三十二話 ただのお礼
「おっ、おい、何があった!?」
戦闘時間、わずかに一分ほど。
その時間内に、グレンは悪魔的な恐怖と、現実を見せつけられた。
何が起きている?そして、ここまで自分は無力なのか。
肩で息をする。突き刺さった剣は、もう抜けない。
だらりと弛緩した身体に身を任せると、画面が暗転し、知らずの間に意識は闇に落ちていた―――
「おい」
「おーーい」
「んっ……」
「やっと起きたか」
見慣れた天井が、そこにはあった。
学園医務棟の、真っ白な天井だ。
「お前さん、つい先日もここにいたよな。まじでいつか死ぬぞ」
前にも対応してくれた黒髪の職員が若干あきれ気味に話す。グレンは、話半分に呟く。
「しっ……試合は……」
「んなもん中止に決まってんだろ。乱入者が出てさ、そいつを探すのに躍起になってるよ」
「あっ……アルト……は」
息づくまもなく質問する。
「あの金髪の少年なら数分前にここを出たよ。君を助けた英雄って事で今学園内は大騒ぎだ」
「………………」
「ん?どした。顔色悪いぞ。まだ体調わるいならおとなしく寝とけよ」
医務職員はやれやれといった風に近づいて来ると、無理やりグレンを寝かせる。
「こっちとしてもケガ人はまだいいが、死人は見たくないんでね。あんまり無茶はせんといてくれよ」
「はい……」
布団をかぶって思考する。ただ、眠れないのに寝ようとすると、先ほどの戦闘が思いおこされる。
思い返しても、答えなど出るはずがないのに。
何が起こったかさえも、わからなかったというのに。
「あぁ、クソ……頭いてぇ」
グレンは、考えるのをやめた。これは逃げというより、脳が指示した休眠信号だ。
疲れた頭は考えることを拒否し、グレンは再び眠りに落ちた……
「影星、起きなさい」
ゴツっ、と鈍い痛みに襲われ、グレンは起床を余儀なくされる。
「痛っ……はい……なんで……しょう!?」
目の前にはセラフィナがいた。腕を組み、こちらを見下すような目を向けている。
「昨日は大変だったようじゃない。まさかあの後乱入者が来るなんてね」
「あぁ……」
「まっ、今日は昨日のお礼をしにきただけよ。一応、礼儀としてね」
ドサッ!と重みのある物を渡される。中からは芳醇な良い香りが漂う。
「アストラルアップル特選品よ」
「おっ、おう。ありがとなセラフィナ」
「影星ごときが呼び捨てはやめてくださる?せめて様をつけなさい」
「ごめんな。敬意を持ってもらえるのは昨日限定、だっけか」
「そうよ。いや、一日と言いましたから対抗戦の終わりから二十四時間限定で呼び捨てを許しますわ」
いつにもなく、傲慢で、でも温度感が変わらない彼女に、グレンは思わず吹き出しそうになる。
「なっ、何がおかしいのよ」
「いやさ、変わらないなって」
グレンがニコリと笑う。セラフィナは、一瞥すると体を半回転させて扉に手をかける。
「じゃ、じゃあわっ……私は帰るわよ。じゃあね影星」
急ぎ足でセラフィナは扉を開ける。出ていく直前、グレンは彼女を呼び止めた。
「セラフィナ」
「何よ」
「フォラスって知ってるか?」
「だれよ……それ」
「そうか……」
若干の落胆。そして、今一度先の出来事を思い出して、ひと言。
「後、俺さ……もしかしたら、死ぬかもしれない……」
「演技でもないこと言わないでちょうだい」
「……」
短いやり取りの後、彼女は逃げるように去っていく。ほんの少し、顔を赤らめていた気がするのは気のせいだろうか。
すれ違いざまに、前回と同じ、医務棟職員が入ってくる。
彼は、呆気にとられたように、こういった。
「お前、リュミエル家の令嬢まで手駒にしちまったのか……!?」




