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棄てられた黄昏の王 ―改正ダンジョン法で処刑された男は、中性子を統べる神の指先で現代文明を再定義する―  作者: 空識


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第2話 深淵の工房 ―中性子の結合を編み、概念を置換する聖域―

地下三百階層。そこは本来、光子が岩盤に吸収され尽くし、絶対的な零度の静寂が支配する「物質の墓場」である。しかし、再誕した男が座す半径百メートルは、今や現代物理学の定義を逸脱した、高純度魔素による「再定義された空間」へと変貌していた。


男は、自身の周囲を漂う中性子魔素の密度を、視神経に直接投影される「解析」のグリッドラインで凝視した。


「……まずは、この不快な湿度と、岩盤から漏れ出す重金属の臭気を分解する」


彼は、無限に湧き出すSPスキルポイントを、単なるスキルの取得ではなく「事象の同時並行処理」の拡張へと注ぎ込んだ。


**【スキル派生:原子配列の恒久固定アンカーを習得】**

**【スキル拡張:五感情報の魔素翻訳センサーを習得】**


彼は右手を空中に遊ばせた。その動きに呼応し、空気中の中性子が火花を散らす。

「生活魔法」の出力は、もはや「清掃」の域を遥かに超えていた。空間に漂う一酸化炭素、硫黄、反映して転送時の衝撃で霧散した自身の血肉の微粒子。それらを構成する原子核から中性子を引き抜き、瞬時に安定した酸素分子と窒素分子へと「置換」していく。


男の周囲で、目に見えるほどの「空気の揺らぎ」が起きた。

淀んだ地下の臭気は一瞬で消失し、代わりに中性子構築によって生成された、遥か高山に咲く高嶺の花を思わせる、冷涼でいて清冽な香気が満ちる。


次に、彼は足元の岩盤に視線を落とした。

「構築」の権能。それは表面を飾るだけの偽りではない。

彼は玄武岩に含まれるケイ酸塩鉱物を中性子レベルで解体し、その原子核の並びを、光を透過しながらも鋼鉄の十倍の硬度を持つ「人工魔晶大理石」へと再配置した。


床面は、単なる平滑な面ではない。

その内部には、銀河のように煌めく中性子の微細な回路が、毛細血管のように張り巡らされている。男が歩を進めるたび、その圧力に応答して床下の回路が淡い琥珀色の光を放ち、彼の足裏に最適な温度を中性子振動(摩擦熱)によって供給する。


「スイートルームという言葉では足りないな。これは、私の意志を反映する『拡張された肉体』の一部だ」


彼は、虚空を掴むようにして手を握り込んだ。

そこには、大気中の二酸化炭素から炭素原子を抽出し、中性子のスピンを同調させて構築された、透明度100%の「超密度炭素結晶ダイヤモンド・ソリッド」の長椅子が姿を現す。

結晶の内部には、彼自身のMP(魔力)を緩やかに循環させる「不老の術式」が中性子レベルで刻み込まれており、座るだけで肉体のエントロピー増大を抑制する効果を持つ。


長椅子の肌触りは、絹のような滑らかさと、生きている皮膚のような温かみを同時に備えている。それは彼が中性子レベルで、接触面における「分子間力」を自在に制御しているがゆえの質感であった。


