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四十話 まだ、先の未来で

「女……?」


 グレンは間抜けな声を上げる。


 この剣戟の力、スピード、そして外見。何処を取っても女性らしさの欠片はない。


「えっ?だって喉元見てよ、喉仏はないし声質も女性のそれだよぅ」


 なぜ?と言った感じでリーネは首を傾げる。グレンはそれを聞いてもわからず、黒装束を再度見回す。


「……性別などどうでもよかろう。じつにくだらない」


 黒装束は表情が見えぬ衣装の下でどのような顔をしているのだろうか。動かぬ眼でじっとこちらを見つめてくる。


「リーネ、詠唱は難しい。マナに集中している間に距離を詰められる」


「じゃあ私が囮になろうかっ?」


 さも当たり前かのように声が飛ぶ。


「いや、同時に詰めよう。二撃を避けるのは相当困難だろう」


 言葉が切れ、瞳が合った途端に二人は走り出す。まるで、昔からバディを組んでいたかのような滑らかな連係。


 一切の合図も交わしていない。それでも、進む角度も詰める距離も、寸分の狂いがなかった。


 先に動いたのはリーネだった。


 踏み込みは浅いが極端に速い。


 剣を振るう――その途中、彼女はその軌跡を曲げる。刃を寝かせるように滑らせ、黒装束の視界を横切らせた。


「……っ」


 黒装束の反応が、一瞬だけ遅れた。

 その刹那。グレンの剣が、影の死角から差し込まれる。


 体のド真ん中を狙った、最短の一撃。


 ギィン!


