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棄てられた黄昏の王 ―改正ダンジョン法で処刑された男は、中性子を統べる神の指先で現代文明を再定義する―  作者: 空識


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第3話 棄却場の声 ―二百九十階層の解析と、最初の中性子ハッキング―


垂直に穿たれた漆黒のトンネルを、男は重力を無視して登り続けていた。

彼の周囲五十メートルを包み込む「常駐する箱庭モバイル・ガーデン」は、移動中もその機能を一分たりとも休止させない。岩壁から染み出す地下水は、彼が触れる寸前に中性子レベルで分解され、不純物を取り除いた純粋な水蒸気として空間の湿度を一定に保つためのリソースへと変換される。


「……到達したか。ここが、国家が隠し通してきた『不都合』の終着駅か」


高度にして地上方向へ百メートル。垂直登攀を終えた男が、二百九十階層の広大な空間へと足を踏み入れた。

そこは、三キロメートル四方に及ぶ巨大な天然の空洞であった。かつては静寂な地下湖であったろうその場所は、今や人類が数十年かけて一方通行で放り込み続けてきた「生贄」たちの、累々たる死の山で埋め尽くされている。


「鑑定・解析。……汚染度の測定を開始」


男の視界に、中性子密度の歪みが赤黒い霧となって投影される。

死後数十年が経過した白骨から、昨日放り込まれたばかりであろう、まだ体温の残滓を微かに纏った遺体まで。それらが発する腐敗臭と、死の瞬間に刻まれた絶望の残留魔素が、この空間を物理的な毒素として満たしていた。


「……不快だな。私の安寧に、これほどの不純物は必要ない」


男は右手を水平に薙いだ。

「生活魔法:深淵浄化アビス・クリーニング


瞬間、彼の掌から中性子の波動が放射状に広がった。

それは単なる清掃ではない。空間を占拠していた腐敗ガス、浮遊する病原菌、そして岩壁にこびりついた死の脂を、分子の結合レベルで強制解体する「断罪の風」である。

黒ずんでいた大気は一瞬にして濾過され、男の周囲には再び、高山の頂を思わせる清廉な香気が満ちていく。


「さて、ドローンが回収したデータの照合を始める」


男が指先を鳴らすと、岩壁を透過して戻ってきた自律情報収集機ドローンが、彼の元へと集結した。

ドローンたちが棄却場から吸い上げたのは、物理的な遺品だけではない。劣化を抑制された記憶媒体、そして遺体に残留していた中性子レベルの「思念情報」である。


男はそれらの情報を自身の脳内へ直接リンクさせた。「全世界言語理解」と「解析」の複合処理により、暗号化された国家機密が、まるで透明な水のように透けて見える。


「……やはりな。改正ダンジョン法を主導した現職の大臣、そしてその背後にいる多国籍企業『ゼノ・ダイナミクス』。彼らは国民を棄てることで、ダンジョンの深層から溢れ出す純粋な中性子エネルギーを独占的に受信し、兵器開発に転用している」


男の赤い瞳に、黄金の十字が鋭く光る。

解析結果によれば、彼をここに送った「第13執行室」の転送装置には、転送時の「生贄の恐怖」を変換して地上のアンテナへ送信する、非人道的な通信回路が組み込まれていた。


「私を燃料コストとして処理した代償は、安くはないぞ」


男は、棄却場の中心にある、まだ新しい遺体の一つの前で足を止めた。

それは、かつて彼がテレビで見たことのある、正義を貫こうとして失踪した若き女性ジャーナリストのものだった。彼女の手には、中性子コーティングによって守られた一台のスマートフォンが握られていた。


「解析。……および、中性子ハッキングを開始」


男は、自身の魔素を情報の運びキャリアとして、そのスマートフォンから地上のネットワークへと意識を「逆流」させた。

地上の執行室にある一方通行の転送路。そこには、微かながら「信号の漏れ」が存在する。

彼はその針の穴を通るような隙間に、自身の膨大な演算能力を詰め込んだ。


**【スキル:電脳介入ニュートロン・リンクを発動】**


2026年、1月11日。

東京、霞が関。

「D法執行管理局」の中枢サーバーに、警報が鳴り響くことはなかった。

ただ、管理官の端末に表示される数字が、一ミリ秒ごとに「分解」され、書き換えられていく。


「まずは、この管理局の裏金口座、三千億件の送金履歴を全世界に公開(構築)する」


男は、300階層の静寂の中に座したまま、思考一つで地上を揺るがした。

ネット上のあらゆるSNS、ニュースサイト、そして政府の公式ホームページ。

それら全てのトップ画面が、男が構築した「真実の証明」へと上書きされていく。

偽造ではない。棄却場から直接回収した、改竄不可能な「死者の証言」という名のデータだ。


「そして……私の『死亡届』を削除し、新たな個人情報を構築せよ」


男は、自分を棄てた国家のデータベースを弄び、自身の戸籍を「日本国籍・佐藤」から、存在しないはずの「最高位特権階級」へと書き換えた。

もはや、彼を縛る法はどこにもない。

彼は、自分を殺そうとしたシステムそのものを、自らの手で「分解」し、再定義したのだ。


「棄てられた同胞たちよ。君たちの叫びは、私が預かった」


男は、銀色の髪を揺らして立ち上がった。

足元に広がる死の山は、彼の「生活魔法」によって、今は穏やかな眠りを誘うような清浄な空間へと変貌している。


「攻略を続ける。次は二百八十階層。……そこには、このダンジョンの『心臓』に繋がる、人類が設置を試みて失敗した、最初の観測基地の残骸があるはずだ」


彼は再び、垂直の闇を見据えた。

復讐は、あくまでも「のんびりと」生きるための整理に過ぎない。

彼の真の目的は、この世界の理を完全に掌握し、誰にも邪魔されない安寧を築くことだ。


男は、重力を嘲笑うように、再び空を歩き始めた。

彼が通り過ぎた後の二百九十階層には、かつてのような怨嗟はもうない。

ただ、神に祝福されたかのような、静謐な風だけが吹き抜けていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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