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五話 噛み合う前のひととき

  宿を出ると、朝の陽光が石畳の通りを黄金色に染めていた。

 城下町はすでに人々であふれ、ざわめきと活気が満ちている。


 遠くには白い壁の大城――アストラル王城がそびえ、風車の羽が風を受けてゆっくりと回転していた。


 露店の旗がひらひらと揺れ、商人たちが威勢よく声を張り上げる。


「おいでおいで! 朝摘みの野菜だよ!」

「焼きたてのパンだよ! 温かいうちにどうぞー」


 焼けたパンの匂い、新鮮な果物の甘い香り、馬車の軋む音に子どもたちの笑い声――


 すべてが混ざり合い、活気という言葉をそのまま表現したみたいだった。


 そんな喧騒の中、ルリはすっかり目を奪われていた。


「……これが、人の営み……なのじゃな……」


 彼女の碧髪が風に揺れ、光を受けてきらきらと輝く。ただ立っているだけで、町の風景に溶け込み、そこだけが一枚の絵画のように浮き立って見えた。


 儚げな横顔。

 頬を撫でる柔らかな風。

 薄い衣が揺れ、肩が小さく震える。


 グレンはしばし言葉を失い、思わず呟く。


「……絵になる風景だな」


「む? 何を言っておるのじゃ、グレン?」


「いや……なんでも」


 グレンが思っていた以上に、本音が漏れ出ていた。







 朝の活気が満ち始めた城下町へ出ると、通りにはパン屋の香ばしい匂いと市場を準備する商人たちの声があふれていた。

 グレンとルリは並んで歩きながら、自然と今後の話題へと移っていく。


「さて……これから、どう動くかだな」


 グレンがぽつりと呟く。

 ルリは歩みを緩めて、長い碧髪を揺らしながら空を見る。


「――神の世界へ、行かねばならぬ。この身の記憶を取り戻すためにも……」


「けど、今の俺たちには手がかりが少なすぎる。王城に入れれば何かわかるかもしれないけど……」


 言葉を切り、グレンは苦笑する。


「普通の人間が気軽に入れる場所じゃないしな。勇者の肩書きも、もう俺にはないわけだし」


 ルリは困ったような顔で両手を胸の前に組む。


「神々の門がどこにあるかも知らぬ。アーティファクトがどこにあるかも……すまぬ、わしなにも思い出せぬのじゃ」


「いいよ、気にすんな……俺だって、持ってる情報はほとんどないしな」


 ふたりは暫く沈黙しながら通りを歩く。

 しかしその沈黙の中で、グレンの脳裏にふとある光景が浮かんだ。


 ――王城の奥深く、巨大な扉の向こうに眠る宝物庫。


 そこには、神の遺したアーティファクトがいくつも保管されていたはずだ。

 勇者として王を護衛した任期のある日、特殊任務で一度だけ入ったことがあった。


「……あ」


 グレンが足を止めた。


「む? どうした、グレン」


「ルリ、王城の宝物庫に……あった……神の世界へ行くためのアーティファクトが」


 ルリの碧い瞳がぱっと開かれる。


「ほんとうか?」


「ああ……間違いねぇ。勇者として王の護衛に付いたとき、一度だけ中に入ったことがある。あれは……普通の道具じゃなかった。明らかに感じたことのない量のマナの香りがした」


