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九話 扉の前で

  筆記試験が終わり、合格者がそれぞれ指定の棟へ向かっていく。


 日が沈む西側──影星クラスのある棟に歩くグレンの足取りは重い。


 グレンは魔力ゼロのままサブクラス行きという結果を、わかっていたとはいえ胸の奥で反芻していた。


 ドアを開けた瞬間、教室中のざわつきが一瞬止まった。


 数十人の視線が一斉にこちらへ向けられる。


「え、アレ……」「試験で魔力出なかったヤツじゃね?」


 ざわ……っと空気が揺れた直後、前方席で肩を組んでダラけていた三人組のうち、一人がすぐ反応した。


 赤髪をかき上げ、薄っすら笑いながら腕を組む。


「おいおい、マジかよ。影星クラスに魔力ゼロが来るなんて聞いてないんだけど?」


 教室の空気が再びざわつく。


 隣にいた男は鼠色の髪をかき分けて、足を机に乗せていたのをゆっくり下ろし、しれっと言葉を紡ぐ。


「いや、逆にすげぇよ。測定器に嫌われるなんて才能だろ?」


 後ろに隠れるように存在した小太りの男は本の影から顔だけ出してポツリと言う。


「魔力ゼロのくせに始星の女の子と仲良く歩いてたよなお前……」


 グレンは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「お前ら、それ以上はやめておけよ」


 ガラリ、とドアが開き、長い灰髪を低く束ねた男性──影星クラス担任 イェルン・グレイモンド が教室に入るなりギラリと鋭い視線を向ける。


「赤い髪のお前がカルナードで鼠色のお前がエルネスト、で緑のお前がブラムだな」


 イェルンは品定めするかのように顎に手を当て、三人をギロリと舐め回すように見回す。


「朝のホームルーム前だからといって、暇つぶしに他人をつつくのはやめろ。そんなことで優越感を得ても何の経験値にもならん」


 カルナードはため息をつきながらたちあがる。


「……へいへい、先生。わかってるって」


 エルネストは無言で視線をそらし、 


 ブラムは「あ、ごめんなさい……」と小さく胸を押さえた。


 イェルンは教卓に着き、名簿をパラパラとめくる。


「さて。影星クラス、一日目だ。形式的だが自己紹介くらいはしておく。呼ばれたい名、属性、抱負、その他どうでもいいひと言でもいい」


 立ち上がりながら、軽く眼鏡を押し上げた。


「早速いくか。最初にお前ら問題児三人組、行け。とりあえず、エルネスト・ヴェルデンブロー」


「衝撃属性。エルネスト。必要最低限しかしない主義だ。以上」


「……そうか。次、カルナード・フレイムベイン」


「火属性、カルナード。肩書きより俺自身を覚えてくれりゃいい。以上」


「ほう。次、ブラムリーフ」


「生命属性のブラムリーフです! 人の役に立ちたいです!」


「まあ、元気なのは悪くない。次――リノア・ブランシェ」


 小さく立ち上がり、両手をぎゅっと握りしめると、あたふたと辺りを確認しながら口を開く。


「み、み、水属性……リノアです……。あの……あまり得意なことは……でも、がんばります……」


 急に男臭い自己紹介が終わり、ボソリとかわいい……という野次まで飛んだ。リノアと呼ばれた薄紫髪の少女は、顔を真っ赤にしながらすぐ着席する


「次、 カイナ・カーレット」


 勢いよく立ち上がる。


「衝撃属性! カイナです!!とにかく元気だけはあります!! よろしくお願いします!!」


「声量……もう少し抑えてね」


 手をブンブンと振りながら肯定の意を示す彼女。おそらく一番明るいタイプなのは、橙色の髪とテンションを見れば日の目を見るより明らかだ。、


 イェルンが名簿から顔を上げる。


「では次…… グレン・アッシュフレア」


 全員の視線が向く。三人衆もニヤつく。


 グレンは立ち、深呼吸した。


「火属性の家系ですが自身の魔力はゼロ、グレン・アッシュフレアです……努力でどうにかするつもりです。よろしくお願いします」


 イェルンは即座に言葉を返す。


「記録に残っているが……魔力ゼロで筆記のみで突破したのは立派だ。魔力がないならないなりにやり方はある。まあ、期待はしておく」


 からんできた三人衆が思わず「……は?」という顔になったのを、グレンは見逃さなかった――


 その後も順調に自己紹介を終える。グレンは自分の番が終わった安堵からか、ろくに話を聞かずに一息をついた――



「帰ろー、リノア!」

「う、うん、ちょっとまって!」


「明日の教室、どっちだっけ〜?」

「確か真上の階だぜ。明日行けば分かんだろ」


「おいブラム、宿題教えろや」

「わっ、わかったよカルナード君」


 いつの間にか自己紹介の時間は過ぎ、初日は顔合わせのみで幕を下ろした。


 初日特有の浮ついた空気の中、あちこちで自然に小さな輪が生まれていく。


 その中心に――

 否、端の端に、グレンはいた。


 席に座り、鞄に触れたまま動かない。


 友達の作り方を知らず、輪に近づく手が震えていた。


 羨ましさばかりが胸を締めつける。


 決心して立ち上がった瞬間、


 ガタッ!


