第25話 一番 -1-
「先輩、すみませんでした」
小峯が泣き止んで、二人で少しゆっくり歩きながら駅に向かっている途中、
彼女が申し訳なさそうに言った。
携帯を買って貰ったのが夏休み直前だったから、友達ともまだ番号を交換していなくて
携帯のメモリーには俺の番号しか入っていなかったらしい。
部活中なのはわかっていたけれど、もうどうにもできないと思い、
それで一度だけ掛けたのだとか。
もし……
もしも、小峯の携帯の中に俺以外の番号が入っていたら……どうしていただろうか?
俺に助けを求めないで他の奴に助けを求めたのかな?
例えば岩井とか、大橋とか。
それにシゲとは短期間だけど付き合っていたし、あいつの携帯の番号も知っているはずだ。
今はもう別れてしまったからメモリーには入れていなかったんだろうけれど、
もし、シゲの携帯番号がメモリーに入っていたら……?
シゲに助けを求めたのかな?
「ご迷惑をお掛けして、すみませんでした……」
「別に迷惑だなんて全然思ってないよ」
「でも……」
「なぁ、小峯」
「は、はい」
「これから先、おまえの携帯のメモリーの中にどんなに番号が増えても俺を一番に呼んで?
ずっと、一番でいたい」
「……はい」
俺の言葉に彼女は意外にもあっさり「はい」と答えた。
(……て、わかってんのかなぁー?)
「あの、さ……どーゆー意味かちゃんとわかって返事してる?」
「え?」
小峯は、キョトーンとしていた。
(あー、この顔、絶対意味わかってねぇー)
「小峯の中でずっと“一番でいたい”って事」
「……?」
彼女はますます理解不能と言った顔になった。
(遠回しに言い過ぎたかな?)
「つ、つまりー……おまえの事が好きだから……その……いつも、俺を一番に
考えて欲しいって事だったんだけど……」
「……っ!?」
「俺の“彼女”になってくれない、かな?」
「は、はい」
彼女の答えに今度は俺が驚いた。
「え……マジで?」
「……冗談、なんですか?」
「い、いやっ、もちろん、本気だよっ」
(あ、でも、待てよ……)
「もしかして……ホントは嫌だけど、また断れずにいるって事はない、よな?」
「ち、違いますっ。そんなんじゃありませんっ」
小峯は俺が顔を覗き込むと慌てて首をブンブンと横に振って否定した。
「ホントに?」
「本当です」
小峯は真剣な顔で俺を見上げていた。
(信じてもいいんだよな?)
「でも……先輩が好きなのは……」
だけど、次の瞬間、小峯が不安そうな顔で言った。
「織田先輩じゃないんですか?」
(は? 何を根拠に?)
「織田先輩も、和泉沢先輩の事、好きみたいですし……」
(え?)
「織田ちゃんがそう言った?」
「い、いえっ、ただ、そんな気がしただけで……」
(だよな?)
俺は一言も“織田ちゃんの事が好き”だとは言った覚えはないし、
織田ちゃんもそんな事言ってなかったし。
「てか、そういう小峯の方こそ岩井の事が好きなんじゃないのか?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……そんな気がしてたから」
「私が好きなのは……和泉沢先輩です」
しばらくの沈黙の後、思い切ったように彼女が言った。
「……っ!?」
今まで小峯はてっきり岩井の事が好きなんだと思っていた俺は驚きの余り、言葉を失った。
そして彼女もそれ以上、何も言わなかった。
「あの、もしかして、さ……シゲと別れた時に『好きな人がいる』って言ったのってー……」
俺? という風に自分を指差すと小峯は小さく頷いた。
「そっか……」
それでもずっと自分の想いを心の中に閉じ込めてきたのは俺とシゲが親友だからだろう。