三十七話 すれ違い
ガタン、と列車が停車し、次々に人が乗り込んでくる。
アストラルラインは位が高い人間専用な為、乗ってくる人皆、服装だけでわかる位には煌びやかだ。
二環、三環、四環と下るたびに乗り込む客は極端に減っていく。下に用があること自体少ないのだろう。
じきに庶民区である五環停車口が見えてくる。普段なら人はおらず通り過ぎる区画だが、人影が見えたのか列車はスピードを落とし、停車口にぴったり止まる。
「あっ」
乗ってきたのは純白のローブを胸に抱えたルリだった。思わずグレンの口から声が漏れる。
それに気づいたのかルリはハッ、と顔を上げると、何も言わずグレンと対角線状にある椅子へと駆けていった。
一瞬の沈黙が流れる。
真隣に座るライオットがグレンの肩を叩く。
「別れたのか?あいつと仲良かったよな」
「いや、付き合ってるわけじゃないけど……なんか気まずくてさ……」
はあっ、と大きなため息をつき、両手で頭を抱える。
少し距離が空いただけでこんなにも話しにくくなってしまうとは、思いもしなかった。
「どうすればいいのかな……」
グレンがポツリと呟くと、ライオットは腕を組みながらこういった
「星夜祭に誘えば良いんじゃねぇか」
「それは……何?」
学校のことをほとんど知らないグレンは首を傾げる。
「クラスごとに出しもんするんだよ。飲食店がメジャーか?でな、夜にパートナー連れて中庭に集まるんだよ。ここでの言い伝えでな、七月七日の星空で願い事すりゃそいつらは結ばれるって言われてんだよ」
怪訝そうな顔でグレンはライオットを観察する
「ライオットってロマンチストなのか?」
「ちげぇよ、ただ、そういった噂があるってだけだ。学園内にな」
グレンは顎に手を添える。そこでルリを誘えば、仲を戻すことは出来るのだろうか……しかし、そもそもに住む場所が離れていては再度心の距離も離れてしまうのではないか。
「はやくしねーと、誰かに取られちまうかもしれないぜ」
ライオットは笑う。
しかし、それとは逆に――
グレンの顔は、真っ青に染め上がっていた。
考えたことなどなかった。ほかの人間に誘われる可能性があるとは……
グレンはほかの誰かと仲良く歩くルリを想像する。
率直に言うと、死にたくなった。
足を開き、その間に頭を埋める。ライオットに人差し指でつむじをグリグリされるも、今は何も言い返せる余地がなかった……
六環の入り口に停車する。
外には重厚な木製の馬車が等間隔で並んでいる。
飾り気はなく、一目で実務用だとわかる。
「行くぞ」
始星教室ゼルシスが馬車の前で手を振り案内する。
グレンは、すでに決まったメンバーで固まり、馬車に乗り込んだ。
ガタリ、と馬車が動き出す。外の景色は次第に荒れ、畑が途切れ森へと変わっていく。
ガタリ、と車輪が揺れる音のみが響き渡る。誰もが、これから向かう場所を理解していた。
Cクラスダンジョン。
簡単ではない上に、死が日常に点在する場所。
――だが
グレンの胸に残っているのは、魔物への不安ではなかった。
「あまり暗い顔をするのは辞めてもらえます?」
セラフィナがふと、悲しげな表情で訴える。
「あぁ……」
グレンは、頭を振って雑念を振り払おうとするも、その表情は、苦悩に満ちていた……
「着いたぞ」
御者が手綱から手を離す。
馬車のカーテンを開け外へ出ると、深い木々に囲まれた森が現れる。
近くには岩に囲まれポッカリと口を空けたダンジョンと、ポツンと一件だけ立つ宿が見て取れた。
「ダンジョンってやつは存在そのものを破壊しない限りモンスターが湧いてくる。だから大抵それを狩って抑制するために、拠点となる宿がある」
横からゼルシスが現れる。ポケットに手を突っ込み、余裕そうに首を鳴らす。
「お?じゃあSランクダンジョンとかにも宿あんのか?危なくねぇか」
ライオットが不思議そうな表情で尋ねる。
「Sどころか……Aですらない場合が多いな。理由は単純明快、宿にいる冒険者や管理者にすら対処しきれない場合があるからだ」
鋭い眼光をそのままに、ゼルシスは洞窟の方向に目を向ける。
深い森にひっそりと鎮座するそれは苔むした岩で覆われている。しかし、通りは人が歩いているのか雑草一つ無い。
そして、少し離れた森の中に、不気味にそびえ立つ一軒の宿が見えた。
看板には梟の宿り木と書いてある。隠れ家的なイメージで建てたのだろうか。
「まぁ、とりあえず宿に移動だ。ついてこい」
そんな号令が放たれ、ぞろぞろと生徒は移動を開始する。
