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最弱のスキル

「ゴート・ジェン、前へ」


「――はい」


 神官に呼ばれ、俺は神殿の祭壇へ歩み出た。

 今日、十八歳を迎えた者は神からスキルを授かる。

 その瞬間、一生が決まる。

 S級なら英雄候補。

 A級なら一流冒険者。

 B級なら十分に食べていける実力者。

 そして──C級。戦闘ではほとんど役に立たない、いわゆる《外れスキル》。

 授かった瞬間に冒険者への道は諦めるべきだと言われる、誰も望まない能力だ。


「緊張するな……」


 思わず漏れた声に、


「君なら大丈夫さ」


 後ろから優しい声が返ってきた。

 振り返ると、幼い頃からの親友――ダストレア・ウィークが穏やかに微笑んでいた。

 彼は昔からこうやって俺を励ましてくれる。顔立ちは整っていて、人望も厚く、誰にでも優しい。まさに理想の好青年だ。


「ああ、ありがとう。強い能力を手に入れて……絶対に冒険者になってやる!」


 そう、ウィークと共に冒険者として、この世界を脅かす魔王すら倒す。それが俺たちの目的。大丈夫、俺なら大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、水晶へ手を伸ばす。

 手が触れた瞬間、神殿中がまばゆい光に包まれた。

 やがて、黄金色の文字が空中へ浮かび上がる。


『全能無敵絶対確殺』


「…………」


 誰一人として声を出さない。嫌な沈黙だった。神官は額の汗を拭い、震える声で口を開く。


「……ご愁傷様です」


「え?」


「『全能無敵絶対確殺』は、伝説の超外れスキル──Z級です」


「ぜ、Z級!?」


 頭が真っ白になる。C級より下なんて聞いたことがない。そんな等級が存在したのか。しかも、それが俺……?


「ジェン……」


 ウィークが心配そうに俺を見る。しかし神官は構わず説明を続けた。


「このスキルは、あらゆる魔法を自在に扱えます。そして筋力は飛躍的に向上します。更に肉体はいかなる攻撃でも傷一つ負いません。後は必ず相手を絶命させる一撃を放つことが出来る――」


 神官は一拍置き、静かに締めくくった。


「……ただ、()()()()()()()()()|」


「そ、そんな……」


 その一言をきっかけに、見物人たちがざわつき始めた。


「おいおい、聞いたか?Z級だとよ……」


「能力も大した事ないな……」


「名前もダサすぎるだろ……」


 ちょっと魔法が使えて身体が強くなって絶対に命を奪うだけの能力だなんて、どう足掻いても戦闘に活かせる未来が見えない。まさに外れスキルだ。


「申し訳ありませんが……冒険者への道を志しておられるのであれば、諦めた方がよろしいかと」


 俺は返事もできず、その場に立ち尽くしていた。


「では次。ダストレア・ウィーク、前へ」


「……はい」


 俺を気遣うように一度だけ視線を向けると、ウィークは祭壇へ上がった。水晶へ手を置く。再び神殿が光に包まれた。そして――


「……!」


 神官の目が大きく見開かれる。空中へ浮かび上がった文字は、


『コーヒーを水に変える能(ブラック・イーター)力』


 神殿中がどよめいた。


「う、嘘だろ……」


「まさか、本当に存在していたのか……!」


「あれは……!」


 神官は震える手で歴代のスキルを記した分厚い書物を開き、何度も何度もページをめくる。


「ま、間違いありません……!」


 そして本を抱きしめるように閉じると、興奮を抑えきれない声で叫んだ。


「おめでとうございます!!S級スキルです!!」


 割れんばかりの拍手が神殿を包み込む。


「英雄だ!」


「まさかS級誕生の瞬間を見ることができるなんて!」


「未来は安泰だ!」


 神殿は歓声と拍手に包まれた。誰もが笑顔だった。

 この街から英雄が生まれた──そう信じて疑わないのだ。

 だが、当の本人であるウィークだけは、状況を理解できないといった様子で目を丸くしていた。

 神官は高揚したまま説明を続ける。


「この能力は、その名の通りコーヒーを水へと変化させる能力。用途こそ限定されますが、物質そのものを書き換える極めて高度な能力――まさに神の御業。S級認定にふさわしい能力と言えるでしょう……!」


