第30話 ご褒美 -1-
「宮田先輩、よかったらこれから一緒に模擬店回りませんか?」
「うん、いいよ」
それからしばらくして、朋ちゃんと宮田先輩は一緒に『お兄、お姉喫茶』を出て行った。
そして、ちょうど和泉沢先輩も“普通のお兄さん”キャラが終わる時間だった。
「鈴、俺、着替えてくるからちょっと外で待ってて?」
「はい」
和泉沢先輩は“普通のお兄さん”キャラをやっている間は私服を着ていた。
初めて見る先輩の私服……
和泉沢先輩と付き合い始めてから先週まで休日はずっとテニス部の試合があったり、
サッカー部の試合があったりですれ違いばかりだった。
だから『お兄、お姉喫茶』に入って私服姿の和泉沢先輩の姿を目にした時、
すっごくキュンときた。
「ねぇ、君」
私が和泉沢先輩を待っていると不意に頭上から声が聞こえた。
「?」
(あ……)
顔を上げてみると、目の前に『肉まん買っチャイナ』で私に写真を撮らせて欲しいと言った
二人組みの男子が立っていた。
「君、さっき肉まん売ってる模擬店にいた子だよね?」
「一人? てか、制服着てるってコトは今は模擬店関係ないんだよね?」
「……はぃ」
「じゃあさ、今度こそ一緒に写真撮ってよ?」
(え……)
さっきはなんとか『他のお客様もいるから』と逃げる事が出来た。
その後も結局、私と一緒に入っていた岩井君がこの人達のオーダーを持って行ってくれたから
捕まらずに済んだけれど……
(なんて言って逃げようか?)
「今は模擬店とか関係ないんならいいだろ?」
「……」
そして、二人が携帯を取り出したその時、
「鈴」
和泉沢先輩が模擬店から出てきた。
「先輩っ」
私は思わず先輩に駆け寄った。
「どうした?」
和泉沢先輩は不思議そうな顔をしていた。
でも、すぐに私の手を握ってくれた。
(よかった……先輩が来てくれた……)
「行こうか」
優しい瞳で私の顔を覗き込む先輩。
「はい」
私は首を縦に振った。
「もしかして、さっきの……鈴の模擬店で写メ撮らせてくれって言ってた奴ら?」
『お兄、お姉喫茶』から離れて校庭に出た頃、和泉沢先輩が徐に口を開いた。
「……はい」
(先輩、気付いてたんだ?)
「また何か言われてたのか?」
「はい……『一緒に写メ撮らせて』って」
「でも、ちゃんと断ったんだろ?」
「……」
「え……もしかして、一緒に写メ撮ったのか?」
「い、いえっ、先輩が来てくれたから」
「?」
「私……何も言えなくて、でも、先輩が来てくれたから……」
「でも、肉まん屋で声掛けられてた時はちゃんと断ってたじゃん?」
「それは……先輩が傍に居てくれたからです」
私がそう言うと、先輩はちょっと意外そうな顔をした。
「あの時は先輩が傍にいたから勇気が持てたっていうか……その……、
思い切って言えたんです」
「……そっか」
「先輩が居てくれなかったら、私……」
「でも、鈴はちゃんと自分から断ってただろ? だから……」
先輩はそう言うとピタリと足を止めて私の肩に手を置いた。
(……?)
「ご褒美♪」
そして少し強く肩を引き寄せた後、チュッと小さく音を立ててキスをしてくれた。
「っ!?」
かなりびっくりした。
私が放心状態でボーッとしていると、先輩は「ずっと傍にいるから……たとえ、
俺が鈴の傍にいなくても、心はずっと鈴と一緒、傍にいるよ」と言って、
優しく頭を撫でてくれた――。