「さて……。この静寂しじまを汚す不純物が、まだ幾つか残っているな」


男の「鑑定・解析」が、岩壁の奥、三キロメートル地点を捉えた。

そこには、人類が一方通行で放り込み続けてきた「生贄」たちの、数十年分の死骸が積み重なった「棄却場ダンプサイト」が存在している。

その死骸から漏れ出した残留魔素と、中性子の歪みが混ざり合い、怨嗟のような波形を形成していた。


「私の命も、本来はあのゴミの山に加えられるはずだったのか」


男は、自らの銀髪をかき上げた。赤い瞳が、黄金の瞳孔を細める。

「魔物解体適性」を応用し、彼はその棄却場の情報を「遠隔解析」した。


そこにあるのは、単なる骨ではない。

改正ダンジョン法を成立させるために消された、かつての野党議員。

国家の秘密を知りすぎた研究者。

そして、佐藤と同じように「コスト」として切り捨てられた無辜の国民たち。


彼らが最後に握りしめていた「物証(スマートフォンや手帳)」が、中性子レベルの劣化抑制により、奇跡的にその記録を保っていることを、彼は解析の結果から読み取った。


「私が地上へ戻るための『階段』は、腕力で登る必要はない」


男は指先を振るい、中性子を極限まで尖らせた「構築」の針を生成した。

「錬金術:極致」

彼はその針を、聖域の境界線に突き刺した。


針は、周囲の岩盤から特定の元素を「貪食」し、自己増殖を開始する。

それは彼が設計した、中性子制御型の自律情報収集機ドローンである。

それは生き物の如く岩壁を透過し、棄却場へと向かう。

かつて消された人々の「最後の叫び」――地上を揺るがすスキャンダルという名の爆薬を、データとして「解体・回収」するために。


「私の安寧を汚した罪。その精算は、君たちが最も恐れる『真実の暴露』から始めようか」


男は、中性子構築された透明なグラスを手に取った。

グラスの中には、空気中の水分を凝縮し、ミネラル成分を中性子レベルで最適化した、至高の清水が満たされている。

一口含めば、細胞の一つひとつが覚醒するような感覚。


彼は、自身の安念を邪魔する地上の者たちの「運命」を、チェス盤の駒を眺めるように、冷徹な解析の視線で見つめ始めた。


男はグラスを置くと、ダイヤモンドの長椅子から音もなく立ち上がった。

ドローンが情報を持ち帰るまでの間、ただ待つという選択肢は彼にはない。彼自身がこの階層を「攻略」し、地上へ向けて「移動する聖域」として踏み出す必要がある。


「SPをさらに追加投入。……【時空間固定】および【物理定数同期】を統合。……固有スキル『常駐する箱庭モバイル・ガーデン』を恒久化せよ」


男が一歩、踏み出す。

その瞬間、彼を中心とした半径五十メートルの「聖域」が、空間そのものを切り取ったかのように、彼に追従して移動を開始した。

それは、彼が歩くのではない。彼が歩む意志を示すだけで、足裏が触れる岩盤の中性子が瞬時に組み替えられ、摩擦係数ゼロの滑らかな「結晶の道」が生成され、通り過ぎた後には元の荒廃した岩肌へと再構成される、超常の歩法であった。


「生活魔法」による浄化の波は、移動中も絶え間なく周囲を洗い流し続ける。

岩壁に張り付く醜悪な地衣類や、死の沈殿物。それらは彼が通り過ぎる寸前に中性子レベルで分解され、無機質な中性子のエネルギーへと還元される。彼の周囲だけは常に、高山の如き清冽な空気が維持され、湿度は一パーセントの狂いもなく最適化されていた。


「地上方向、垂直距離にして千二百メートル。……道がないならば、私が『理』を刻むまでだ」


男は、頭上にそびえ立つ数億トンの岩盤を見上げた。

そこには人類が一方通行で「棄てる」ために使った歪んだ座標の残滓が、中性子の糸となって微かに残っている。

彼は右手を天に掲げた。


「分解」


衝撃音はない。爆発もない。

ただ、男が掲げた手の先にある巨大な岩石が、一瞬にして光子の塵へと変わり、直径三メートルの完璧な円柱状の「空洞」が上空へと穿たれた。

崩落しようとする数万トンの土砂は、彼の「質量操作ヴァロスキネシス」によって側壁へと強引に圧密され、鏡面のように磨き上げられた漆黒のトンネルへと再構築される。


「リビテーション(浮遊)」


重力という概念が、彼の中から消去される。

男は垂直に伸びる漆黒のトンネルを、あたかも平地を散歩するかのように悠然と登り始めた。

足裏から発せられる微細な中性子振動が、側壁と反発し合い、彼を音もなく上層へと押し上げていく。


その光景は、神が天へと昇る儀式のようであった。

道中に存在するあらゆる障害――岩石の硬度変化も、潜む魔物の殺意も、彼の歩みを止めることはできない。

近づく不浄は「生活魔法」が霧散させ、行く手を阻む物質は「分解」が道を開く。


「まずは二百九十階層。……棄てられた同胞たちの、沈黙の叫びを聞きに行くとしよう」


銀髪を揺らしながら、男は重力を嘲笑うように、絶望の深淵から希望の地上へと、その最初の一歩を力強く、そして優雅に踏み出し続けた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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