「すげえ……!」


「あのコーヒーを、水に……!?」


「これがS級の力か……!!」


 神官の説明に、見物人たちは感嘆の声を漏らす。

 なるほど……。『コーヒーを水に変える能力』、確かにすごい能力だ。もし血液がコーヒーでできた魔獣や、コーヒーを自在に操る魔神が現れたとしても、ウィークならきっと倒せるだろう。


「至急、王都へ伝令を! 記録係!S級スキル『コーヒーを水に変える能力』の授与を正式に記録しなさい!」


 ゴォーン、ゴォーン――。

 神殿中に祝福の鐘が高らかに鳴り響く。

 さっき俺がZ級と宣告された時とは、まるで別世界だった。

 神官は何度も深呼吸を繰り返し、ようやく興奮を落ち着かせる。


「……ウィーク殿」


 その表情は一転して真剣なものへと変わっていた。


「少々、お時間をいただけますでしょうか」


「……分かりました」


 ウィークは俺を見た。どこか申し訳なさそうに微笑む。


「すまない、ジェン。少し外で待っていてくれないかい?」


「ああ、分かった」


 俺は小さく頷き、一人で神殿の外へ出た。神殿の石段に腰を下ろし、何をするでもなく空を見上げる。

 ……一緒に冒険者になろう。

 そう約束したウィークはS級スキルを授かった。

 片や俺は、史上最悪のZ級外れスキル。もう、隣に並ぶことはできないだろう。

 いや。そんなことは、今に始まった話じゃない。ウィークは昔から完璧だった。誰にでも優しく、人望も厚い。剣や魔法も俺よりずっと上。

 あいつの周りにはいつも人が集まり、俺なんかより仲良くなりたいと思っている奴はいくらでもいた。

 それでもウィークは、ずっと俺の親友でいてくれた。

 だからこそ思ったんだ。もし俺も強いスキルを授かることができれば、胸を張ってあいつの隣に立てるんじゃないかって。

 ……なのに。

 よりにもよって俺の能力は『全能無敵絶対確殺』なんていう、史上最悪の外れスキルだった。


「くそっ!」


 悔しさのあまり、俺は思い切り地面を踏みつけた。

 ――ドゴォォォォォンッ!!

 耳をつんざく轟音が神殿前に響き渡る。

 踏みつけた場所を中心に石畳が砕け、放射状に巨大な亀裂が走る。

 次の瞬間、地面が大きく陥没し、神殿前の広場には隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが生まれていた。


「……あ」


『全能無敵絶対確殺』によって筋力が上がっているとはいえ、まさかここまで地面を傷つけてしまうなんて。

 周囲の人々も異変に気付き、どよめき始める。


「お、おい!地面が沈んだぞ!?」

 

