第8話 先輩が好き -1-
それから――、
私と和泉沢先輩は電車の中でもずっと無言だった。
私は初めて彼と同じ空間にいるのが苦しいと思った。
「それじゃ、気をつけてな」
駅に着いて一緒に改札を出ると、和泉沢先輩はいつものようにそう言って歩き出した。
「はい、失礼します」
そして、私も少しだけ先輩の後姿を見送って踵を返す。
二人の距離が段々離れて行く……。
私が振り返ってみると、先輩の後姿はもう見えなくなっていた――。
◆ ◆ ◆
家に帰ってからも和泉沢先輩の言葉がずっと頭の中でグルグルしていた。
“俺も気にしてないし”
(そっか……先輩は気にしてないんだ……そりゃ、そうよね?)
和泉沢先輩の言うとおり、あれは不慮の事故みたいなものだった。
それに先輩はきっと私よりキスの経験だってあるはず。
あんな風に突然の出来事とかじゃなくて、もっとちゃんと……
「……うぅーっ」
思わず和泉沢先輩と“誰か”のキスシーンを想像して頭をブンブンと振った。
最近、和泉沢先輩の言葉や仕草の一つ一つにドキドキしている。
それがまた“キス事件”以来、さらに増長していた。
(高津先輩、ごめんなさい……)
和泉沢先輩の事を考える度、罪悪感が沸き起こる。
和泉沢先輩にドキドキしている事。
和泉沢先輩とキスしてしまった事。
そして……
和泉沢先輩が好きだという気持ちを隠して高津先輩と付き合っている事――。