「ならば、そこへ向かえば――」


「でも問題は、どうやって王城に入るかだ」


 ふたりの眉間にまた重い皺が寄る。


「行商人はどうじゃ」


 グレンは一瞬で却下する


「だめだ。王城の区域、一環にはいれる行商人なんて片手で数えるほどしかいねぇ」


 ルリはうー、と頭に手をつけながら考え込む


「なっ、ならばっ、護衛の騎士として!!」


「だめだ、相当な魔力が必要だし、そもそも魔力が扱えない俺が入れるわけがない」


「なんじゃ、なんじゃ。否定ばっかしおって、わしの知識じゃどうせいい考えは何もでてこんのじゃぁ〜」


 ルリはわざとらしく泣くふりをする。少しふざけ始めているのは明白だった。


 そんな中、グレンはルリをみて見ぬふりをしつつ辺りを見回す。そこで、一つの大きな建物が目に入った。


「……そうだ。王立アストラル・オルディア魔法学園。あそこだ……学期末に成績上位者だけが王城へ招かれて、王との謁見を許されるイベントがあったはずだ」


「成績上位者……」


「手っ取り早くはねぇけど、確実だ。どうにかして学園に入って、上位に食い込めば……王城に入って宝物庫に近づける」


 ルリは一瞬の静寂のあと、微笑む。


「それならば……わらわも、学園に行くのじゃな? グレンとともに」


「もちろんだ……ここにルリを置いていく理由なんて、どこにもねぇよ」


 ルリの碧髪が風に揺れ、露店の光を受けてきらりと光る。


「ならば、まずは見に行ってみよう。見学でもできれば、雰囲気もつかめるやもしれぬ」


「だな。行ってみるか、アストラル・オルディア魔法学園へ」


 こうしてふたりは進路を定め、城下町の中央通りから学園へ続く坂道へと足を向けた。







 上り坂の先に学園はそびえ立っている。商業が盛んなこともあって、ここオルディアは露店や商人が細い道に所狭しと並んでいる。


 露店を少し見て回りながら、ルリはまるで子鹿のようにそわそわしていた。


「こ、これ全部……食べられるものなのか……?」


「だいたいな。あっ触るなよ、買う前に触れると怒られるからな」


「な、なるほど……!」


 興味津々でうろうろするルリ。

 そんな彼女に、果物屋の女将が声をかけた。


「お嬢ちゃん、その髪、きれいだねえ。どこから来たんだい?」


「え、えっと……むむ……どこじゃったかのう……?」


 記憶喪失のことを忘れ、ルリは目を白黒させる。


「田舎からです。ちょっと事情があって」


 グレンがさりげなく助け舟を出す。


「あらそうかい。はい、これ味見してごらん」


 女将は小さく切った果実を差し出した。


「よいのか……!?」


「味見くらいタダさね。遠慮しないで」


 ルリは一口かじった。


「……っ……あ、甘い……! これは……天よりの恵みじゃ……!?」


「はは、ずいぶん素直なお嬢ちゃんだねえ」


 女将は楽しそうに笑う。

 ルリもまた、嬉しそうに胸の前で手を合わせた。


「ありがとうございますなのじゃ!」


 大きな声で礼を言う彼女に、周囲の客までほほ笑んだ。


 グレンはそんな光景を少し距離を置いて眺める。人混みの中、ルリの碧髪はひときわ目立ち、光を受けゆらゆらと揺らいでいた。


 まるで――

 この世界にまだ汚されていない存在のような。


 それをみて、昨日までの景色がフラッシュバックする。


「だれが、ダンジョンの奥底に閉じ込めてたってんだよ、酷すぎるだろ」


 胸の奥に、静かな怒りがふつふつと湧く。


 だが、ルリが振り返ってふわっと笑うと――

 その怒りはどこかへ消え去った。


「グレン! 市場というのは、楽しいところなのじゃな!」


「ああ。お前が楽しそうでよかったよ」


 二人は楽しそうに、学園へと足取りを進めるのであった…






 学園に近づくにつれ城下町の喧騒は静まり、代わりに魔力の密度が高まるような空気が満ちていく。


 白く輝く大門の前に立った瞬間、ルリはまたも感嘆の声を漏らした。


「おおお……! なんと立派な門じゃ……!」


「ここが、王立アストラル・オルディア魔法学園だ。ただ、許可なしじゃ多分入れないから――」


「そこのふたり、止まりな!」


 鋭く通る声が飛んだ。


 現れたのは、金髪のポニーテールに鎧姿の女警備員――ルーフェンだ。


 実はグレンは彼女をみたことがあった。勇者時代に一度だけ、任務を共にしたことがあったのだ。少し驚いて表情を崩しそうになるも、冷静を保つ。


「……見学希望かい?」


「はい。中を少し見させてもらえればと」


 グレンが丁寧に返すと、ルーフェンはふたりを視線でなぞる。

 その表情は、言葉を選んでいるように微妙に動いた。


「悪いけど……無理だね」


「な、なぜじゃ?」


 ルリは無邪気に尋ねる。

 するとルーフェンはため息をつき、指を二本立てた。


「理由は二つある。一つ、服装。あんたたち……どう見ても旅の途中でボロボロ。うちの生徒や教師が騒ぐ」


 そしてもう一つ、と言って視線をルリへ向ける。


「……リンゴを持ったまま学園に来る子は、さすがに見たことがないよ」


「むっ……!」


「しかも、口に果汁ついてるしね」


「ぬぬっ……!?」


 ルリは慌てて口元をぬぐうが、その動きすら子どものようで、ルーフェンは思わず苦笑した。


「まあ、嫌で追い返してるわけじゃない。ただ、規則なんだ。学園を見たいなら、まず身なりを整えてから正式に来てくれ」


「そうですよね……すみません。また来ます」


 グレンが頭を下げると、

 ルーフェンは気まずそうに頷いた。


「本気で入学する気なら、その時は邪魔しないよ。……気をつけて帰りな」


 ふたりは学園門前を離れていく。


 ルリは少ししょんぼりしていたが、

 グレンは前を見据えていた。


「……やっぱり、入学するしかないな」


「うむ。わし、今度はリンゴをつけて行かぬよう気をつけるのじゃ!」


「……いや、まずは服を買うところからだろ」


 そんなやりとりを交わしながら、

 ふたりは新たな決意と共に、学園からの道を戻っていった。

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