「神殿が傾いてる!!」


「誰だこんな事をした奴は!!」


 全員の視線が、一斉に俺へ向いた。


「あっ……!」


「お前、さっきのZ級の奴だろ!」


「弱いくせに余計なことするなよ!」


「ご、ごめんなさい!」


 反射的に頭を下げる。

 こんな能力じゃ、公共の地面を壊すことくらいしかできない。

 戦えないどころか、壊しちゃいけない物まで壊してしまうなんて……やっぱり、とんでもない外れスキルだ。

 ――賠償金、いくらになるんだろう。


「ようよう、なにしてやがんだ?」


 聞き慣れた嫌味な声が聞こえた。

 振り返ると、下卑た笑みを浮かべたビビタル・パワードがこちらへ歩いてくる。……俺のせいで地面が凹んだので、すごく歩きにくそうだ。

 彼は昔から何かと俺を目の敵にしてくる男だった。


「そうだ。お前聞いたぜ、Z級だったんだってなぁ?」


 パワードはニヤリと口元を歪める。


「……」


「C級どころか、その下のZ級!ぶははっ!聞いたこともねぇ!」


 腹を抱えて笑っている。


「……好きに笑えよ。弱い俺にはお似合いなスキルだ」


ジェンは吐き捨てるように言って目を逸らした。


「……ちっ」


期待した反応が返ってこなかったのか、パワードは不機嫌そうに舌打ちする。


「で、そういうお前はどうだったんだ」


「俺か?」


 パワードは得意げに胸を張った。


「俺のスキルはB級スキル《氷魔法強化アイスマスター》だ!氷魔法で作り出す氷が、少しだけ大きくなる能力だぜぇ!」


「アイスクリエイト!」


 そう言うと、手を前へ突き出した。淡い青色の魔法陣が浮かび、一メートルほどの氷塊が出現する。


「どうだ!」


「……たしかに」


 前に見た時より、一回りほど大きい。 彼の魔力で瞬時に生み出せる氷としては、かなりの強化なのだろう。

――これがB級スキルの力か……。魔法の限界そのものを引き上げるなんて、やはり非常に強力な能力だ。

一応、俺も試してみる。 B級スキルには敵わないだろうが、『全能無敵絶対確殺』のおかげで俺もこの世に存在する全ての魔法が使えるようになっている。


「アイスクリエイト」


「あ?お前氷魔法なんて――」


 パワードが言い切る前に、地面を突き破るように氷柱が現れた。

ゴゴゴゴゴ……という地鳴りとともに氷は空へ向かって伸び続ける。

十メートル。

二十メートル。

五十メートル。

やがて神殿と肩を並べるほどの巨大な氷山が完成した。


「そ、そんな……」


「おいおい……」


 俺もパワードも、しばらく呆然と氷山を見上げていた。やがて我に返った俺は、思わず頭を抱える。


「そんな……手で持てるくらいの氷を作るつもりだったのに……!」


「おいおい……観光名所でも作るつもりかぁ?魔法のコントロールも出来ねえ雑魚がよ!」


 ……駄目だ。

 大きすぎる。武器としても扱えないし、投げることもできない。こんなの戦闘ではまるで役に立たない。眺めるくらいしか使い道がないではないか。


「所詮お前はは救いようのない雑魚だなぁ!――なんなら今ここで決闘してよ、レベルの違いってヤツを直接教えてやろうかぁ!?」


 言うや否や、パワードは再び魔法陣を展開した。


「アイスクリエイト!」


 鋭い氷塊が一直線に俺へ飛んで来た。


「えっ!?」


 避ける間もなく、氷が胸へ直撃する。


「ははっ!これがB級スキルの力だ!しっかり味わっておけよ!」


更に次々と氷塊が放たれる。俺は必死に身を躱した。

――さすがB級スキルだ、強い。

 ……決定的なのは、その絶妙な大きさだ。少しだけ強化されたことで、凶器として最も扱いやすいサイズになっている。


 俺は炎魔法も、氷魔法も、風魔法も、雷魔法も、土魔法も、回復魔法も、特殊魔法も――この世に存在するあらゆる魔法を扱えるようになったが、どの魔法を使ったところで、彼の『氷魔法強化』で生み出される"程よい大きさ"の氷に勝てる気がしない。