宿の扉は建て付けが悪いのかギィィ……と不快な軋みを鳴らしながら開く。中は、思いのほか綺麗で整った空間が広がっていた。
「……雰囲気あるわね」
セラフィナが先頭に立ち辺りを見回す。
対面に、カウンターと思わしき場所から老婆が出てくる。
「よくぞいらっしゃった」
店内には他の人影は見えず、閑散としている。
「人がいないわね」
セラフィナが心の内を隠すことなく紡ぐ。
「人気のないダンジョンだから仕方あるまい。毎年錯乱状態で飛び出してくるやつが後をたたんからの……」
老婆は苦虫を噛み潰したような顔で、ダンジョンの方へと顔を向ける。
「まぁ、そういうこった。ここは敵が強いというより、精神汚染が強い特殊なダンジョンなんだ」
ゼルシスが前に出る。セラフィナの無礼を詫びるためか、はたまた単純な挨拶の為か、一つ大きく礼をする。
「これが各部屋の鍵じゃ……あまり人もこんから、ここいらの席で作戦会議でもなんでもするがよい」
「まぁ、そういうことだ。班はもう決まってるはずだ。とりあえず今日は作戦会議を煮詰めて明日出発する」
それぞれの班が、自然と散っていく。
椅子を引く音。
紙を広げる音。
誰かが笑う声。
宿の中は、一転して明るいものへ変わる。
グレンは、自分の班の席に腰を下ろしながら——
無意識に、視線を動かしていた。
視線の先、宿の奥側……
そこに、ルリの班がいた。
彼女は、班の中心に立っていた。
腕を組み、少し胸を張って、何かを話している。
「――だから、無理は禁物なのじゃ。精神汚染がある以上、深追いは禁物じゃ」
その声は、いつも通りで。少し偉そうで。でも、どこか楽しそうで……
周囲の生徒たちも、頷いている。笑っている者もいる。
それを見た瞬間、胸の奥が、ぎゅっと音を立てて縮んだ。
知らなかった。ルリが、こんなふうに話しているところを。
他の誰かと、自然に輪の中にいるところを。
自分がいなくても、彼女は、ちゃんとやれていた。
それどころか——
楽しそうに、前を向いている。
グレンは、ふいに視線を逸らし、卓上の紙に目を落とす。
書かれている文字は、頭に入ってこず、胸の中で何かが静かに崩れていく。
止まって、迷っているのは俺だけなのだろうか。
進んでいたのは、ルリの方だった。
置いていかれたのは、自分だった。
「どうなさいました?」
セラフィナの声で、我に返る。
「聞いてます?」
「あ……ああ、ごめん」
会話は何も頭に入ってこなかった。ぼうっと、ただ時が過ぎるのを待つ傀儡になっていた。
「まぁ、俺らならどうとでもなるだろ」
ガシャンとライオットが席を立つ。どうやら、これ以上会議を続けても無駄だという判断を下したのだろう。
グレン自身も、生気が抜けた人形のようにふらりと席を立つ。
最後にちらりとルリに目をやる。
声をかける理由なんて、いくらでもあったはずだ。
今日の作戦のこと。
明日のダンジョンのこと。
星夜祭のこと。
それとも、ただ大丈夫かと聞くだけでも。けれど、足は動かなかった。結局、グレンは何も言わず、背を向けた。
宿の二階、割り当てられた部屋。簡素な寝台と、木製の机。
窓の外では、森がざわめいている。風が枝を揺らし、どこかで梟が鳴いた。
眠れなかった。
目を閉じると、昼間の光景が浮かぶ。
楽しそうに話すルリ。
輪の中心にいる彼女。
自分の知らない表情。
——俺は、何を怖がってるんだ。
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
瞳を閉じても、瞼の裏にはルリとの思い出が広がっていた。
冷たい朝の空気が、肌を刺す。
眠らないまま迎えた朝は、身体の奥まで鈍く重かった。
「大丈夫か? 目の下、真っ黒だぞ」
岩に腰掛けたライオットが、呆れたようにため息をつく。
「あぁ……平気だ」
グレンは短く答える。
平気なわけがないことは、自分が一番わかっていた。
「ほら、行くわよ。着いて来なさい」
セラフィナは振り返りもせず、さっさと歩き出す。
その背中は、もう完全に実地訓練のものだった。
結局、一睡もできなかった。痛む頭を抱えながら、それでも足は前へ進む。
そして今——
苔むした岩に囲まれ、ぽっかりと口を開けた洞窟の前に立っていた。
空気が、違う。
森のざわめきが遠のき、代わりに冷えた沈黙が肌にまとわりつく。
ここから先は、訓練ではなく、ダンジョンだ。
グレンは無意識に、剣の柄を強く握りしめた。
——考えるな。
——今は、やるべきことをやれ。
仲間たちが先に足を踏み入れていく。
その背中を見送りながら、グレンは一拍だけ遅れて一歩を、踏み出した。