 火花が散り、剣と剣が激しくぶつかり合う。


 押し返される勢いを利用し、グレンは半歩下がる。


 その空いた半歩に――

 今度はリーネが滑り込んだ。


 一閃。素早い振りに反応しきれず、大きく後ろに飛ぶ。


「聖教騎士団の隊長と元勇者ね。流石にちょっと面倒くさいな」


 そういって黒装束は、靴をそこらに飛ばす。


 もちろん対峙している二人の頭にはハテナマークが浮かぶ。まるで何をしたいのか、想像もつかなかったからだ。


「お前ら、覚悟はできたか」


 冷たい声が流れ、黒装束は足袋と思われる衣服をもう片方の足で踏みつけ、脱がす。


 足が顕になった。


 そして――


「……それは」


 グレンは息を飲み、奴の足元に目が奪われる。


 そこには、グレンが付けているものと全く同じ、指輪があった。


「ふん……」


 それ、は片方の足を巧みに操り、指輪を取ろうと踏みつける。そしてグレンは瞬時に悟った。


 ――指輪を取らせたら、終わる。と


 そして反射的に地面を蹴る。その瞬間だった。


 空間そのものが、縫い止められたかのように。


 ――ズンッ


 重い衝撃が、足元から伝わってくる。


 黒装束の足元。まさに指輪へと伸びようとした、その位置に――


 一本の剣が、深々と突き立てられていた。


 それは肉を完全に貫通し、赤黒い染みを作っている。


「……っ」


 黒装束の動きが、完全に止まる。そして木の上から声がかかる。


「……やりすぎだ」


 どこから現れたのか、誰も分からなかった。気配も、予兆もなかった。


 ただ、そこに誰かがいた。


「介入は最小限、って言っただろー」


 少し、おちゃらけたような声が響く。


 黒装束は、剣を見下ろし――

 ゆっくりと、ため息を吐いた。


「邪魔をするな。次は殺すと言ったろう」


 剣の主は、肩をすくめる。 


「邪魔じゃないさ。俺たちは一時的に観るだけに留めるって約束したろう」


「お前と約束なんぞした覚えはない」


 一瞬、空気が張り詰めた。


 リーネは無意識に、グレンの前へ半歩出る。

 理由は分からない。ただ、危険だと身体が理解していた。


「……ねえ」


 小さく、しかしはっきりと問いかける。


「あなたたち、何者?」


 その問いに、二人は同時に視線を向けた。


「答えると思っているのか?」


 剣の主が、低く息を吐く。


 そして、まるで独り言のように呟く。


「だから嫌いなんだよ、ヴァッサーゴ」


 その名が、空気に落ちる。


 リーネとグレンは、同時に息を呑んだ。


 名前そのものに、意味は分からない。

 だが――


 世界の裏側をうっかり聞いてしまった。そんな感覚だけが、確かに残った。


 黒装束はわずかに眉を寄せる。


「……うるせぇよ……グラシャラボラス……」


 互いの名が、初めて交わる。それだけで、森の空気が一段、冷えた。


 黒装束を着込んだ女――ヴァッサーゴは足にささった剣を抜いてそれをルリの方に向ける。


「光の残穢が見えたんだよ、で、きてみたらこれだ」


「別に、普通に見えるが?」


 グラシャラボラスと呼ばれた男は、ルリらを一瞥すると興味なさげに視線を外した。


「想定外だろう!光はここにあってはならない。勇者を殺し、あいつも殺す。それがこの世界にとって最良の選択なんだよ!」


「君の最良が、他人の最良だとは限らないだろう」


 しゃがみこんで、くつろいだ様子で男は嗤う。手は既にだらりと落ちていて、リラックスしている様子だ。


「……クソッ!後悔しても知らんぞ!」


 ヴァッサーゴは踵を返し、スタスタと歩く。血は既に止まり、淀みのない速度で歩いている。


「まぁ、そういうことだから、またね。あと、この事を口外したら君等全員殺すから」


 男は少し笑うと走って黒装束のもとに駆けていく。


 影が少しづつ遠ざかり、いつしか見えなくなる。


 グレンら学園生徒達には理解も、整理も追いつかないままに、長い沈黙だけがいつまでも訪れていた……






「なっ……なんなんですの……」


 とりあえず得られた安全に、セラフィナはその場にへたり込む。


「大丈夫か?」


 そばにいたグレンが駆けつけ、手を差し伸べる。しかし、返ってきた言葉は重かった。


「触らないでくださる……」


 か細い声で、けれどはっきりと拒まれた。

 セラフィナは身をすくめ、胸元を抱きしめるようにして俯く。

 グレンは一瞬、言葉を失い、差し出したままの手をゆっくりと引いた。


「……すまない」


 短くそう言って、拳をぎゅっと握りしめる。


「俺たちは……何に目をつけられたんだ……」


 ライオットが、蒼白な顔のまま、二人が去っていった森の奥を見つめていた。

 その視線は、敵を追うというより――

 まだそこに何かが残っているかを確かめるようだった。


「とにかくだ」


 沈黙を断ち切るように、リーネが一歩前に出る。


「私が仲間に連絡する。聖教騎士団で全員を保護するのが最優先だ」



 隊長としての判断。ここで迷ってはいけないという、覚悟の声音。


「……ダメだ」


 迷いのない声で、グレンがそれを遮った。


「何故だ!?何を言っているんだ、勇者よ!」


 リーネの声が荒くなる。

 だが、グレンは視線を逸らさなかった。 


「学園対抗戦の時も、俺は襲われた」


 一言一言を、噛みしめるように続ける。


「……あいつらの戦闘力は、常識の範囲を超えてる。

 さっきの言葉も……脅しじゃない。たぶん、本気だ」


 一瞬の沈黙が走る。


「……つまり」


 ライオットが、喉を鳴らして言葉を継いだ。


「皆殺しにするってのも……」

「……ああ」


 グレンは、はっきりとうなずいた。


「だから、この件は……俺たち以外、誰にも言うな」

「そんな……」


 リーネが言い淀む。


「言っちゃ……駄目だ」


 グレンは、もう一度だけ、強く言い切った。


 対峙したからこそわかる異常性。魔法を一切使わずに勇者と聖教騎士団の攻撃を完璧に防いでみせた。


 そして、誰にも気づかれずにグレンらの上に陣取っていたグラシャラボラスという男。


 理解の範疇にない純粋な恐怖がグレンに、その場全員の人間に襲いかかる。


「そもそも……」


 不意にセラフィナが、小さく、掠れた声を出す。


「貴方が何故ここに……元勇者グレン」


 ほんの少しのざわめき、そして懐疑的な瞳の数々。


 ざわ……と、小さな波紋が広がるような空気の揺らぎ。


 しかし――その時だった。


「……っ」


 小さく、息を呑む音。


 リーネが振り返るより早く、ルリの身体がふらりと傾いた。


「ルリ!」


 グレンが即座に駆け寄り、抱きとめる。氷のように冷たい。生きている心地のしないほどの凍てつきに顔を強張らせる。


「馬車を……早くっ」


 全てから逃げるように、グレンはルリを抱きかかえたままにそこから飛び出した。


 背後では、突き刺さるような視線が、いつまでもいつまでも背中に振り注いでいた……


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