が鈴におねだりした弁当だった。
「ありがとうっ、鈴♪」
「先輩の好きな玉子焼き、いっぱい入れちゃいました」
弁当を受け取ると鈴はにっこり笑った。
(あれ? 俺、鈴に玉子焼きが好きだなんて言ったっけ?
……ま、いっか)
「うっわぁー、うまそー♪」
弁当箱のフタを開けるてみると、中身は俺の好きなおかずばかりだった。
玉子焼き、唐揚げ、ウインナー、ポテトサラダ、後はプチトマト。
窮めつけはごはん。
何が窮めつけって……
白いご飯の上に海苔で“LOVE”、そしてさらに明太子でハートまで描かれていた。
想像以上、予想以上、期待以上の弁当だ。
「はい、あ~ん♪」
鈴は俺の隣に座って玉子焼きを箸で摘んだ。
そして、俺が口を開けると……
……ペシッ――、
誰かに頭を叩かれた。
(……っ?)
ゆっくりと顔を上げると誰かが俺の目の前に立っていた。
(あれ? 紺のスーツ?)
目の前に立っている人物を確認しようとさらに顔を上げると、数学の三ツ矢先生だった。
(げっ)
「こら、寝るな」
三ツ矢先生はそう言いながら腰に手を当てた。
「……すいません」
(なんだ……夢か……)
なんかおかしいと思ったんだよなー?
「はぁー……」
溜め息を吐いて頬杖をつくと、隣からクスクス笑い声が聞こえた。
織田ちゃんだ。
顔を向けて確認はしていないけれど、きっとそうだろう。
◆ ◆ ◆
「ぬぉ……っ」
昼休憩、弁当のフタを開けてがっかりした。
夢の中の鈴の弁当とはえらい違いだったから。
(……ピーマン)
しかも俺の嫌いなピーマンが入っている。
さらに他のおかずは全て昨日の夕飯の残り物ばかりだった。
当然、ご飯だって海苔や明太子が乗っているはずもなく……。
(鈴の弁当はまるで夢のようなおかずだったのに……)
本当に夢だったけれど……。
(くっそーっ、こうなりゃ、意地でも頑張ってベスト8に入ってやるっ)
そうすれば今度は夢じゃなくて本当に鈴の弁当が食べられる。
俺は真っ先にピーマンを口に入れ、急いでお茶で流し込んだ。
◆ ◆ ◆
――その日の放課後。
部活が終わって部室棟の前に行くと、鈴が携帯を見ながらクスクス笑っていた。
「何笑ってんだ?」
「わっ!?」
俺が声を掛けると鈴はメチャメチャ驚いていた。
「な、何でもないですー」
鈴はそう言ったけれど、なんか様子が変だった。
「鈴、正直に言いなさい」
「……」
「鈴ちゃ~ん?」
「……は、はい?」
「その携帯、俺に見せて?」
「え……」
鈴の反応で何か“良からぬ物”が写っているんだと確信した。
そして少しの間、黙ったままで俺の顔を見上げていたかと思うと
「織田先輩の事、怒らないで下さいね?」と言った。
「?」
俺はそれがどういう意味なのか、さっぱりわからなかった。
しかし、その意味は数秒後、すぐにわかった。
「こ、これ……っ!?」
鈴の携帯の画面に映っている画像にに思わず目を疑った。
「さっき、織田先輩が送ってくれたんです」
「……織田ちゃんが?」
鈴の携帯の画面に映っていたのは、俺の寝顔だった。
おそらく今日の数学の授業に寝ていた時のだ。
角度的に言っても織田ちゃんの席から撮ったものに間違いない。
織田ちゃんめー、いつの間に……――。