三十九話 共闘
グレンは静かに、剣を下ろした。誰もがゴクリと息を呑む。
次の一撃が来ると、全員が思っていた。だが、来ない。
目の前の黒装束も、早くしろと言わんばかりに剣を地面に突き立てている。
風が、止まったように感じた。
「……ルリ」
小さな声で、それだけを呟いて、グレンは指輪がある場所に手を伸ばす。
指輪に触れた瞬間、それが拒まなかったことに、彼自身が一瞬だけ目を伏せた。
――俺が、全員守る。そうだろ?
カチリ、と小さな音を立て、指輪は自然に外れ地面に落ちる。
「ようやくお出ましか!アステラフレア!」
死角から現れた黒装束が突如、グレンの頭めがけ剣を振るう。
通常ならば絶対に避けられない、そんな速度。
しかし、今は違った。
ガキィン!
はっきりと、剣が重なる音が響き、砂煙が舞い上がる。
ゆっくりと、しかし確実に砂煙は薄くなり、本当の現実をあらわにする。
「……どういう……ことだ」
誰かが呟いた。
黒だったはずの髪が、光の加減ではなく、はっきりとした深紅へと変わっている。
そして――
グレンが目を開いたその瞬間。金色の瞳が、森の中で静かに燃えた。
立っているだけで、空間の重さが変わった。
「……ば、かな……」
始星の誰かが、震える声で呟く。
――影星の、落ちこぼれ。
――無魔力
――ただの補欠
その全部が、今この瞬間音を立てて崩れ落ちた。
グレンは剣を構え直す。動作は、驚くほど自然だった。
「俺が相手だ」
自然と口にしたそのセリフがヒュウッ、と流れる空気に混じる。
「なんで……」
「どういうことだよ」
ライオットとセラフィナは、顎が外れるほどに口を開き、絶句している。
グレンと黒装束が、一つのステージを作り上げていた。それは、どちらかが死ぬ最悪のコロシアム。
黒装束が口を開く。
「ようやくか!それでこそ勇者だ!これで心置きなくお前を殺せる」
喋りながら、剣を突く。
「お前は何を知っている!フォラスとは何者なんだ!答えろ!」
グレンは剣を弾き、薙ぐ。空を切るも、黒装束を一歩引かせる事に成功する。
またも黒装束が、踏み込む。
一歩で距離を縮め、肘、手首、膝――人体の止まる箇所を的確に斬りにくる。
グレンは下がらない。一歩でも下がれば、人質の列に線が伸びる。
ガキ、ギン、ギィン――!
刃が触れるたび、火花が散る。勇者に戻ったのはいいが、剣を置くのがやっとだった。
それほどまでに、最短で、かつ最速で剣を振るう相手と対峙するのは骨が折れた。
「その程度なのか?」
黒装束が剣を止める。まるで、期待外れとでもいうように息を漏らす。
「ならば、これはどうだ」
角度を変え、グレンとは別の方向に剣を振るう。その方向にいるのはセラフィナ――水属性最強の一族。
「なっっ――」
咄嗟のことにセラフィナは腕を上にあげ、防御体制を取る。刃の一撃など、守れるはずがないのに。
「紅よ護れ!フレイムウォード!」
咄嗟に唱えた魔法によって、振り下ろされた斬撃は構えた腕の数センチ手前で止まる。黒装束はチィッ!と舌打ちをすると、再度一歩手前に後退した。
「なんだお前。まさか、全員を守ろうとしてるんじゃねぇだろうな」
「そのまさかだ」
ハッキリと結論を口にする。
「それがどれほどまでに絵空事な事だかわかっているのか勇者よ!!」
黒装束はため息をつくと、哀れだとでも言いたげに剣を下ろす。
「紅よ奔れ――」
「聞いちゃいねぇか」
ガッッ!
