第10話 限界 -1-
和泉沢先輩と織田先輩は次の日も、そしてまたその次の日も先に帰った。
そして高津先輩は私と手を繋ぐようになった。
(もうこれからずっと高津先輩と二人きりで帰らなきゃいけないのかな……?)
駅で高津先輩と別れる時に手が離れる瞬間、ちょっとホッとする。
山手線のホームに行き、電車に乗って走り出した時、溜め息が出る。
(和泉沢先輩と話したいな……)
◆ ◆ ◆
次の日、私の願いが少しだけ叶った。
「ごめーん、ボール取ってーっ!」
背後から聞こえた声に少しドキッとした。
(あ……)
和泉沢先輩だった。
「小峯、それ投げて」
和泉沢先輩は私の目の前に転がっているサッカーボールをつんつんと指差した。
「はい」
私がサッカーボールを投げると先輩は「サンキュー」と言って笑顔を向けてくれた。
……キュン……――
胸が鳴ったのがわかった。
ちょっとだけ先輩と話せた。
“会話”とは言えないかもしれないけど嬉しかった――。
◆ ◆ ◆
「鈴、明日会えない?」
土曜日、部活の帰りに高津先輩にそう訊かれ、私は言葉に詰まった。
明日は特に予定はない。
でも、先輩とは会いたくなかった。
毎日駅までの十数分の帰り道でさえ苦痛に感じているのに、これで日曜日に数時間なんて、
とても耐えられそうもない。
「ごめんなさい、明日はちょっと……」
私は嘘を吐いた。
「……そっか」
「すみません……」
「いや、予定があるなら仕方ないよ」
先輩はそれ以上、何も言わなかった。
理由も特に聞いて来ない。
「……」
しかし、明日は誤魔化せたけどこれから先、そう毎週断れないだろう。
「……あの……、先輩……」
(もう無理……)
「鈴」
「……はい」
「その“先輩”って呼び方、やめてくれない?」
「え?」
「下の名前で呼んで? 後、敬語も」
「……」
「なんか“先輩”って呼ばれて、ずっと敬語のままだとさ、いつまで経っても
先輩後輩のままのような気がして」
「……」
「いきなりは無理なら、少しずつでもいいから俺はそうしてほしい」
「はい……」
私はそれ以上、何も言えなかった――。
◆ ◆ ◆
「鈴、来週の日曜日は空けておいてね?」
駅に着いて高津先輩と別れる時、手を繋がれたまま顔を覗き込まれた。
「……」
まさかこんなに早く来週の約束をされるとは思わなかった。
言い訳が思いつかない。
「もしかして、来週も何かあるのか?」
何も答えないで黙ったままの私に高津先輩は怪訝な顔をした。
「鈴?」
「……」
「俺と会うの……嫌?」
「……」
私は否定できなかった。
先輩の事は嫌いじゃない。
でも……
「ごめんなさい……私、これ以上、先輩とはお付き合いできません……」
「え……なんで……?」
「ごめんなさい……」
「俺の事が嫌いになった?」
「……違います」
「じゃ、なんで? ちゃんと言ってくれないとわかんないよ」
「ごめんなさい……」
「鈴」
「……」
「鈴っ」
「ごめんなさいっ」
私は居た堪れなくなって繋いでいた手を振り解き、逃げ出した――。