 巨大すぎる氷山しか作れない俺と、自在に実戦向きの氷を生み出せるパワード。

 この埋めようのない差こそが、Z級とB級の差だった。


「所詮てめえは雑魚なんだよ!散りやがれ!」


 パワードが決定打を与えようと魔法陣を構えた、そのときだった。


「――そこまでだ」


 凛とした声が響く。振り返ると、神殿から戻ってきたウィークが静かに立っていた。


「げっ……ウィーク」


 パワードの顔が引きつる。


「これ以上ジェンに手を出すというなら……僕が相手になる」


 そう言ってウィークは右手をゆっくり持ち上げた。その手には、一杯のコーヒーが入ったコップ。


「……まさか」


 パワードの表情から笑みが消える。空気が張り詰める。そして次の瞬間――

 チャプン。と、コップの中の黒い液体が、一瞬で透き通った水へと変わった。


「こ、これが……!」


「S級能力……!」


 思わず息を呑む。ほんの一瞬だった。さっきまで確かにコーヒーだったものが、何の前触れもなく水へと変わる。

 まるで最初から水だったかのように。それはまさしくS級にふさわしい、神の御業だった。


「くっ……!」


 その圧倒的な力を見せ付けられ、パワードは一歩後ずさる。


「お、覚えてろよ!」


 捨て台詞だけを残し、逃げるように走り去っていった。静けさが戻る。ウィークは俺の方へ歩み寄った。


「大丈夫だったかい?」


「ああ。『無敵』の力のおかげで、ケガはしなかった」


「そうか。いい能力じゃないか」


「お世辞はやめてくれ。」


 苦笑いが漏れる。『無敵』なんて聞こえはいい。

 でも実際は、痛い思いをしなくて済むだけの能力だ。

 攻撃できるわけでもなければ、戦いを有利にできるわけでもない。

 こんなの、冒険者には向いていない。


「……それで?神官様の用事って何だったんだ?」


「ああ。僕を――勇者パーティーへ招待したいそうだ。」


「――勇者パーティー!?」


 思わず声が裏返った。魔王討伐のため、王国が選び抜いた最強の冒険者たち。冒険者なら誰もが憧れる最高峰のパーティーだ。


「でも、勇者パーティーって今ごろ魔王城の近くじゃ……。」


「ああ」


 ウィークは静かに頷く。


「前の勇者パーティーは……魔王との戦いで全滅したらしい。」


「なっ……!」


 言葉を失う。あの勇者パーティーが?S級能力者が四人もいたはずだ。

『口臭が蟹味噌の香りになる(フェイクオーシャン)能力』。

『髪の毛をひじきに変える(ブラックパレット)能力』。

足跡が肉球型になる能(グレートフルキャット)ちから』。

 そして、『卵焼きを上手に焼ける(ライフドミネーター)能力』。

 そのどれもが最強クラスの能力。誰もが認める最強の能力者集団だった。それでも勝てなかったというのか。


「だから王国は、S級スキル持ちを再び四人集めて勇者パーティーを結成するそうだ」


「そうか……」


 俺は小さく呟く。


「お前のS級スキルを授かったんだ、その条件を満たしたわけだな。良かったじゃないか――」


「……実は、それだけじゃないんだ」


「え?」


「前回の敗北を受けて、今回は五人目の仲間を加えるらしい」


「五人目?」


「ああ。僕たち新勇者パーティーの四人が、それぞれ一人ずつ推薦する。その四人の候補の中から、正式な五人目が決まるそうなんだ」


「なるほど……」


「それでなんだけど。僕は、その推薦枠に君を選びたいんだ」


「…………は?」


 頭が止まった。


「俺?」


「そうだよ」


「いやいやいや!俺、スキルZ級だぞ!?」


「スキルなんて関係ない。昔、約束しただろう。十八歳になったら冒険者になって、一緒に魔王を倒そうって」


「……昔の話だ」


「昔の話でも、僕は覚えている。そして今でも、その意思は変わっていない」


 その目は少しも揺らいでいなかった。俺だって覚えている。忘れるはずがない。だけど。


「無理だ」


 俺は首を振る。


「俺の『全能無敵絶対確殺』じゃ、お前たちの役には立てない」


「確かに君の『全能無敵絶対確殺』は戦闘向きじゃないかもしれない」


 ウィークは優しく笑う。


「でも、僕が信じているのはスキルじゃない。君自身なんだ」


 胸が少しだけ痛んだ。


「買いかぶりすぎだぜ……俺は平凡だ。だからこそ、強いスキルが必要だった。お前みたいなすごい奴に追いつくためにはな」


 声は自然と震えていた。


「――けどこんな、『全能無敵絶対確殺』だなんて何の役にも立たない能力じゃ……無理だ」


「君は平凡なんかじゃない。君の良さは僕が一番知ってる。だから頼む、僕に推薦させてくれないかい?」


 ……昔からそうだ。こいつは、俺を過大評価する。

 一度こうなると、何を言っても考えを変えない。

 まあ、どうせ最終的に選ばれるのは他の候補だろう俺なんかが勇者パーティーに入れるわけがない。少し恥をかくだけで終わる話だ。


「……分かったよ」


 そう答えた瞬間、ウィークの顔がぱっと明るくなった。

 ……俺みたいな雑魚を紹介した事で、あまりウィークの立場が悪くならないといいのだが。

 なお、神殿前にできた大きなクレーターは、土魔法を使いなんとか元通りに修復した。……もちろん、神官にはこっぴどく怒られた。

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