 椅子の脚が盛大に鳴り響き、周囲がちらりと視線を向ける。


 グレンは軽く手を上げたが、返ってきたのは微妙な空気だけだった。


 萎れたように机へ座り込む。


 任務で功績をあげれば、自然と人はついてきてくれていた。


 勇者の称号を得るまでは家庭内教育を受けてきた為、友達の作り方なんてまず習ってもいないし考えたことなんてない。


 グレンは突っ伏し、ガヤガヤとはしゃぐ嵐が過ぎ去るのをしばらく待っていた――


 最後まで残っていたイェルンが、

 荷物を肩にかけながら無造作に言う。


「……急ぐな。アッシュフレア」


 低く、くぐもった、ただ淡々とした声。

 だがどこか温かみがあった。


「縁は急かすと逃げる。

 おまえは、もう少しゆっくりでいい」


 それだけ言って、イェルンは立ち去った。


 グレンはポカンとしたあと、小さく息を吐いた。きっと励ましてくれたのだろう。少しだけ、心のモヤモヤが晴れて軽くなった気がする。


 ぎこちなく立ち上がり、廊下へ向かう。


 影星クラスの廊下を出ると、少し先で誰かがこちらを覗いていた。


「……あ、ルリ?」


「おぬし、遅かったのじゃ。わし、待ちくたびれたぞ……!」


 つんとすました顔だが、足元はわずかに揺れている。


「始星クラス、どうだった?」


「ふん、たいしたことはなかったのじゃ……そ、それより……!わしはな、おぬしと――ちょ、ちょびっと探索がしたいのじゃ……」


 ほんのり頬を染めて目を逸らす。


 グレンは小さく笑った。


「いいよ。行こうか」


「……うむっ!」



 学園は夕刻になり、人が減って静かになっていた。


 高い天井の渡り廊下。

 歴代勇者の肖像画が並ぶ展示室。

 魔力を研究するガラス管だらけの実験棟。


 どれも初めて見るはずなのに、ふたりで歩くと不思議と安心感があった。


「グレンっ!おぬしの肖像画があるぞ!まだ生きているって知ったらさぞ驚くじゃろなぁ!」


「恥ずかしいからやめてくれ。何かの事故で外れてくれるとうれしいんだけど」


「お主はそれだけ有名だということなのじゃぞ。もっと誇れぃ!」


 ルリはパシンと背中を叩くと、グレンを差し置いて走り出す。


「あっ、待ってよルリ!」


 グレンも、それに続けて走る。


 しばらく先で興味を引いたのか、魔法研究棟の教室前でウロウロした後、しれーっとその中へ入る。


「勝手に入ったら危ないってば」


 ルリは話を聞いているのか聞いていないのか、手を軽く振って応答する。


「ふむ……これが『学生』の暮らしというやつか……記憶はないが……こういうの、嫌いではないのう」


 ルリはガラス管に頬をくっつけて感心している。


「おい、顔、冷たくなるぞ」


「む? おぬし、まさか心配してくれるのか? ふふふ……」


 からかわれて、グレンの心は逆にいつも通り落ち着きだす。


「……お前が、同じ学園にいてくれてよかったよ」


 その一言に、ルリはぴたりと止まり、背を向けずに言葉を発する


「……わしもじゃ。おぬしがおらんと……わしは……つまらんからの……」


 その声が、グレンの胸の奥でずっと、ずっと響いていた――




 扉を開けると、台所から声がする。


「……遅かったな、お前ら。初日で迷子にでもなったのか?」


 鍋をかき混ぜていたルーフェンが振り返り、二人の顔を見るなり眉がぴくりと動いた。


「……ふん。まあ、顔を見りゃ分かる」


「えっ……?」


「お前ら、合格したんだろうが」


 淡々と告げながらも口元が少し緩んでいた。


 ルリは得意げに胸を張る。しかし、すぐにグレンを見てしゅんとする。


 グレンは、大丈夫だよとルリに微笑むと、すぐに前を向き直す。


「うん。俺もなんとか影星クラスに入れた」


 ルーフェンは鍋の蓋を閉め、腰に手を当てた。


「……よし。これは祝いだな」


「お祝い……?」


「週末、二人を連れてローブを買いに行く。

いま着てるボロボロのやつじゃなくて、お前らに合うやつを」


 ルリの耳がぴくんと跳ねる。


「ローブ!?わ、わし……新しいの……着てみたいのじゃ……!!」


「お前はすぐ染みをつけるから、替えが多い方がいいだろうが」


「ぬぬっ!? 余計なお世話じゃ!!」


 ルーフェンは少し笑いながら、テキパキと皿を並べる。


「グレン。勿論お前のも買うからな。魔法なしで影星?流石じゃないか。心機一転、新しいローブで勉学に励めよ」


 グレンは素直に頭を下げた。


「ありがとう……ほんとに、ありがとう」


「礼はローブ買ってからでいいぞ」


 三人で囲む食卓は、いつもより少し明るかった。


 初日の不安も、悔しさも、寂しさも消えてはいない。


 だが温かい夕食と、週末の約束と、

 居場所のある家があれば――


 扉はすぐ、目の前にあった。

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