第12話 後悔 -2-
――十三時ジャスト。
小峯の試合が始まった。
相手は都内でも有名な女子テニス部の強豪高でしかも三年生。
今大会の優勝候補らしい。
(相手が悪いな)
正直、そう思った。
先攻は小峯。
ベースラインの外側に立ち、トントンと数回ボールをバウンドさせた後、
トスをしてサーブを打った。
ボールは対角線上のサービスコートのラインぎりぎり内側に入り、
相手はそのスピードの速さに手も足も出なかった。
(いきなりサービスエースかよっ!?)
俺がぽかんと口を開けていると隣にいた織田ちゃんがクスッと笑った。
「鈴ちゃんの武器は実はあのサーブなのよ」
「へぇー、そうなんだ?」
「ほぼ確実にファーストを決めるし、かなりのスピンがかかっててスピードも速いのよ。
見た目からは全然想像出来ないでしょ?」
「うん」
小峯はサーブだけじゃなく、ストロークも普段の彼女からはまったく想像出来ない動きをしていた。
相手が返してくるボールにも素早く反応している。
そしてその度にひらひらと揺れるスコートの裾。
(……て、俺、どこ見てんだっ!?)
◆ ◆ ◆
「あれ? 小峯は?」
試合が終わり、気が付くと小峯の姿が消えていた。
「顔洗ってくるって言ってたけど」
「にしては遅くね?」
試合が終わってからかれこれもう三十分以上経っている。
結局、小峯は試合に負けた。
1セットマッチで最初の1ゲームは取ったものの、後のゲームは全て負けてしまった。
それでも優勝候補の相手からサービスエースまで取ったんだから
俺からしてみればすごい事だと思う。
「そのうち帰って来るよ」
織田ちゃんはそう言ってあまり気にしていないみたいだった。
(おまえ、部長だろ。もうちょっとちゃんと心配してやれよ)
小峯の事が心配になった俺は「トイレ行ってくる」と誤魔化して捜しに行く事にした。
(どこに行ったんだろ?)
顔を洗いに行ったという事は更衣室がある管理棟の方かもしれない。
しかし、管理棟に着く前に俺は彼女を見つけた。
植え込みの影から小峯のスコートが見えた。
「小……」
だけど俺は声を掛けようとしてやめた。
小峯が泣いていたから。
それと一人じゃなかったから――。
「あれだけの人を相手によくやったと思うよ? 1ゲーム取っただけでもすごいって」
泣いている小峯の傍に男が立っていた。
うちの学校の男子テニス部のチームジャージを着ている。
「俺なんか試合にも出られなかったんだからさ」
(……て、事はコイツは一年生か下手くそな二年生か)
隠れて話を聞いていた俺は、その男が誰なのか知りたくて窺っていた。
しかし、背中がこっちに向いている所為で顔が見えない。
小峯はそいつの言う事に小さく頷きながら泣いていた。
試合に負けたのが悔しかったんだろう。
こんな時、普通は声を掛けて慰めるところなんだろうけれど“慰め役”はもうすでにいる。
そんな訳で俺はただ立ち聞きしているだけの奴になってしまっていた。
(何やってんだろ? 俺)
二人に見つかったらカッコ悪い事この上ない。
何も見なかった事にして立ち去ろう……そう思っていた時、その男が小峯の頭をポンポンと撫でた。
「岩井君、ありがと……」
(“岩井”って奴か)
小峯が“君”付けで呼んでいると言う事は一年生か。
◆ ◆ ◆
それから小峯は俺が織田ちゃん達のところに戻ってから十分後くらいに戻ってきた。
岩井とかいう奴と一緒に。
(むー……)
「あたし、鈴ちゃんの好きな人って岩井君の事じゃないかなって思ってんだよねー」
俺が目で小峯と岩井を追っていると隣から声が聞こえた。
織田ちゃんだ。
「そうなの?」
「だって、ほら、鈴ちゃんの顔、高津君と話してる時と全然違うでしょ?」
「うん、そうだな……」
織田ちゃんの言うとおり小峯の顔は全然違っていた。
シゲと話している時とも、俺と話している時とも……。
「さて、と……帰ろっかなー」
「え? もう帰るの?」
「あぁ、だってもうおまえらの試合はないんだろ?」
小峯が敗退してうちの女子テニス部は全滅したのだ。
「でも、男子はまだあるみたいよ?」
「え……いいよ、男子は。知り合いいねぇし」
それに……来るんじゃなかったって思った。
小峯に会いたくて、小峰と話したくて来たのに……。
別に、小峯の好きな奴の顔を拝みに来た訳じゃないのに――。