三十六話 始星と影星
気がつけば、もう六月の中旬だ。
今日から、始星に合流して実地訓練が行われる。
「ふぁ〜あ」
グレンは大きいため息をつくと、バルコニーの縁によりかかる。
最近、上手くいかないことばかりだ。
説明もなしに始星寮に行ったことに、彼女らは怒っているのだろう。
話す機会も少し減り、今はすれ違った時に軽く話す程度だ。
ルリとも、一緒に下校はしなくなった。
たまに見る彼女は、ずっと思い詰めたような顔をして、何かを思考しているようだ。
グレン自身、この状況を打破するために色々試行錯誤していた。
しかし、何をすれば皆とまたうまく話せるか、わからなかった。
ガシャン!
隣で音が響く。これも、一つの日常になってしまっていた。
「おはよう、ライオット」
「おうよ」
不器用でちょっと口も悪いけれど、話してみたら意外と良いやつで、グレンはこの場所で唯一と言っていい、くつろげる空間になっていた。
「お前すげぇな。前のやつは三日で逃げたってのによ」
「うん……音程度なら気にならなくなってきた。そんなんより人のほうが怖いよ」
グレンは遠くの景色を見つめる。
風に揺られただ靡く木々。
自由に飛び回りながら飛ぶ鳥たち。
何にも邪魔されず、いつ見ても確実にそこにある山々。
「人間って難しいよなぁ……」
グレンは思わず呟いた。
訓練へ行く為の準備が終わり、部屋を出る。歩き出そうとした瞬間、隣のドアが開かれた。
「おう、ちょっと待ってくれや」
ライオットだった。今日から実地訓練な事もあり、共に行ったほうが楽だろう……そんな思考を片隅にグレンは歩みを止めた。
「あっ、ああ……なんで急に俺と?」
「あ?」
ライオットは睨みつけるようにこちらを見下ろす。
普通の人ならこれでビビってしまうだろう。しかしグレンは何も言わずにそこに立ち続ける。
数秒後、ライオットは話しだした
「まぁ、気分か?細けぇこたぁ良いじゃねぇか」
そういって、グレンの肩に手を回す。
数日話して気づいたことだがライオットは会話の合間に若干のラグが発生する。
最初は睨みつけられて怖いと思っていたが、実はそれが思考している時間だと気づいたのはつい最近だった。
「今日のダンジョン、Cクラスだってな。まぁその程度なら俺の衝撃には敵わんよ」
そういってライオットは両腕に力こぶを作る。
「あぁ、頼りになるよ」
グレンは素直にライオットを褒める。そういった純粋な称賛が彼に刺さったのだろう。妙に仲良くなり今に至るわけだ…
「じゃあ行こうぜ」
そう言ってライオットはズカズカと歩き出す。彼と共にいると明らかにヒソヒソと話す声が減る。彼のような名家出身の影響はやはり多大だ。
無駄に綺麗なレッドカーペットを進み外へ出る。
始星の生徒たちを横切り外へ出ると、門の近くにセラフィナが寄りかかっているのが見えた。
「おうよセラフィナ!今日はなんでこんな所いるんだ」
セラフィナの肩に腕を回す。最初は付き合ってるのかと思っていたが、これもライオットのノリだと言うことに気づいた。
なんなら、セラフィナは回された腕を見て眉間に皺を寄せている。おそらく内心では嫌がっているのかもしれない。
「まぁ、チームになるのなら一緒に行かなくちゃいけないと思っただけですわよ」
「おう、そうだな」
ガハハと豪快に笑いながらライオットは先頭を歩き出す。セラフィナは全く……と呟きながら後ろについていく。
「でよ、今日行くCクラスダンジョンって難しいのか?」
ライオットが首だけ後ろに向けながら聞く。
セラフィナは、呆れ混じりのため息を吐きながら返答する。
「Cクラスは簡単よりだけどパーティーを組まなきゃ普通に死ぬ危険性があるダンジョンって見方でいいと思うわ」
「そうなのか!じゃあ今回の訓練は簡単だな。Aとか行かせてくれてもいいんだがな」
「Aクラスは一個体が聖教騎士団一人と同じくらいの戦闘力を持つと言われているわ。今のあなたが行ったらおそらく死亡ね」
「何ッ?じゃあ俺のSランクダンジョン踏破って夢はどうなる?」
セラフィナは両腕を横に広げ、やれやれといった風に首を振る。
「勇者が死んだって号外見たでしょ?あれを見てまだ挑もうとしてるわけ?」
「……あぁ、でも、クリア寸前までは行ったって聞いたぞ」
「そうね……彼らが潜ったダンジョン。あれを調査したのが第六隊――ヘックスよ」
「大半の敵は、すでに死滅していたそうだから……実質、初のクリア扱いになるかもしれないわね」
それを聞いたグレンは思い出す。ダンジョンでモンスターが湧く噴出孔を全て破壊し、道行くモンスターを全て殺し回った事を。
本当に、九十九階層の魔物がいなければ全員が生還していた可能性もあったのだ。ルリと帰る際に一時的かもしれないがモンスターは一匹も存在しなかった。
「勇者ですらギリギリなSってどんな敵が出てくるんだよ」
「そんなん知るわけないでしょ。だからSランクのダンジョンは一律でエラーってラベルが貼られてるのよ。まっ、お兄様がSクラスなんて簡単にクリアしてくれるでしょうけどね」
セラフィナが声高らかに声を張る。
「行かなきゃわからねぇって事だな。で、そのヘックスの奴らもロクな情報を持って帰れなかったってことか」
「詳しいことは知らないわ。噴出孔が破壊されていて魔物も殺されていたら手がかりなんて殆ど残されないわ。だって魔物は霧散しますしね」
「そう……だな」
雑談をしながら歩くと、アストラルラインが見えてくる。今日はこれに乗って第六環まで行くつもりだ。
ふと、セラフィナが振り向く。
「で、一つ気になってることがありますのよ」
急に真剣な眼差しで、天を見上げる。そしてゆっくりと口を開いた。
「公式記録では殉死扱いとなっていますが……」
一度間を置き、唾をぐっと飲み込む。
「遺体は……確認されていないようですわ……」
「ホラーじゃねぇか!」
ライオットが声を荒げる
「……」
真実を知るグレンは口を紡ぎ、何を言おうか迷う。
「まぁ、何も見てない我々が何を言っても仕方ないことですわ。さっ、乗りましょ」
セラフィナはすっ、と静謐な雰囲気を纏い、人が沢山乗る電車に乗り込んでいく。
もしかしたら、さっきのおしゃべりな彼女がセラフィナの内面なのだろうか。彼女は静かな湖畔の表面のごとく落ち着き払った雰囲気に戻り、隣の乗客と話し合う時も、口に手を当て笑っていた。
「なんだかなぁ。あんなキャラじゃないと思うんだよな俺は」
ライオットがそう呟いたのを、グレンは聞き逃さなかった……
黄金色の魔導列車は一直線に大通りを駆け下りてゆく。
ほとんど音らしい音を鳴らさずに降りるそれは最新鋭の魔法科学を駆使した革新的な乗り物だという。
始めて乗ったときは心躍った。しかし、今は心にポッカリと穴が空いたように空虚だ。
ルリと歩いた学園までの道のり。
ルリ達と集まって駄弁りながら歩く帰り道。
当たり前だと思っていたことが、想像していてよりずっと大切だったと、今になって気づく。
「おい、聞いてるか?」
ライオットがペシッ、とグレンの背中を叩く。
「……あぁ」
グレンは覇気のない返事を返すと、アストラルラインへと歩みを進めるのであった……




