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棄てられた黄昏の王 ―改正ダンジョン法で処刑された男は、中性子を統べる神の指先で現代文明を再定義する―  作者: 空識


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第8話 箱庭の調律 ―二百階層の気候制御室と、永劫の春の構築―

地下二百階層。そこは、これまでの岩壁や結晶回路の冷徹な景色とは打って変わり、巨大なドーム状の空間が広がる、ダンジョンの「気候制御中枢ウェザー・コア」であった。

地上へと続く長い縦穴の途中に位置するこの階層は、本来、上層から吹き下ろす冷気と、下層から昇る熱源を中性子レベルで撹拌し、ダンジョン全体の「生態系の恒常性」を維持するための巨大な熱交換器の役割を果たしている。


男は、漆黒の守護者『黒陽』を従え、浮遊する管理端末『銀嶺』と共に、その空間の中央に鎮座する巨大な中性子集積体――「気象の心臓」の前に立った。


「鑑定・解析。……システムの腐敗がここにも及んでいるな。地上が生贄を放り込み続けたせいで、中性子の循環が滞り、澱んだ魔素が『嵐』となって吹き荒れている」


男の指摘通り、ドーム内には中性子の乱気流が渦巻き、時折、空間を切り裂くような「魔素の雷」が走り抜ける。人類であれば一瞬で原子レベルに分解されるであろう極限環境。だが、男の「常駐する箱庭モバイル・ガーデン」の内側には、そよ風一つ届かない。


「SPをさらに追加投入。……【気象操作】を【中性子結合固定】と統合。……スキル『理の調律ワールド・チューニング』を恒久発動せよ」


男が右手を軽く掲げ、掌をゆっくりと握り込んだ。

「中性子レベルの、環境再定義を開始する」


瞬間、彼の掌から放たれた銀色の波動が、ドーム全体に張り巡らされた中性子の糸を捉えた。

男は、空間に漂う膨大な熱エネルギーと冷気の比率を、指先でピアノの鍵盤を叩くかのように細やかに調整していく。

原子の振動数を制御し、乱気流の原因となっていた中性子のスピンを一定方向に同期させる。


荒れ狂っていた魔素の嵐は、一瞬にして凪いだ。

代わりに、ドーム内には男の記憶にある「最も穏やかな春の日」の気候が、中性子レベルの因果固定によって構築されていく。


「……生活魔法:四季の付与。ただし、私の周囲一キロメートルは永劫の春とする」


男が指先を鳴らすと、無機質な中性子の集積体から、虹色の光が溢れ出した。

「構築」の権能が、二百五十階層で回収した古代の植物種子と呼応する。

岩盤からは、ミネラルを中性子レベルで最適化した清水が湧き出し、数秒のうちに、そこには地上では決して見ることのできない、クリスタルの花々と黄金の果実が実る「神の庭園」が姿を現した。


空気の成分は、男が最も好む湿度六〇パーセント、気温二十二・五度に固定。

浮遊する魔素の粒子は、呼吸するだけで肺細胞を活性化させる「治癒の香気」へと置換された。


「さて……。ここで、地上へ戻るための『身分』を最終構築コンパイルしようか」


男は、庭園の中心に中性子構築した「揺り椅子」に腰を下ろした。

膝の上には、銀色の球体『銀嶺』がホログラムを展開している。

そこには、地上のあらゆる国家機関、金融機関、そして情報ネットワークが、中性子の海に浮かぶ無数の光の粒として表示されていた。


「私の過去――日本国民『佐藤』としての記録は、すでにこの世から『分解』された。……銀嶺、現在空位となっている欧州の古い貴族家、あるいは消滅した王族の家系図を解析しろ」


『了解しました、マスター。……解析終了。北欧に数世紀前に絶滅したとされる『ヴァナディース家』の系譜に、中性子レベルの偽装バックデートを施しました。あなたは本日、その正当なる継承者として、莫大な『発見された遺産』と共に現代社会に再誕します』


「ふむ……。資産規模は?」


『地上の主要国が保有する外貨準備高の合計を、中性子ハッキングによるデジタル資産(仮想通貨および実体資産の再配置)で上回るように調整済みです。もはや、既存の経済システムは、あなたの意志一つで『構築』と『分解』が可能です』


男は、満足げに目を細めた。

復讐は終わった。

改正ダンジョン法を主導した者たちは、自らが棄てた「死者たちの声」に精神を焼かれ、その地位も財産も、男が仕掛けた情報の断罪によって灰燼に帰した。


「のんびりと、楽しく生きる。……そのための舞台装置は整ったな」


男は、庭園に咲く黄金の果実を一つ、指先で「構築」し直して口に運んだ。

二百階層の心地よい風が、彼の銀髪を優しく撫でる。

彼はもはや、地上に這い上がる「生存者」ではない。

この世界の理を握り、現代社会という矮小なシステムを愛でるための「客人」として、帰還の準備を終えたのだ。


「黒陽、銀嶺。……次は地上、執行室の残骸へ。……私を殺した世界を、今度は私が『設計』し直す番だ」


男が立ち上がると、二百階層の「神の庭園」が、彼の威光を祝福するかのように一斉に輝きを増した。

重力を無視した優雅な足取りで、男はついに、地上へと続く最終階層へと向かって歩き始めた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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