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棄てられた黄昏の王 ―改正ダンジョン法で処刑された男は、中性子を統べる神の指先で現代文明を再定義する―  作者: 空識


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第4話 廃墟の再定義と、地上に降る情報の断罪

二百八十階層。そこはかつて、改正ダンジョン法が施行される直前、国家の総力を挙げて送り込まれた「先遣調査団」が、絶望の中で放棄した最終防衛拠点であった。

厚さ一メートルの強化チタン合金で守られたはずの観測基地は、今や深淵の魔物たちに食い破られ、無残な鉄のむくろを晒している。


男は、その基地の残骸を包み込むように「常駐する箱庭モバイル・ガーデン」を展開した。

内部に渦巻く湿ったカビの胞子や、腐食した配線の絶縁体が放つ刺激臭は、彼の一歩ごとに中性子レベルで分解され、清爽なオゾンの香りに上書きされていく。


「鑑定・解析。……動力源は喪失しているが、フレームの原子構造は辛うじて維持されているな」


男の視線の先には、全高四メートルに及ぶ、未完成の「魔動重機兵」が鎮座していた。

それは人類がダンジョン踏破のために心血を注いだ、科学と魔術の結晶。だが、深層の魔素圧に耐えきれず、内部の魔力回路が中性子崩壊を起こして完全に沈黙した「ゴミ」である。


「これを、私の安寧を守る『忠実な影』として再定義しよう。……SPを追加投入。【禁忌:生命創造】を【中性子錬成】の深層へ統合せよ」


男が右手をかざすと、基地内の鉄錆や、散乱したレアメタルの破片が意思を持ったかのように宙に浮いた。

「魔素分解:中性子レベル」


凄まじい光の奔流が基地内を奔った。

鉄、クロム、ニッケル、タングステン。それら全ての原子核が一度解体され、男の意志という設計図に従って、原子の並びが数ナノメートル単位の精度で再配置されていく。

機兵の鈍い装甲は、光を吸い込むような漆黒の中性子圧縮合金へと変質し、その内部には、従来の導線を排した「中性子超伝導回路」が網の目のように構築された。


「動力には、先ほど二百九十階層で回収した『特級魔石』を三基組み込む。……因果を反転させ、負の感情を純粋な駆動エネルギーへと置換せよ」


男の指先から黄金の中性子糸が伸び、機兵の核へと繋がる。

沈黙していた巨体が、内側から脈動するように紫銀の光を放ち始めた。

それはもはや無機質な機械ではない。男の魔素を核とし、中性子レベルで構築された「自律型召喚獣ガーディアン」――人智を超えた準生命体である。


「命名――『黒陽こくよう』。私の背後にある不純物を、音もなく排除しろ」


黒光りする巨躯が、音もなく膝を突いて跪いた。

その動きには慣性すら感じられない。中性子レベルで質量制御を行っているがゆえの、物理法則を嘲笑う挙動。


---


一方その頃、地上――。

2026年、1月11日、午前9時。


東京都心、霞が関の「D法執行管理局」本庁舎。

そこは、地獄の阿鼻叫喚に包まれていた。


「局長! サーバーのデータが……消去されているのではありません! 全て『真実』に書き換えられています!」

「何だと!? バックアップはどうした!」

「駄目です! オフラインのストレージまで、中性子の波形が干渉してデータが物理的に変質しています! 暗号が……暗号が勝手に解読され、国民共有のクラウドへ流出を続けています!」


管理局の巨大なモニターには、これまで「棄却」された国民数十万人の実名リストと、彼らから奪い取った資産がどの政治家の懐に入ったかを示す詳細な送金履歴が、一秒間に数千件の速度で更新・公開され続けていた。


それは、現代社会という巨大な「システム」そのものが、中性子レベルで分解されていくプロセスであった。


「おい、街を見ろ! パニックだ!」


窓の外では、スマートフォンの画面を食い入るように見つめる市民たちが、怒号と悲鳴を上げ始めていた。

「俺の親父を……! 金のために棄てたのか!」

「ゼノ・ダイナミクス社の株価が、マイナスだ……! 売り注文さえ、システムが分解されて受け付けない!」


主要なSNSのトレンドは、たった一つの言葉で埋め尽くされている。

『#審判の日』

『#深淵からの告発』


各国の行政機関が管理する「転送執行室」では、不可解な現象が起きていた。

一方通行のはずの転送陣が、血のように赤い逆流光を放ち、操作パネルを分子レベルで融解させていく。

「棄てる」ことしかできなかった穴から、誰かが「手を伸ばしている」。

その恐怖に、各国の首脳陣はシェルターの中で震え上がるしかなかった。


---


二百八十階層、旧基地。

男は、構築を終えた『黒陽』の影に座り、中性子構築された透明なモニターで地上の混乱を静かに眺めていた。

モニターには、阿鼻叫喚の霞が関や、暴徒化する群衆のライブ映像が、ノイズ一つなく映し出されている。


「……私の死に、数万円の価値しか認めなかった社会だ。そのシステムを分解するのに、一円のコストもかからなかったのは、なんとも皮肉なものだな」


男は、至高の清水を満たしたグラスを傾けた。

復讐は、もはや完了したも同然だ。

しかし、彼の「のんびりとした隠居」は、地上からこの不浄な法が、そして自分を棄てた歪んだ構造が完全に解体されるまで始まらない。


「行こうか、黒陽。……次は二百七十階層。そこには、このダンジョンが持つ『真の資源』の脈があるはずだ」


男が立ち上がると、忠実な守護者たる漆黒の巨躯が、静かにその後に続いた。

男が進む後方では、かつて人類の無能を晒していた基地の残骸が、中性子レベルで分解され、ただの美しい銀の砂となって、ダンジョンの深淵に静かに降り注いでいた。


足し算は続く。

一歩昇るごとに、地上の「法」は死に、深淵の「理」が世界を塗り替えていく。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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