地を蹴り、眼前に迫る。詠唱すら間に合わない速度。グレンは咄嗟に身を捩るも、肩が削がれ肉が落ちる。
「クソっっ!」
元の力を手にしたのに、魔法を使わぬ何者かに翻弄されている。誰も手は出さない。いや、出せなかった。
あまりの力の差に、目すら追いつかないのだ。かく言うグレンもギリギリ追い付ける程度なのだ。ただの学園生徒が対処できるわけがない。
「迷ってるのか?」
それ、はもう既に目の前に来ている。咄嗟に構えた剣は簡単に弾かれ、同時に膝へと衝撃が走る。
蹴りだ。
内側から抉るような一撃に、体勢が崩れる。
「っ……!」
足に全力を込める。
倒れれば、その背後にいる生徒たちが死ぬ。
グレンは無理やり踏みとどまり、逆手で突きを放つ。
しかし――
黒装束は、紙一重で躱し、剣の峰でグレンの顎を打ち上げた。
世界が、跳ねた。
視界が揺れ、血の味が口に広がる。
「遅い。太刀筋に迷いがある。守る相手は選ぶべきだ」
その声は、やけに近かった。瞬時に腹部に衝撃が走る。
空気が肺から叩き出され、体が後方へと吹き飛ぶ。
地面を転がり、土と草が顔にかかる。
「グレン!!」
ルリの叫び声がやけに響いて聞こえてくる。
剣に縋り、無理やり立ち上がる。
黒装束は、わざとらしくため息をついた。
そして、剣先が――再び、生徒たちへ向く。
「お前はどいつを見捨てる?」
黙るグレンをよそに、舌なめずりをしながら剣の切っ先を生徒に指す。
「命のやりとりは美しい。そして、その命が潰える瞬間は、もっと美しいッッ!」
地面を蹴り、剣を振るう。名も知らぬ生徒だが、命を守らぬ理由にはならない。
グレンは目を凝らしながら、正確に詠唱する。
「紅よ護れっ!フレイムウォード!!」
またもギリギリで剣を受ける。ガキィン!と激しい火花を散らし、剣は後ろに跳ねる。
常に押された状態が続く。少しでも判断を誤れば、瞬時に誰かがあの世行きだ。
「ハァッ……ハァッ……」
少しづつ、押されてきている。このままじゃジリ貧だ。いつか必ず限界がくる。
グレンは目を凝らす。対象を絶対に逃さぬように。
奴……は息切れ一つせずグレンの数歩先でただ立っている。明らかに、余裕がありそうなのは一目瞭然であった。
守っている。
確かに、守れてはいる。
だがそれは、削られ続けながら、ただ時間を引き延ばしているだけだ。
肩の傷が熱を持ち、視界の端がわずかに滲む。
呼吸の一つ一つが、肺を擦るように重い。
黒装束が、ふっと視線を逸らした。
その先にいるのは、震えながらも立ち尽くす生徒たち。
――少し、遅れた
グレンは咄嗟に反応するも、コンマ一秒のズレにより、誰かの死が確定した。剣先がとある男子生徒の眼球めがけ振り下ろされる。
間に合わない……グレンに諦めという感情が産まれた、その時だった。
――キンッッ
澄んだ金属音が、その場を切り裂いた。
「あっぶな〜っ……間に合ってよかった〜。だいじょぶ?」
柔らかなカールがかかったハニーブランドの髪を上下させ、一人の女性がきらりと片目でウィンクする。
「久しぶりぃ、勇者としてのグレン。元気してたぁ?」
「リーネさん……お久しぶりです」
「第七隊隊長として、見てるだけってのも癪だったからねぇ」
リーネ第七隊隊長は今回の訓練に監視役として同行していた職員の一人だ。全部のクラスを監視するのかとグレンは少し気怠がっていたが、こんなにも感謝できる日が来るとは思いもしなかった。
「なんだ貴様は」
黒装束がチィッ、と舌打ちする。しかし、それを無視するようにリーネは続ける。
「ルーフェンには正体あかしてるのぉ?彼女多分あなたのことが……」
「お前も殺してやる」
合間に入る黒装束。
「ちょっと……話の途中でしょうがー」
拍子抜けするほどに間の抜けた声が辺りに流れる。マイペースここに極まれりといった性格がこの状況では役に立っていそうだ。
ガキンと難なく剣を受け止めると、彼女は大きく口を開いた。
「めんどくさい女は嫌われるんだよ!」




